失せ物ファンタジア
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:丹下由紀(ライティングゼミGW集中コース)
出しなにひと騒ぎしてしまった。
消毒用エタノールを入れたアトマイザー(ガラス製の小さな霧吹き)が姿を消したからだ。このところの外出といえば、整骨院での腰痛治療か日用品の買い出しが中心。要所要所で手を洗う代わりにシュシュっと手指に吹き付けるために持ち歩いている。在宅時は玄関に置いておく。ハイターを薄めた液体の霧吹きと並べて、宅急便など玄関先での来客時の備えだ。玄関にあれば、出かける時に忘れずにかばんに入れられるのも都合がいい。
そのはずだったのに、見当たらない。マットをめくっても、ない。玄関の隅を見ても、ない。どこにもない。
まただ。借りエッティの仕業に違いない。
私はそのものを見つけることを諦め、別のアトマイザーにエタノールを仕込んで家を出た。
家の中でよく物を失くす。トップ2は片方の靴下と老眼鏡。洗濯物を取り込んでみると、靴下の数が合わず相方不在の靴下が悲しげに残る。洗濯かごに2つまとめて放り込んだはずなのに。老眼鏡もしょっちゅう行方をくらます。最後に置いたはずの場所から消え失せるのだ。老眼が始まるまではメガネと眼医者とは無縁だったから、まだ私が持ち慣れていないせいだろうか。いや、でも近眼の母はしょっちゅうメガネを探していた。何度「メガネ、知らない?」と問いかけられたことか。お風呂と就寝時以外はずっとかけているのだから、メガネは顔の一部じゃないの? と不思議に思ってきたが、メガネ持ちになってみたら同じように探し回るようになったというわけだ。慣れ・不慣れは関係ないらしい。靴下はたいてい出てこない。メガネは別の場所で発見される。
忽然と姿を消してしまった物がある。毎日身につけていたペンダントだ。
龍がぐるりと小さな水晶を囲むペンダントトップは、10年近く私のお護りだった。仕事で疲れてぐったりしていたある晩、リビングで外してテーブルに置き、そのまま寝入ってしまった。それが失敗だった。次の朝にはペンダントの姿がなかった。いつもの置き場所に戻さなかった、ただそれだけのせいで。そういえば、同じ場所で羽の形のピアスも片方だけ行方不明になっている。どちらも、どこをどうひっくり返しても見つからなかいままだ。
家の中での失くし物は、なぜこうも見つからないのか。
外で失くした物は99%見つけ出せるのに。財布も、鍵も、定期入れも、サブバッグも、遺失物係や交番に届いて連絡が来るか、行動追跡によって思った通りの場所で見つかるか、なんらかの方法で必ず私の元へ戻ってきた。それなのになぜ、家の中だと見つからないのだ?
『借りぐらしのアリエッティ』という映画をご存知だろうか。数年前のジブリ作品だが、私は映画そのものは観ていない。「人間の所有物を借りパクしながら人間の家でこっそり暮らす小人or妖精が、家主の息子と交流する物語」と認識しているくらいで、物語自体はまったく知らない。
友人たちと「家の中で物を失くす」という話をしていた時、友人の1人がこう口にした。
「アリエッティが持っていったんじゃないかな」と。
それだー! と場が一気に盛り上がった。知り尽くしているはずの家の中でどう足掻いても出てこない失くし物の謎は、アリエッティ実在論でしか解き明かせない。映画は未見だけど、激しく同意。
私たちは映画のタイトルを縮めて、借りエッティと呼ぶことに決めた。きっとどの家にも借りエッティがいて、家主の大事な物をこっそり借りて溜め込んでいるのだ。そして飽きたらこっそり返しにくる。
そう考えたら、グッと気が楽になった。物が失くなるという事実は、それがささいな物であっても、案外メンタルに来る。失くした自分をネチネチと責め、自らネガティブな方向に進んでしまう。失くした物が大切であればあるほど、ネガティブな気持ちはもっと強くなる。あんなに大切なのに、失くすなんてバカじゃないの? とつい思ってしまうのだ。
それが借りエッティの仕業だとしたら? 状況は大違いだ。うっかり変なところに置いたとか自分自身にも過失はある。でもそれを借りエッティが持ち去ったのなら、私には追跡のしようがない。それに借りエッティの興味を止めることは不可能だ。映画の中の少年ならともかく、借りエッティが、こどもを卒業して久しい私たちと接触するはずないだろう? 「なんでも持っていっていいけど、これとこれはやめてね」なんて交渉するチャンス、私たちにはない。ゆえに、借りエッティが持っていったのならしょうがないと諦めることができる。
それに、お気に入りだった物が借りエッティの元にあると考えると、気持ちはさらに楽になる。間違えて捨ててしまっただとか、なにかの弾みでゴミ箱に紛れてしまったとか、本当は自分でも気が付かない理由があるのだろう。でも、ゴミとなって消えてしまったと嘆くより、借りエッティの元で大切にされていると思う方がずっといい。借りエッティが持っていれば、いずれ返してくれるかもしれないし。
失くし物というネガティブな思い出は、借りエッティによって、ポジティブな妄想に変換されるのだ。借りエッティがもたらす心の安寧は、彼女なりのレンタル料かもしれない。
件のアトマイザーは洗面台に置いてあった。家を空けている間に借りエッティが返しに来たのだろう。探している物に限って目に入らないということもあるけれど――本当はそれだと思う――借りエッティが返しに来た=借りエッティと同居してると思う方が素敵じゃないか。いくつになっても、夢とファンタジーは共にあるのだ。
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