「好き」はどこにある?
*この記事は、「リーディング倶楽部」にご加入のお客様に書いていただいたものです。
記事:谷中田千恵(リーディング倶楽部)
なんだこれは!
その漫画を開いた瞬間、心臓を手のひらでギュッと握られた。
今にも匂い立ちそうな、おいしそうな料理の数々に、色とりどりの季節の植物!
白黒の印刷でさえもカラーに見えるほど鮮やかな絵が、ページの隅々までぎっちりと描き込まれている。
本屋の立ち読みで、こんなに衝撃をうけたことあっただろうか。
慌てて本を閉じて、タイトルを確認する。
「オリオリスープ」
背表紙を読むと、本のデザインをする装丁家の食生活の話のようだ。
これを読まないなんて、ありえない!
4冊全巻を抱え、一目散にレジへと向かった。
昔から私は、読むのが早い。
せっかちな性格に由来するのだろう。
早く結末が知りたいと、漫画でも小説でも斜め読みをする。
だいたいの登場人物と設定がわかると、後は結末まで一直線だ。
恋愛ものだったりすると、ああ、この人とこの人、くっつくのかな。なんてあたりをつけると、もうひたすら、そこばかりを追いかける。
二人がすれ違うエピソードは、さらっと読み飛ばし、ちょっといいムードになると途端にスピードを緩めたりする。
作家さんからしてみれば、大変迷惑な読者であろう。
あっ、細かい描写はとりあえずいいんで、とにかく結末だけ、結末だけください。
本当に、ひどい話である。
ところが、この「オリオリスープ」。
読み始めても、ちっとも、スピードが上がらない。
一ページを、端から端まで舐め回すように、眺めては、次に進む。
次のページも、また、じっとりと舐め回しては、前のページ戻ったりする。
結局、一冊読むのに、休みを丸々一日費やしてしまった。
理由は、明確。ページをめくるのが、もったいないのだ。
出てくるスープの描写も、登場人物の性格も、ページの隅の猫さえも、全てが魅力的で、いつまでもいつまでも、この世界に浸っていたい。
しかし、ページをめくるたびに、終わりは近づいてくる。
めくりたい! でも、終わりたくない。
いや、でもめくりたい! 終わりたくない。
めくりたーい! でも、終わりたくない。
えー! それでも、やっぱりめくりたい!
あー、もう! 気が狂いそうになるほど、大好きだ!
普段、至極、冷静な読者である私をこんなにも狂わせるものはなんだろう。
一人の寝室で、本を片手に「もう、たまらない」と何度も大声を上げてしまう。
本を読み進めるうちに、ある仮説にたどり着いた。
この発狂の理由、作者である綿貫先生の、「好き」の熱量なのではないだろうか。
体験したことがないので想像でしかないが、漫画を描くのは、すごく手間のかかることだと思う。
まず、取材をして、ストーリーを考える。
その上で、絵をどこに配置するか考えて、ページの構成を決めたりする。
構成が決まったら、下書きをして、ペンで清書をして、さらに模様をつけたり、塗ったり仕上げをしたりするんだろう。
ちょっと考えただけでも、途方もない。
だいたい、ストーリーを作るだけでも、挫折しそうなものを。
それを、単行本4冊分繰り返すって、それだけですごい!
さらに、綿貫先生、尋常じゃないくらい絵を描き込んでいる。
画面の端に見切れる、朝顔の葉脈までびっちりと。
それでも、作品から感じる重さは微塵もない。
どのページも軽やかで、やさしい雰囲気が、全体を通して感じられるのだ。
それは、きっと、綿貫先生が「好き」をたっぷりと詰め込んだからに違いない。
季節の野菜のみずみずしさ、その香り。
食べ物が出来上がり、食卓に並ぶ湯気。
主人公の着るブラウスのふんわりとした袖の膨らみ。
装丁家という仕事の、何かを生み出す苦労、喜び。
もっというと、「漫画」という存在そのものまでも。
先生は、それら全てを「好き」なのではないだろうか。
全くもって、狂おしいほどに。
そして、おかしいほどの「好き」は間違いなく作品に注入されている。
全ての時間を、人生を、ありとあらゆるものを総動員して。
「好き」は、どんな苦労をも超越する。
頭が痛くなるほどの集中を、体をすり減らすほどの労働を、「好き」という熱意は快楽へと変換させてしまうに違いない。
もっと、極めた私の「好き」のために。
もっと、高みの私の「好き」のために。
その圧倒的な熱量は、作品を通じて、読者である私に間違いなく届く。
実体を持って存在し、私の肩をガッチリと掴む。
そして、脳天が壊れるほどに、揺さぶるのだ。
さあ、これが、私の全てだ! 私の「好き」の全てだ! と。
「オリオリスープ」の中には、そんな先生の狂気とも呼べる「好き」をあらゆるページで感じることができる。
主人公、織江(おりえ)の驚いた瞳の中に。
コトコトと煮える鍋のスープの片隅に。
並木道に落ちる、木立の影に。
先生の「好き」は、間違いなく私を狂わせた。
私の手首をガシリと握り、ずるずると甘い作品の世界へ引きずりこんだ。
もしかすると、本屋で、手に取った時から始まっていたのかもしれない。
私は、「好き」の罠にすっかりハマったのだ。
最終巻を読み終えて、本を閉じても「好き」の世界は、私のそばから離れない。
余韻に浸り、うっとりした後、ハッと気づく。
私は、先生のように夢中で人生を生きているのだろうか?
背中に、ゾッと悪寒が走る。
私は、自分の「好き」にちゃんと向き合ってきたことがあっただろうか。
そもそも、何かを忘れるほど「好き」だと言えるものがあるのだろうか。
綿貫先生の甘い世界は相変わらず、私のそばから離れない。
そして、無言で私に問いかけてくる。
「お前の『好き』はどこにある?」
〈この一冊!〉
オリオリスープ ①〜④
(モーニングKC
著者:綿貫芳子
出版社:講談社
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