新婚旅行を再現してみたら
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記事:加藤里加子(ライティング・ゼミ平日コース)
これって、成田離婚かな?
夫の後ろ姿を見ながら、私は思った。
新婚旅行先のポルトガル、その第二の都市ポルト。夫はひとり、大聖堂に一眼レフのレンズを向け、盛り上がっていた。
首都リスボンに到着し、その場の勢いでポルト行きの最終列車に乗ってしまったのが前日。この日は実質、新婚旅行の初日だ。なのに、私の夫を見る目は冷ややかだった。
デジタルカメラが普及する前の時代。フィルムの本数も無限ではないので、1枚1枚じっくり構図を確認してはシャッターを切る。それが、ずっと続いているのだ。ツアー旅行ではないので、時間制限はない。それをいいことに、夫は、立ち位置を変え構図を変えて、ポルトで一番高い丘の上に建つ大聖堂の重厚な建物を撮影し続けていた。
観光写真なんて、そんなに撮らなくてもいいじゃない。それより、早く大聖堂の中を観光しようよ。時間がもったいないよ。私の喉のあたりで、そんな言葉が行ったり来たりしているとき、
「あのバス、邪魔だな」
大聖堂の前に大型の観光バスが停まり、夫が忌々しそうに言った。
キレた。
「ね、待ち合わせの時間と場所を決めて、あとは自由行動にしない?」
私は、新婚旅行にあるまじき提案をする。
私はこの街を観光してくるから、あなたは好きなだけ写真を撮っていればいい。
私の怒りのオーラは即座に伝わった。夫は謝りながら、慌ててカメラを片付け、私たちはようやく大聖堂の中を観光することができた。
その後も、似たような場面が何度かあった。
写真が夫の趣味なのは分かっているので、3回に2回は我慢した。それが成田離婚にまで発展することはなかったが、不満は残った。行きそびれた観光スポットが何箇所もあるのは、写真撮影に時間を取られたせいだ。私はもっと、あちこち見たかったのに。
夫と初めての海外旅行。初めてのポルトガル。楽しい思い出は多いが、ところどころに黒い染みが残っていた。
歳月は流れた。
私たちは結婚25周年を迎えた。銀婚式って奴だ。
銀婚式のお祝いに、25年ぶりにポルトガル旅行をした。銀婚旅行は新婚旅行と同じ場所にしようと、ずい分前から決めていたのだ。私にとってはリベンジだ。前回と同じホテルに泊まったりして、できるだけ新婚旅行を再現した。
25年が経ち、ポルトガルは変わった。
前回はEU設立前で、通貨はエスクードだったが、今はユーロだ。ユーロ効果なのか物価も上がり、前回と同じホテルの宿泊料が3倍になっていた。
観光客も以前よりはるかに多くて賑やかだ。地下鉄の路線が延長されたり、新しいゴンドラができていたり、交通も発展していた。
25年が経ち、私たちも変わった。
体力が落ちたので、いきなり最終列車に飛び乗るような無茶はしない。観光スポットを全部回るのは無理だから、行きたい場所に優先順位をつけて、「行けたらラッキー」的な気持ちでのんびり回るようになった。
一番大きな違いは、私も写真が趣味になったこと。夫の影響だ。
旅先で写真を撮ると、ひとつの観光スポットをじっくり楽しむようになる。同じ場所に朝と夕方に行って、光の向きが違う別の景色を楽しむのもいい。私たちの旅のスタイルは、変わっていた。
25年ぶりに訪れたポルト。あの日、写真を撮りまくる夫にキレた大聖堂。
今回、私たちは時間をかけて大聖堂を観光した。大聖堂の回廊は、アズレージョという青い装飾タイルで描かれた壁画が有名だ。前回はさっと眺めただけだったが、今度は写真を撮りながら、じっくり堪能した。
丘の上の大聖堂からドゥロ川の川べりまで一気に駆け下りた住宅街も、今回は、途中で見つけた小さなカフェでお茶するくらいの余裕を持って歩いた。
あそこも、ここも、1箇所でも多くの観光スポットを回りたい!
新婚旅行は、ケーキバイキングで一つでも多くの種類のケーキを食べたくて、ガッつくような旅だった。たくさんの種類を食べることにだけ気を取られて、ひとつひとつのケーキを十分味わっていなかったような気がする。
銀婚旅行は、バイキングではなく、好きなケーキだけをじっくり堪能する旅だった。スポンジ生地やクリームの味わいを楽しむように、私たちは大聖堂や教会をゆっくり見学した。
今思うと、夫は新婚旅行の時もそういう旅をしていたのだ。
写真という趣味を通して、夫に旅のスタイルを教えられたのは悔しいが、25年分の年齢を重ねた今、ケーキバイキングの旅を卒後できてよかったと思う。
ポルトで、25年前に訪れたレストランに行った。
店の人に、私たちがこの店に新婚旅行で来て、今回は銀婚旅行で再訪したことを伝えると、とても喜んで、ワインをサービスしてくれた。
帰り際、スタッフのおじさんがウインクして言った。
「次は25年後、金婚式でまた来いよ」
それはおじさんのジョークだろう。でも、私はその気になった。
25年後のことなんて分からない。でも、できることなら金婚旅行で再びポルトガルと訪れたいと思う。
その頃、私たちはどんなスタイルの旅をしているだろう。
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