「頑張りました」が、許される時代は終わった。《スタッフ平野の備忘録》
記事:平野謙治(チーム天狼院)
誰かの何気ない言葉に、深く傷ついた。
生きていると、度々そんなことがある。
何も、僕に限った話じゃないだろう。
人間関係や、恋愛。今日もたくさんの人が、どこかで傷を負っている。
僕の場合は、仕事。ミーティングで至らない点を、指摘された時のこと。
どこの会社でも、よくある場面だろう。
大丈夫。わかっている。自分が足りていないことくらい。
完璧にできている人の方が、少ないし。至らないとわかったのなら、それを改善するだけだ。
そんなことでいちいち、ヘコんでられないよ。
明日も仕事だ。切り替えて、やらないと。
頭では、わかっている。なのに、どうして。
こんなに、傷ついてしまったのだろう。
「メンタルが弱い」という、自覚のある僕だけれど、どんな指摘にも傷ついているわけじゃない。
例えば、指摘された内容が、納得できるものではなかった時。意味のない、合理性を欠いた叱責には、決して傷つくことはない。
そういう場合は、表面上は「わかりました」というポーズを見せる。内心では、「何言っているんだこいつ?」と思っていても。
抱く感情は、恐らく怒り。あるいは、呆れ。
自分には非がない、と判断するから、傷つくことは決してない。
あるいは、指摘されたことを、真剣にやっていなかったという自覚がある場合。
簡単に言えば、「掃除しなさい」と言われたのに、きちんとやっていなかった時。さっきとは逆の、明らかに自分に非があるケースの場合だ。
それも当然、傷つかない。湧いて出てくるのは、反省。あるいは、「申し訳ない」という気持ちだ。
だって、どっからどう見ても、自分が悪いってわかるもんね。
傷を負うのは、そのどちらにも、当てはまらないケースの場合。
つまり、「指摘された内容が合理的」かつ、「自分なりに精一杯やっていた」ケースの時だ。
「おっしゃる通りです。でも、頑張ったけどできませんでした」という場面だ。
だってそれは、まるで無能の証明だから。
ヘトヘトに疲れるまで必死にやった。だけど、至らない点がこれだけあった。
それは単に、自分の能力が足りていないということだから。
わかるよ。確かに、今言われたことは、できていなかった。
だけど僕は、必死にやったんだ。精一杯頑張ったんだ。
少なくとも、自覚の中では。
傷つくよ。ほんと。
でも、さっきも言った通り。引きずるような傷じゃない。
まだ社会人2年目。能力が足りていないだなんて、当たり前じゃないか。
そんな風に、自分に言い聞かす。そうしてなんとか、その日の仕事終えた。
だけど深夜、家に帰ってひとり。
薄暗い部屋で、冷えたご飯をレンジで温めている時のこと。
思い出したように、またダウナーな気分へと陥る。
今日も朝から遅くまで頑張った。先週は休みも削って、出勤した。たくさんの時間を、注ぎ込んだ。
それでも足りないなら、俺はどうすればいいの? もうこれ以上、頑張れないよ。
箸の動きが止まる。涙が溢れそうになる。
黒い霧に包まれたような思考で、ただひたすらに思う。
ねえ。誰かひとりでもいいから、言ってよ。
「頑張ったね」って、言って。
特別なことなんて、何もないよ。何も持ってない。何も成し遂げてない。
だけど朝起きて、身支度して、出勤して、働いて、家帰って。
三食食べて、夜はちゃんと寝る。また明日起きて、繰り返す。
そうやって生きているだけで、精一杯なんだ。
「頑張って」って言わないで。
もう十分、頑張っているんだ。俺は。
このままひとりだと、夜に負けてしまいそうで。いてもたってもいられなくて、友人に電話をかけた。
感情のままに、一気に話す。そうして、そいつは、すぐに言ってくれたんだ。
「頑張ったね」
そうだ。俺は頑張ったんだ。頑張っているんだ。
だからそうやって、言って欲しかったんだ。
……だけど何だろう。満たされないこの気持ちは。
「ありがとう」と、僕の口は言った。「救われるよ」と、そう言った。
だけど不思議と、全然嬉しくなんかなくて。心の中は靄がかかったままで。
求めていたはずのものは、こんなものだったのかと。
混乱する頭で、それでもゆっくりと、理解した。
ああ。そうだよな。もう、そんな立場じゃないよな。
「頑張ったね」と、言ってもらえて、ようやく気づけた。
子供から、大人になった今。ひとつだけ、確かなこと。
それは、「頑張りました」が、許される時代は終わったということ。
その事実だけが、確かにここにあるから。
残酷だって思う?
