平安時代のシンデレラ ―『源氏物語』末摘花巻より―
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記事:川上さくら(ライティング・ゼミ日曜コース)
「ブスだ、ブスだ」と言われ続けた私に、事件が起こった。
目の前に突然イケメンが現れて、私のことを愛おしいと言い出したのだ。しかも、契りまで交わしてしまった。
生まれてこのかた、男性とお付き合いしたことはもちろん、会話だってしたことがない、この私が、だ。
こう書くと、普通は、悪徳商法に騙されているのではないかと心配してくれる友人の一人でもいそうなものだが、幸か不幸か、私の周りにはいなかった。むしろ、イケメンの登場を喜び、積極的に応援してくれたので、契りを交わすに至ってしまった。
私は、生まれてからずっとブスだと言われてきたし、なんとなくそうなのかな、という気はしていた。ファッションも自信がない。いつも両親のお下がりを着ていた。
その両親も亡くなってしまったので、今はとても経済的に苦しい。実は私のあまりのブスさに、親族からも疎まれているので、経済支援は受けられない。みすぼらしいけれど、両親との思い出がつまったこの家で、おさがりの着物を大切に着て、生活している。
そう、私は何かとどんくさい。女の子同士の会話だって、うまくいかない。現代風のきゃぴきゃぴした言葉使いはどうも苦手で、古めかしい言葉の方が安心する。だから、私と合わないなと感じた人はすっと離れていった。逆に、私の周りにいてくれる仲間たちは心から信頼できるし、結束力も強い、と思う。
そんな私の目の前にイケメンが現れた。
イケメンは、たまたま私の家の前を通りかかったときに、私が弾いていたお琴の音色を聞いてくれたらしい。お琴は、両親が「将来、いいおうちに嫁げるように」と習わせてくれた唯一のお稽古事だ。
イケメンは、何を思ったか、荒れ果てた我が家のことも「風流だ」と感じたそうで、「こちらのお宅のお嬢さんとお話させてください」と乗り込んできた。
リビングに通されたイケメンが声をかけてくれる。
「あの、ずっと黙っていますけど、お返事をいただけませんか」
「あの、確かに、ぺらぺらと愛を語るよりも、黙っているほうが深い愛だという考えもありますけど、ずっと沈黙が続くのもつらいのですよ」
―分かっている。私だって、おしゃべりしたい。でも、声が出ないのだ。緊張しすぎて。
その日は、何事もなく、イケメンは帰っていった。
数日後。また、イケメンがやってきた。
緊張しすぎて、黙っていた私のことを「奥ゆかしい」と高く評価してくれたらしい。イケメンだから、多くの女性たちが心をときめかせて、華やかな会話を繰り広げてきたのだろう。そのようなイケメンにとっては、「沈黙こそ美しい」ものであったようだ。
その日。やはり緊張のあまり会話ができない私の背中を、周囲の者が押してくれた。
比喩表現ではない。
本当に「どん!」と、イケメンの前に突き出してくれた。イケメンと二人で夜を過ごす時間をセッティングしてくれたのだ。
さて、一夜が明けて。私はまだ声を出すことができなかった。そのような私を「恥ずかしがり屋さんなのだな」と、イケメンは感じてくれたらしい。
「なぜ、いまだに心を閉ざしているの? せっかく空が綺麗だから一緒に見ましょう」
まだ、ほの暗い時間だけれど、うっすらと見えるイケメンのお顔はとても美しく、清らかで、思わず見惚れてしまう。
契りも交わしたことだし、と、少し勇気を出して、私もイケメンのそばに寄ってみた。
私のことをじっと見つめる、イケメンの熱い視線を感じる。
私もイケメンを見つめる。
沈黙が続く。けれど、もう怖くない。
身も心も許して、言葉を交わさなくたって、きっと私たちは分かり合える仲になったのだ。
イケメンは「仕事に行かなくちゃ」と言って、慌ただしく出て行った。
上記、私の恋物語は、かの有名な『源氏物語』に記されている。
私の名前は、末摘花。イケメンは、あの光源氏。
荒れ果てた我が家に現れたプリンス・光源氏と、貧乏でブスな私の恋物語は、平安時代版シンデレラと言っていいだろう(シンデレラはブスではないが)。
しかし、紫式部の書きぶりはちょっとひどい。
例えば、初めて一夜を過ごした後に、ただひたすら見つめ合う私たちのことをこのように書いている。
「何に残りなう見あらはしつらむと思ふものから、めづらしきさまのしたれば、さすがにうち見やられたまふ」。
現代語ではこのように訳すらしい。
なんで全部見ちゃったんだろう。見てはいけない! でも、見てはいけないと思うものほど、つい見てしまう…。
契りを交わした翌朝、光源氏が私を見つめて、無言で愛を伝えようとしてくれたと信じていたのに、実はそうではなかったのだ。
私の高すぎる座高。長すぎる、しかも先が少し赤くなった鷲鼻。広すぎるおでこ。長すぎる顔。痩せすぎて、骨ばった身体。古めかしいファッション。
何から何まで、紫式部は筆を尽くして、いかに私がダサくて、ブスかを書いていく。ひどい。
実は光源氏が「ドンビキ」していたなんて、書かなくたっていいじゃない。
それでも、光源氏は優しかった。紫式部はこんな私に希望を与えてくれた。
このエピソードの締めくくりには、このように書かれている。
「我ならぬ人はまして見忍びてむや」、つまり、「僕以外の男じゃ、みんな見捨てるだろうな」。
我慢できるのは自分だけだ、と、光源氏は深い縁を感じ、末摘花の面倒をみることにしました、と。
男女関係もよく分からない、気が利いた言葉も贈り物もできない私だけれど、光源氏にいただいたご縁はずっと忘れず、慕い続けようと心に決めている。
(注1)『源氏物語』本文は、阿部秋生ほか著(1994)『新編日本古典文学全集 源氏物語』(小学館)に依る。現代語訳は私に行った。
***
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