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世界一平和な場所で。


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:深澤まいこ(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
ホテルについた頃には、深夜2時を過ぎていた。
ほぼノープランで現地入りしたけれど、もうこの時点で、私のインドでの旅の運命は決まっていたのかもしれない。
 
目的は、ヨガと瞑想。
社会の歯車となって12年。私は一度、自分のすべてを空っぽにしたかった。淀んだ心。こんがらがった頭の中をスッキリさせたい。ただそれだけでインドを訪れた。
 
デリー空港到着早々、私はインドの洗礼を受けた。
 
待ち合わせよりも2時間遅れで現れたタクシードライバーは、リアルインディージョーンズ、いや、リアルTAXIを体感しているかのような暴走運転で、目的地であるリシケシュへと車を走らせた。
エアコンで冷え切った車内で、死ぬかもしれない、と私は何度も背筋を凍り付かせた。
 
7時間におよぶ深夜のスリリングなライドのあと、真夜中に到着したホテルの客室には、廊下に面した大きな窓があった。驚くことに、その窓の鍵は壊れており、誰でも自由に入ってくることができる、ファンキーな仕様だった。
時折カーテンの向こうに見える人影に怯えながら、夜を明かした。
 
このホテルの窓の鍵はすべて壊れているのだろうか?
翌朝変えて貰った客室の窓も、同様に錆びて鍵が破損していた。
 
「こんなところ、一刻も早く出ていきたい」
 
居心地の悪い部屋のベッドに寝そべり、私は出発前にみつけた怪しげな瞑想キャンプのWEBサイトを見ていた。
 
「Mystery of Sound Meditation Camp」と題された、その瞑想キャンプは4日間のプログラムだ。施設へのアクセス方法は、リシケシュの中心地から北へ車で約20分の山のなか、とだけ書かれていた。
 
1日に3回の瞑想体験。
夜にはすでに亡くなっている教祖様のような男の講話の録音テープを聞く、というもの。
昼間は同じ栗色のローブを着用し、夜は白いローブを着用することが義務づけられている。
同じ色の服をきた大人たちが、笑顔で踊る写真が掲載されていた。
 
怪しさ満点ではないか。
 
日本人による訪問者の情報もほとんど見つからず、危険な香りしかしない。
なのに、私は恐怖心と同じくらい好奇心を抱いていたのだ。
 
冷静な思考であれば、瞑想キャンプへの参加は踏みとどまっていたかもしれない。
けれど、滞在中のホテルがすでにセキュリティ甘々の危険な場所となれば、話は別だ。
 
完全に冷静さを失っていた私は、瞑想キャンプの施設へ問い合わせ、勢いのまま瞑想施設に併設された宿泊部屋の予約を進めた。
 
タクシー乗車のトラウマ。英語が話せないドライバー。人里離れた怪しげな瞑想施設。
何もかもに恐怖心を抱きながら、翌日ホテルをチェックアウトした。
 
タクシーの中では、誘拐された場合はGPSで追跡してもらえるようにと、Wi-fiとスマホを握りしめていたが、走行10分後には、ルーターは圏外を表示した。
 
しばらくするとタクシーは小脇の狭い道へと右折し、山を下り始めた。
背の高い木々に隠れるようにして、その施設は建てられていた。
 
チェックインを行うオフィスには大きな熊のような男と、眼鏡をかけた教師風の男が受付に座っていた。二人とも栗色のローブを着ている。
パスポートのコピーを取り、台帳に記帳したあと、熊のような男が1日のスケジュールと施設での過ごし方や注意点を案内してくれた。
 
とても穏やかで、優しい声をしていた。
 
部屋に荷物を置いたあと、私は外にある椅子に座り、瞑想が始まるまでの時間をつぶしていた。
 
その時、目の前に一人の男が現れた。
ウェーブした黒髪は肩下まで伸び、大きなレンズの眼鏡をかけていた。
裸足で、栗色のローブを着ている。
リンゴを丸かじりするその男は、インド人のような風貌をしながら、とても聞き取りやすいクリアな英語で話しかけてきた。
 
ジーザス。
 
私は、その姿を見て、彼をキリストのようだと思った。
 
彼の名前はシーラン。スリランカをルーツにもつアメリカ人。そして旅人だ。
この施設には前にも来たことがあるそうだ。
 
初めて会ったというのに、私は誰にも話したことがない、自分が心の奥に抱える深い悲しみや、息苦しさ、焦燥感について彼に話した。私のつたない英語を、表現以上に汲み取り、理解してくれた。
心の距離感がとても近い人。彼はとても不思議な人物だった。
 
瞑想が始まる時間にホールへ入ると、30人くらいが集まっていた。
 
瞑想プログラムは、思いのままに体を動かし、声を出すフェーズ1、その状態のまま体を硬直させるフェーズ2、音楽に合わせて好きなように踊るフェーズ3、静かに座って内観するフェーズ4で構成されていた。
 
どれも初めての体験で、羞恥心が沸き起こることは否めなかった。20代のころ、頻繁にクラブに通ってはいたが、しらふで踊り狂うには、まだ自分の中に捨てきれない何かがあった。
 
一回目の瞑想が終わり、シーランから感想を求められた。
私は、恥ずかしくて緊張して、上手にできなかった、と答えた。
 
瞑想プログラムの後は食事の時間だ。シーランはいろんな人に声をかけ、一緒に食べようと誘った。
 
インド人、アメリカ人、イギリス人、スペイン人、スイス人、ドイツ人、日本人。
他にも、様々な国籍、年齢の人がともにテーブルを囲み、食事をした。
 
自分の国の文化、インドの神話、ヨガや瞑想。旅のこと。他愛もない話に、花を咲かせた。
いつからか、みんなで一緒に食事することが当たり前のことになった。
 
ある瞑想とき、私は自分の内側から、押さえていた感情があぶり出されたように涙が止まらなくなった。
ひたすら体を動かしているときのことだ。
 
大好きだった人とずっと仲良くいたかったこと。
上司に認めて貰いたいと思いながら、自信がなく萎縮していたこと。
尊敬する先輩を、傷つけ、苦しめていたこと。
寂しかったこと。
自分がずっと、自分自身と戦ってきたこと。
 
瞑想のさなか、私の心の奥の苦しみは、自分自身と戦っていた苦しみだったことを知った。
私は、私を苦しみから解放してあげる選択肢があることを知った。
 
瞑想を終えた後、シーランが優しく背中をさすってくれた。
 
キャンプ最後の夜、夕食後にはウクレレで、みんなでインドの歌を歌った。
ガンジス川の河岸。夜空の下。
 
国籍や年齢、性別など関係ない。仕事や肩書き、ステイタス。独身、既婚。
何をもっているかなんて関係ない。
 
ただ一人の人間同士として、ともに食事して、ともに笑い、ともに歌い、川のせせらぎや、夜風の気持ちよさを感じ、何もしない心地よい時間を共有した。
 
そこは世界一平和な場所で、ラベルのない私のままで生きる喜びを味わった。
 
 
 
 
***
 
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2020-06-06 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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