自分勝手な不良母とかけて孫氏の兵法と解く そのこころは?
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記事:西田千鶴(ライティング・ゼミ日曜コース)
兵法という言葉だけを聞くと、反射的に、嫌悪感を感じる人の方が多いのではないだろうか。兵法とは戦う術。勝つための戦略。特に、子育てをする女性にとって、戦うとか、勝ち負けとか、自分とは縁遠い言葉のように感じるはず。戦うとかありえない。できる限り仲良く、できる限り平和にものごとを進めたい。そのために、日々心を配っているはずである。
最近、ネットで「孫氏の兵法」が話題となり、マンガ版も出るようになった。古代中国の戦術書であるが、ソフトバンクの孫社長や、ビルゲイツ氏も愛読しているそうで、ビジネスマンにとっては必読の書と言われている。とはいえ、子育てをしている女性にとっては、どっちにしてもやはり無関係な話題だと思われるかもしれない。私もその一人であった。
ところが、本屋のベストセラーコーナーに平積みにされていた「孫氏の兵法」を何気に読んでみたところ、私は、いつか昔にかいだ匂いを感じた。それは、幼い子供たちを育てながら専業主婦をしていた頃にかいだものと同じ匂いだった。
当時、私は、幼い子供を3人抱えて専業主婦をしていた。子供たちはかわいい。だけど、それよりも、いい母親でいなければ。いい子育てをしなければ。そのために、周りのママ友たちに合わせなければ。私は目に見えないプレッシャーに押しつぶされそうになっていた。そんなある日、新聞の人生相談のコラムが目についた。
同世代の女性の相談だった。「ママ友との付き合いがつらい、周りに合わせなきゃいけないのが嫌だ。」という相談だったと思う。その答えが、「不良母を心の中に飼いなさい」だというのだ。「心の中に不良の母を飼うんです。「私、人のこと全然興味ないんですけど。自分のやりたいようにやってますけど。」って、平然と言っている不良母を飼いなさい。表では、話を聞いているフリをしていればいいんです。心の中に不良母を飼っていると思うだけでいいんです。」と。そこで紹介されていたのが「猛スピードで母は」という小説だった。
シングルマザーの母親と小6の息子の日常を描いた小説なのだが、とにかくその母親がかっこいいのだ。センスよくジーンズを履きこなし、タイヤ交換なんてお手の物。授業参観も自分が行きたくなかったら行かない。保母になるために昼は学校に通い、夜はガソリンスタンドで働いたくせに、子供とは相性が合わないのがわかったら、さっさと辞める。二人の生活のために嫌な仕事でも引き受ける。絵本の読み聞かせはするけれど、内容がつまらないと文句を言い。彼氏ができるとさらっと息子に紹介する。そのすべてがかっこよかった。
「私が反対を押し切ってまでしたのは、結婚してあんたを産んだことだけだ」
「あんたは何でもやりな。私は何も反対しないから」
そのセリフにしびれた。それに比べて。とふと自分を振り返る。私ときたら、とにかく相手に合わせてばっかり。学校の行事。ママたちとの会話。ママたちの集まり。自分の都合よりも周りに合わせる。ひたすら周りの目を気にしてる。悪い噂が立たないように。とにかく穏便に。とにかく波風立たないように。そんなことばかり考えている。向こうに全て合わせるから、振り回されて、笑顔でいられず、いらいらしてしまったら自分を責めて。
全く逆じゃないか。
タバコをふかしながら車を運転して、自分のセンスで服を選んで、ぶっきらぼうだけど、息子への愛は感じられる。べったりじゃないけど、遠くから信頼して見守ってる感覚が伝わってくる。読めば読むほど彼女がうらやましくてしょうがなくなってきた。
彼女は戦っていないのだ。母親とはこうあるべき。子育てとはこうあるべき。という自分と違う価値観と正面からぶつかるつもりがない。自分らしく、自分の思うとおりに生きている。それでいいじゃない。と。それに比べて、私は平和でいたいと言いながら、実際は戦っていたのだ。自分の中にある「人の目なんて気にせずに自分らしく生きたい」という思いと「いい母親としてちゃんと子育てをしなければ」という外から取り込んでいる思い。この二つの思いがぶつかり、いつも答えの見つからない戦いを繰り広げていた。しかも、無駄なエネルギーを消費するだけの無駄な戦いだった。
「心の中に不良母を飼う」
いい母親でいようと思いながら生きてきた私は、ママ友の縁を断つのも怖いし、どう思われているのか気になる。だけど、心の中に不良母がいてくれると思うだけで、自分らしく生きたいという思いに援軍がついた気分になった。だからといって、自分の外にある価値観を攻撃するわけではない。無駄に戦わなくていい。相手の存在を認め、同じ土俵に乗らなければいいだけなのだ。戦わずして相手に勝つ。そうすれば、無理やり平和を作り出そうとしなくても、自然と心に平和が訪れることを知った。
子供たちが人の悪口を言う時もある。友達のだれそれがありえへんことをした、とか、先生のやり方に納得がいかないとか、言ってくる。そんな時でも、どちらがいい悪いをジャッジしたり、相手を攻撃するのでなく
「先生も人間だからさ。そんなこともあるよ」
「そりゃ、あなたも腹立つよね。人間だもの。しょうがないよ。」
なんて答えるようになっていった。
不良母を心に飼い続けた私は、次第に自分に合わない人と距離を置くことができるようになった。自分が人に流されやすい性格だとはっきりわかったから、中途半端に距離を置くよりも、関係を持たない方がよいと判断できるようになったのだ。そこで、相手に気付かれないように、波風立たせずに、密かに距離を置くようにした。結果、3人の子供が中学高校に行っている間は、ママ友を持つことなく10年を過ごし、子供たちを高校まで卒業させたのだった。
孫氏の兵法にはこうある。「戦わずして人の兵を屈するは善の善なる者なり」
孫氏は、戦い方を教えるのではなく、いかに戦わないか?いかに無駄な争いをしないか?を伝えている。私の頭の中には不良母が思い浮かんだ。自分らしい生き方をするために、やみくもに相手を攻撃して、互いに傷つけあった戦わなくていいのだ。本当のゴールは、相手を負かすことじゃない。自分が自分らしく生きることなのだから。
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