メディアグランプリ

主語を小さくする ということ


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記事:松本 初穂子(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
連休明けの火曜日の夜、わたしは仕事が終わると築地にある朝日新聞本社へ向かった。ジャーナリストの堀潤さんが制作したドキュメンタリー映画 「わたしは分断を許さない」の完成披露試写会に出席するためだ。上映後には堀潤さんのトークショー付きでとても楽しみにしていた。
 
しかし映画が始まって10分もたたないうちに「こなきゃよかった」と思ってしまった。なぜか。それは世界で起こっている問題を目の当たりにし、憤りとやるせなさに襲われたからだ。
 
映画はシリアの内戦や香港のデモ、福島の原発などに影響を受け、心身ともに傷ついた人々を描いていた。内戦・デモ・原発などはよくニュースで取り上げられる「話題」で、耳にするときは「世界のどこかで起こっていること」としてとらえがちだ。死者100人でも1万人でもそれは数字であり、「またシリアで空爆が起こったな」と、どこか客観視している自分がいた。しかし映画ではテロやデモや原発に影響を受けている人々の痛みが生々しく描かれていた。だから映画が進めば進むほど、痛みを生み出す社会への憤りと、同時になにもできない自分の無力さを認識することになった。連休明けの仕事終わりにこれはなかなかきつかった。
 
映画の冒頭で「私たちは主語を小さくしなければならない」という言葉が繰り返されていた。数字ではなく人々の顔、文字ではなく会話でしかわからないことがたくさんある、と。この言葉でわたしは気仙沼での体験を思い出した。
 
気仙沼は東日本大震災で津波による大きな被害をうけた町である。3年前の冬、わたしは仕事で1週間滞在した。訪問前は「震災で大変そう」「復興中というから、いつかはもとに戻るだろう」程度に考えていた。しかし気仙沼に到着し、全く整備の進んでない道路やプレハブの商店街を見たり、人々と話したりして、自分の心に変化が起こった。特に2つの出会いが今も心に残っている。
 
ひとつは地元の小料理屋での出会いだ。そこはホテルのおばちゃんに「町で一番おいしい」と進められ、仕事終わりの夜にひとり自転車で向かった。名物である牡蠣がいろりで焼きあがるのを待つ間、大将が津波でお店が流されたこと、スタッフ全員でお店を再建したこと、そして国が「減災」のために新設する堤防により、また移転しなければならないこと、などを話してくれた。聞いていくうちに、「震災で大変そう」という訪問前の気持ちが「大変だったんだ……」という実感になった。そして再び移転を余儀なくされる大将をかわいそうと思うのではなく、なぜせっかく再建したのに移転しなければならないのかという怒りが沸いてきた。帰り道、このお店でまた牡蠣を食べたい、そのために何ができるんだろう、と考えながらホテルに戻ったことを覚えている。
 
もうひとつはホテルの受付をしていたおばちゃんとの会話だ。チェックアウトの日、とてもいいところだったのでまた来ます、と伝えると 「色々な人が助けてくれるから、わたしたちも頑張らなくちゃね。来てくれてありがとう」と言われた。この言葉を聞いたとき、どうして被災者の人たちが頑張らなくちゃいけないんだ。そう思わせているのは無関心なわたし(たち)ではないか。という、わたしと社会への憤り、そしてむなしさを感じた。大将やおばちゃんとの出会いによって生まれたこれらの感情は、今も心の中でくすぶっている。
 
この日以来、わたしは気仙沼に行っていない。けれど、気仙沼という文字を目にするたびに「あの大将やおばちゃんはどうしているんだろう」と思う。休みが取れたら再訪したいし、将来的には現地で何かしたいと思っている。人の顔をみて、会話をすること、いわば「主語を小さくすること」でこんなにも世界を見る眼が変わり、自分の関わり方が変わってくる。
 
主語を小さくすることは、大きい社会問題を自分で小さくし、咀嚼する作業だ。この作業は、しんどい。時間もかかるし、痛みを伴うこともある。だから世の中で起こっている問題は自分には関係ないと生きるほうがラクだ。けれどこんな態度は社会の断絶を生み出してしまう。他人が悩んでいてもただ傍観する態度は一人ひとりが自分の殻に閉じこもり、外とは一切繋がりを持たない世界を作り出してしまうだろう。
 
人は一人では生きていけないという。人は人とのつながりがないと生きる意味を失い、生きる意味を失った人々であふれる社会は暗い。そんな社会は誰も望んでいないはずだ。だからたとえしんどくても、一人ひとりが世界で起こっていることに向き合わなければならない。大きな問題を小さくして、自分のことのように向き合わなければならない、と痛感した夜だった。
 
 
 
 
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2020-03-09 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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