恋人でも兄でも友達でも先輩でもない彼の部屋で、聴いていたあの曲のこと
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:ゆりのはるか(ライティング・ゼミ通信限定コース)
6月は、少し憂鬱だ。
梅雨を迎えて、じめじめと蒸し暑くなる。
この季節になると、いつも思い出す景色がある。
代々木上原の駅から徒歩5分。何の変哲もないマンションの1階の部屋。
1階とはいえ、部屋の部分は土地が低くて半地下になっていたので、窓の外にある広い空と通行人の姿を、わたしはいつも見上げて眺めていた。
晴れた日には、快晴の空と楽しそうに歩いている親子の姿。
雨が降った日には、曇った空と傘を差してすばやく歩く人々の姿。
yonigeの『ワンルーム』という曲を聴きながら淡々とその様子を見る。
朝ひとりで起きた日も、夜ひとりで帰りを待つ日も、いつもそうしていた。
その部屋は、わたしが住んでいる部屋ではなかった。
きちんと借りている人がいて、就活のために大阪から東京に来ていたわたしは、一時的に泊めてもらっていた。その人はとても忙しい仕事をしていて、早朝に家を出る日もあれば、深夜に帰ってくる日もあった。
最初の頃は、「今日はアポがあるからもう出るね」とか逐一報告してくれていたと思う。でも、長く居座れば居座るほど、だんだんそのあたりが雑になってきて、気づけばわたしはいつもひとりだった。
わたしは面接があるだけだから、ひまな時間の方が長い。
実家暮らしで自分の部屋がないわたしには十分広く感じる、ワンルームの部屋にひとり。
就活の不安もあいまって、よけいに寂しく感じた。
外を歩いている人には、いろいろな人がいる。
1人でイヤホンをつけて歩いている人。
友達としゃべりながら歩いている人、
横に並んで歩いている男の人と女の人。
あの人たち、カップルなのかなぁ。
男女の2人組を見るたびに、わたしはいつもそう思った。
もう子どもじゃないから、腕を組んで歩いている男の人と女の人でも、恋人とは呼ばない関係性があることを知っていた。たとえどんなに仲がよさそうでも、カップルではないのだ。
そう考えるたび、『ワンルーム』の歌詞が胸に突き刺さった。
その曲は、とある女性が自分の部屋に男性を泊めたあとに抱いた気持ちを描いた曲だった。曲中に出てくる男女が恋人なのかそうではないのかはわからないけど、お互いのことを一番に思い合っていないのはたしかで、最初から最後まで悲しくて切なかった。
名前のない関係性を理解しようとするのは難しい。
お互いに恋人がいないのになんで付き合わないのかといわれても、意外とそこに深い理由がないこともある。
社会人と大学生。東京と大阪。
単語を並べるだけでも、明確に見えてくる現実があった。
愛情がないわけではない、ということはなんとなくわかっていた。
でも、特別に名前をつけるほどの関係でもなかった。
窓の外をぼーっと眺めながら、何度も何度も、繰り返しその曲を再生した。
ギターがかき鳴らされ、ドラムの音が組み合わさって始まるイントロ。
そこにベースとメロディーを作るもう1本のギターが入ってきて、歌詞がのる。
Cメロのあたりでいつも泣きそうになった。
外を歩いている男女のペアを全員恋人以外の関係にしてやりたいと思った。
曲を聴いたところで何も変わらないのに、わたしはやっぱり何度も何度も、救いを求めるかのように、それを再生した。
「その曲好きだよね」
土曜日の朝。
ひとり外を眺めながらその曲を聴いていると、彼は言った。
イヤホンをつけていたけど、スマホを放っておいていたから曲名が見えたらしい。
「今日は仕事しなくていいの?」
なんとなく詳しく聞かれたくなくて、話をそらした。
「午後からするよ」
曲について触れられなかったことに少しほっとして、わたしは引き続き窓の外を見ていた。
彼は、コーヒーを入れながら言った。
「yonige、いいよね。俺もワンルーム好きだよ」
どきっとした。
「こういう系統のバンド、好きだっけ?」
彼はハードロックバンドをよく聴いていた。
yonigeのような決して激しくはないテンポ感で、ギターとベースの女性が2人でやっているガールズバンド(ドラムともう1本のギターはサポートメンバーが演奏している)を、彼が好んで聴くはずがなかった。
「よく聴いてるから、俺も聴いてみた。歌詞が好き」
歌詞が好き、という彼の言葉が頭の中で何度もこだました。
「そうなんだ」
彼が何を意図してそう言ったのかは、わからない。
わたしはこの曲に彼との関係のことをひたすら重ねているというのに、彼は何とも思わないのだろうか。
そう思うと悲しくて、それ以上何も言えなかった。
彼とはもう会っていない。
就活が終わって、東京に来る機会がなくなると自然と会わなくなった。
最後に会った時も、また会うつもりでいつも通りに分かれたから、さよならがこんな静かに訪れるものだとは思っていなかった。
結局、彼がわたしのことをどう思っていたのかを知ることはなかった。
でも、わたしは彼のことを大切に思っていた。
今思えば、それは恋愛感情ではなかったのかもしれない。
彼は恋人のようで、兄のようで、友達のようで、先輩のようだった。
ただそばにいたくて、大切で、まっすぐに人として彼のことが好きだった。
yonigeの『ワンルーム』を聴くと切なくなったのは、わたし自身の彼への気持ちもあいまいなものだったからだと思う。
恋愛なのか、そうではないのか、どちらとも言えないけど彼のことは大切。
そんな自分の気持ちを、この曲に登場する女性に重ねていた。
ただ単に、曲中の男女の関係と自分たちの関係を重ねて辛くなっていただけではなかった。
「情」という言葉で表してしまえば、それまでなのかもしれない。
でも、わたしには、そんな一言では収まりきらないほどいろいろな気持ちが彼にあった。きっと彼もそうだったと思う。
いま、わたしはひとり暮らしをしている。
半地下の部屋ではないから見上げることはないけど、窓の外には、広い空と通行人の姿が同じように見える。
『ワンルーム』を流すと、今でも思い出す。
彼の部屋に泊めてもらっていた、あの6月のこと。
少し切ない気持ちになるけど、彼のことは大切な想い出として心の中に残っている。
恋人ではなくとも、大切な人がいる。
そんな人にはぜひ、yonigeの『ワンルーム』を聴いてほしい。
***
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