ワーカホリックは遺伝する
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:大和田絵美(ライティング・ゼミ平日コース)
私には、父との思い出がほとんどない。
社会人になって家を出るまで一緒に暮らしていたというのに。
でも、一緒に過ごした時間は少なかった。
父は家族と一緒に過ごすことよりも、仕事を優先させる、ワーカホリックだった。
それでも、そんな父との関係を不満に思ったことはほとんどない。
ただ単純に「仕事が好きな人なんだな」と思っていた。
私自身が父と同じようなワーカホリックになるまでは。
いつからだろう。
自分の家庭が、みんなのそれとは少し違うと感じ始めたのは。
私の家は、家庭ではなく会社のような「組織」だった。
親が上司で、子どもが部下。
会社のように規約があり、個人の役割を遂行することが求められていた。
欲しい物がある時、友達は「みんな持っているし、買ってよ」と親にねだったと話していた。
私はそんなこと出来なかった。
欲しい物がある時は、「何の目的で使用するのか」という明確な理由が必要だった。
その意図が受理された時のみ、承諾の決裁が下り、買ってもらえるシステムだ。
友達はよく「遊んでばっかりいないで、お手伝いしなさい」と母親が口うるさいと文句を言った。
私はそんなことを親から言われたことは一度もなかった。
父親は外で働きお金を稼ぐ。母親は子どもを養育する。子ども達は勉強をする。
物心がついた時から、家族の役割はきちんと分担されていて、それを全力でこなすように教え込まれていた。
だから、母親の手伝いをする機会はなく、家事というものをしたことがなかった。
22歳で家を出るまで、料理はもちろんのこと、洗濯機を回したり、掃除機をかけたりすることも未経験だった。
私の仕事は学校に通うことと勉強をすることだけだった。
でも、たとえ成績が悪くても、ガミガミ怒られたりすることはない。
「能力のない者」として冷ややかな目をむけられるだけだ。
優秀な兄と比べて平凡だった私は、家族から見捨てられるのではないかと不安を感じていた。
まるで、上司の顔色を伺う、仕事の出来ない平社員のように、私はリストラに怯えていたのだ。
片時も安心することが出来なかった。
「明日、クビになってしまうのではないか」「明日、行き場を失うのではないか」
子ども時代の私は、常にその恐怖と戦っていた。
更に、両親からは褒められるということがほとんどなかったことも私を追い詰めた。
私は「このままの私ではダメなんだ。成長しないと。もっと成長しないと」と常に自分を追い込んで、過ごしていた。
今思うと「辛かったのかもしれない」と感じるが、当時はそれが当たり前で、苦痛だとも変だとも思っていなかった。上司の要求に応えられない自分は無能な存在だと考えていた。
そして、学生を終え、私は家を離れて働き始めた。
学生と社会人との違いに友人達はみんな戸惑い、少なからず社会の洗礼を受け、苦労したり傷ついたりしていた。
でも、私は違った。
社会にはすぐに馴染むことが出来た。
当たり前だ。
私は、会社のような環境で子どもの頃から生きてきたのだから。
しかし、実際の会社は、家庭という疑似会社よりもずっと私に優しかった。
やればやっただけ褒めてもらえる。
それは純粋な喜びだった。
「よくやった」「次も期待しているからな」「君に任せておくと、安心なんだよね」
ずっと言われたかった称賛の言葉を浴び、「私は求められている人間なんだ」と天にも昇る気持ちだった。
そして更に期待に応えようと必死になった。
社会人一年目から仕事は順風満帆で、充実した時間を過ごした。
生まれて初めて自分の存在価値を感じ、満たされた日々だった。
しかし、会社の人は所詮そこだけの存在で、私の全てを支えてくれるわけではない。
会社で得ているような「私は生きる意味のある人間なんだ」という承認をしてくれる人が、私生活ではいなかった。
私の心に渦巻く承認欲求は、仕事をすることでしか解消されない。
私はどんどん仕事にのめり込み、気付けば父と同じようなワーカホリックになっていた。
ある日曜日、誰もいない社内で一人仕事をしながら、もうずっと休んでいないことに気が付いた。
体調もよくなかった。
体も心も休息を求めているのは分かっていた。
いつの間にか、父と同じような生活をしているなと思った。
休みの日にも仕事に行き、家にいる時も仕事をしていた父と自分の姿が重なる。
今の私は、仕事を休んでも何もすることがない。
そして、仕事以外で自分の存在を認めてもらえる場所もなかった。
父も同じだったのかもしれないとふと考えた。
こんな風に満たされない思いを抱えていたのかもしれない。
家庭では満たされない寂しさや充実感、「自分には生きる価値がある」という思いを得られなかったから、それを外に求めて、あんなに仕事に没頭していたのではないだろうか。
私の心の底からマグマのように湧き上がる承認欲求を、父も同様に持っているのではと勝手に想像し、初めて父を身近に感じた。
父はずっと寂しかったのかもしれない。
満たされていなかったのかもしれない。
私と同じように。
父のワーカホリックは承認欲求という化け物とともに、私に遺伝されたに違いない。
この日から私は、自分の承認欲求について悩み、考えるようになった。
でも、父や母が悪いと思うことは出来なかった。
少し変わった環境ではあったけれど、父も母も懸命に私を育ててくれた。
ただ、この2人も、私のように「満たされない承認欲求を抱える」アンバランスな大人なのだろうと思った。
解決出来なかった承認欲求を抱えたまま大人になってしまった男と女が夫婦になり、親になり、そして同じような子どもを作ってしまったということなのではないか。
私達家族は全員が、「誰かに認めてもらいたい」「もっともっと認めてもらいたい」と思い続けてしまう「承認欲求中毒」なのだ。
それを仕事という場に求めたのが、父と私だった。
ホリック(中毒)は遺伝する。
承認欲求が満たされないまま私が親になってしまったら、これは繰り返されるかもしれない。
それは、怖いと思った。
でも、そんな私に変化が訪れた。
新しい家族が出来たのだ。
パートナーは私に「生きているだけでいい。何もしなくても、ただそこにいてくれるだけで君は価値のある存在だ」と伝えてくれた。
それは30年以上生きてきて、誰にも言われたことがなく、そして一番聞きたかった言葉だった。
呪いがとけたかのように、ホッとした。
私は安心して、執着していた会社をようやく辞めた。
こうして突然に私のワーカホリックは終わりを迎えたのだった。
今でも、渦巻く承認欲求に苦しめられる時がある。
それを満たすために、ワーカホリックに戻ってしまいそうな自分もいる。
でも、「私は生きているだけで価値がある」と信じられるようになった。
ホリックは受け継がれてしまうのかもしれない。
仕事だったり、アルコールだったり、ギャンブルだったり、種類はいろいろ。
そしてその後ろには、大きな承認欲求がある場合も考えられる。
でも、それは断ち切ることが出来る。
そして必ず乗り越えられる。
人は誰もが、生きているだけで意味のある、価値ある存在なのだ。
***
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