まあ、そうかもね。
でもよくよく考えてみれば、当たり前だ。
お金を払って、美容院に行ったとする。「こんな風にして」と、美容師にイメージを伝える。
そうやって切ってもらって、仕上がったヘアスタイルが、伝えたものとまったく違うとしたら。
多くの人は、言うだろう。
「え。こんな風に頼んでないんですけど……」
それに対して、もし、
美容師がこんな風に開き直ったら、どう思う?
「でも私、頑張ったので」
そんなこと言われて、納得できますか?
しょうがないなって、許せますか?
当然、思わないよね。
ふざけんな。金返せ。二度と来るか。
強い怒りと共に、そう思うよね。
思えば、会社も同じこと。
僕ら社会人はいわば、「労働力」という名の商品。
それぞれに長所と短所、性質や使い勝手があって、会社はそれを購入しているようなもの。
言い換えるのなら、僕らにとってのクライアントだ。
その関係において、「頑張った」とか、そんな個人の感覚が、重要視されるはずもなく。
合理的な成果と、数値だけが求められる。
他の例に当てはめれば、こんなにすぐにわかるのに。
自分のこととなると、僕らはついつい忘れがちだ。
だけど、心の奥底ではもう気づいていた。
周囲ではなく、自分に非があることを。
自分の「商品」としての価値が、圧倒的に足りていないことを。
必死にやったかどうかなど関係なく、確かな成果をあげなくてはならないということを。
だからこそ、「頑張ったね」とか、そんな言葉じゃ満たされない自分が、そこには居たんだ。
振り返ってみると、恥ずかしくなるよ。
「こんなに頑張っている、かわいそうな私」を、演出してさ。大した義務も果たしてない癖に。
もっと休みくれだの、給料上げてくれだの。権利ばっかり主張して。
「私はこれ苦手だから」とか、「自分の責任じゃない」とか、好き勝手選り好みする。
「お客様は神様」って言葉を、
客側が使って横柄な態度をとるのもどうかと思うけれど。
これじゃまるで、店側が神様になっちゃったみたいだよね。
あまりに滑稽で、笑えてくるよね。
まあでも、気持ちはわかるよ。
隣の芝はいつだって青く見える。
「どうして自分ばっかり」とか、ついつい思っちゃうんだよね。
頑張ってるんだもんね? 精一杯なんだもんね?
これ以上、どうしたらいいか、わからないんだよね。
ああ。なら、どうすればいい?
精一杯でも、足りないなら何をすればいい?
考えるしか、ないんだ。
考えて行動するしか、ない。
今日もほら、「やるべきこと」が、これだけ残ってるよ。
「やらなければいけないこと」にまず手をつけて、
「やるべきこと」を死ぬ気で片付けて、
そうして、「目に見える結果」を示して、
そうして初めて「やりたいこと」が、できる。
「髪を切りたい」と思ってからもう、三週間が経ったね。
地元に先月オープンした、洋食屋のクーポンは、昨日期限が切れてしまったよ。
家族と温かいご飯を、食べたいね。
どうすれば良かった?
反省して、もっと自分を責めろよ。そうして死ぬ気で、これからどうするか考えろ。
そうすることでしか、現状は打破できないだろ。
今の自分が足りないなら、成長しろ。
そうやって、「商品価値」を高めろよ。
どこに行っても欲しいと思ってもらえるような、人材になれよ。
時間はいつだって、待ってはくれない。気づけばまた、夜になった。
無い物ねだりに意味はなく、与えられたものでどう生き残っていくのか。
癒えないままの過去の傷と、
また何も成し遂げることのないまま終わっていく今日。
明日に対する不安。もっと先の未来に対する焦燥。
さっきまであれほどの強さで、俺のことを襲っていたのに。
すべてが、眠気によってうやむやになっていく。
曖昧になっていく意識。
起きてるのか、寝てるのかもわからない状態で、なお思う。
また明日、目を覚ましたら、
何も変わってない自分が、そこにはいるんだろうな。
◽︎平野謙治(チーム天狼院)
東京天狼院スタッフ。
1995年生まれ24歳。千葉県出身。
早稲田大学卒業後、広告会社に入社。2年目に退職し、2019年7月から天狼院スタッフに転身。
2019年2月開講のライティング・ゼミを受講。
青年の悩みや憂いを主題とし、16週間で15作品がメディアグランプリに掲載される。
同年6月から、 READING LIFE編集部ライターズ倶楽部所属。
初回投稿作品『退屈という毒に対する特効薬』で、週刊READING LIFEデビューを果たす。
現在に到るまで、『なんとなく大人になってしまった、何もない僕たちへ。』など、3作品でメディアグランプリ1位を獲得。
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