素直さを失った僕は、もう一度宇宙を泳ぐイルカになりたい
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:中川誠斗(ライティング・ゼミ通信限定コース)
必死に絵筆を走らせていた。鉛筆の下書きはいつの間にか無視されていく。その上からどんどん新しいアイデアが描き足されていく。そうなったときにはもう、周りの子が何を描いているかなんて気にもしなかった。
絵を描いていたときだけは、イキイキとした自分でいられた気がする。まだ小学生だったときの話だ。もう10年以上も前になる。
そんな昔の話をしたかというと、今のわたしは人生につまづいてしまったからだ。
会社を辞めたのである。
大学を卒業してそのまま就職した。ブラック企業だとは思っていないが、身体にあわない仕事をずっと続けていてツラかった。入社して約5年になる間に2度、ストレスが原因で体調を崩した。1度目は働きだして1年半のとき。2度目はつい最近だ。今はその仕事を辞めて、自宅で療養している。
退職したことで心はグッと楽になった。
それはまるで、息を止める我慢比べみたいな時間だった。呼吸を再開し、ようやく元通りに戻っていくような感覚だ。
でも、問題がなくなったわけではない。いよいよ、どうやって生きていったらいいのかわからなくなってしまったのだ。
そんな疑問は、働き出した頃からずっとあった。そのころから何となく感じていたのかもしれない。その疑問は、生きづらいという心からのメッセージだったようにも思う。
仕事はすぐには辞めない。それは決めていた。続けているうちに好きになっていくことも考えられたし、少なくとも収入があるから生きていけるからだ。
失敗だったのは、その考えに固執してしまったあまり、働けなくなるまで我慢してしまったことだった。
さて、退職をし、ようやく余裕を取り戻したある日のこと。どうやって生きていけばよいのかという不安な気持ちを、思い切って人に相談してみた。ネット上でみつけた、キャリアカウンセラーの方に依頼してみたのだ。
いろいろと話していくうちに、カウンセラーさんはわたしの中にあった、苦しみの根っこのようなものを探り当ててくれた。
それは、「素直さが足りない」ということだった。
自分の思っていることが言えないこと。自分で決めたと思っていることでも、実は周囲に流されていただけだったこと。それらはすべて心を無視することになっていて、それが息苦しさの原因ですよ、と教えてくれた。
わたしはそこで初めて気がついた。
いつの間にか、自分の心に従った行動ができなくなっていて、代わりにルールや周囲の人の声に従って生きるようになっていたのだった。身体にあわない仕事を5年も続けていたのも、まさしくこれが原因だ。辞めるべきではない、今の会社を辞めたらどこにも通用しないといった、ひどく偏った考えを鵜呑みにしていた。
それで、じゃあいつからこんな自分になってしまったんだろうと考えているうちに、小学校の図工の時間、とりわけ絵を描いていた瞬間を思い出したのだ。
小学生の頃は、まだ頭も柔軟、心も純粋だった。6年間で絵画の賞状は計5枚もらった。絵はけっして上手ではなかったから、アイデアが良かったのだったのだと思う。
描いた絵のなかで一番よく覚えているのは、宇宙をイルカが泳いでいる絵だ。
どうしてそんな絵になったのかはまったく記憶にないのだけれど、描いている瞬間の記憶は鮮明に残っている。
机いっぱいに広がる白い紙。鉛筆で下書きされた太陽と月。土星の輪っかもあった気がする。書きやすいという理由で採用したイルカと、一筆書きできそうな魚たちがいた。
周りの子たちが何を描いているのか気にもとめなかった。絵の具を使い始めたら時間なんてあっという間に過ぎていて、チャイムがなってから急いで片付ける始末だった。
小学生の6年間のあとで、あれほど熱中した時間はないかもしれない。他人の存在を忘れ、自分を見る目も気にしていなかった。指先と心が直結していた感覚は今でも思い出せる。思い出せるだけで、再現することはできそうにない。とても残念だ。
中学生からは、絵を描くことは楽しめなくなった。いかにうまく描けるかが問われるようになり、より現実的に描くための授業になってしまった。
高校受験、次いで大学受験と、それからは勉強ばかりになった。それらは全部「いかに正解に近づけるか」であって、間違っても「いかにあなたらしさを表せるか」ではない。自分らしさなんて関係ないのだ。あるのは正しいかどうかだけになってしまった。
そんなことを、27歳にもなって思い出してしまった。こんなふうに書くと恥ずかしいのだが、自分は子供のころに戻りたい、だなんて言っているのかもしれない。子供と大人とは違うし、学生と社会人でもなすべきことは違う。そんなことくらいわかっているのに。
でもここで、それらをビシッと分けて考えてしまうのは間違っているとも感じる。いやむしろ、ビシッと分けて考えようとしていたことに気がついたのだ。子供は自由でいい、大人は我慢しないといけない、といったふうに。
人はみな、自己と他者との間で揺れ動いている。あたりまえだ。自分だけを押し通そうとすれば、社会では除け者扱いされてしまう。他人や周りの環境ばかりを意識していると、しだいに自分自身が苦しくなってくる。
これを書いている今も、無職のまま自宅で休んでいる状態だ。働ける状態にはなっているが、今は無理に働こうとは思っていない。この休みの期間のなかで、わたしは今まで見落としていた大切なことに気がつく必要がある。
それができぬうちに働き出せば、きっとまた自分をひどく抑え込み、会社や周りの人にも迷惑をかけてしまうだろう。もちろん、自分自身にもだ。
わたしはもう一度、絵を描いていた心を取り戻したい。
他人の目を忘れて、まるで自分が宇宙を泳ぐイルカになったみたいになりたい。
そうすればきっと、イキイキとした自分になれる気がしているからだ。
この仕事を辞めている間に、絵画教室に行ってみようかな、なんて思っている。
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