メディアグランプリ

空き家には風を通してあげないとね


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:石田ゆかり(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「このコロナの自粛で、ほんと、顔、劣化したよね」
 
世界的にコロナウィルスの感染が拡大した今年。自粛休業を終えて再開した美容室のスタッフたちとの久々の会話で強烈にシェアした近況が「顔の劣化」だった。
久しぶりと言っても2ヶ月くらいのものだろうか。
この2ヶ月、家の周りのごくわずかな範囲において知っている人とすれ違いざまにソーシャルディスタンスの距離越しに言葉を交わす以外は、生活の中に他人の目というものが全くなかった。ましてやマスク必着である以上は、もはやすれ違ってもその人と気が付かないことも多く、だから私がスッピンであって、シミや乾燥が顔に如実にあらわれていても格別困ることもなかった。
 
この数日、私も仕事復帰のために身なりをきちんと整え始めて自分の顔のくすみの酷さに改めてとても驚いて、そして落ち込んだ。これまでお客様からくすみの相談を受けてはいてもどこか人ごとで、私自身くすみがないわけではないけれどそんなに気に病むほどでもないと感じていた。しかし自粛明けに備えて鏡に向かった私の顔は久しぶりのファンデーションがどうにもこうにも不健康そうにくすんでいて、そのくすみが顔の心証を損なっていることにショックを隠せなかった。
経営している美容室でも今週からメイクレッスンが再開になって、来店するお客様も口々に自分の顔の劣化、とりわけ疲れた感が顔に張り付いていることに心底ガッカリしているという言葉を聞いて初めて
「ああ、この感じは私個人の問題ではなくてコロナ自粛と関係して多くの人が感じている気持ちなのか」と気がついた。
自粛休業から転じて徐々に動き始めた近隣の化粧品売り場を慌てて徘徊してみる。するときっとこれまでも同じようにあったのであろう、くすみの悩みに応えるエイジングケア商品の多さになんだか世の中を味方につけたような嬉しい心強さを覚えた。
 
母に似て昔から透き通るように肌が白いと言われてきた私は、無い物ねだりで小麦色の健康的な肌に憧れていて、夏が来るたびにコパトーンの日焼けオイルで焼いてきた。
歳をとって子供たちと夏休みのプールや川遊びなどに出かけては童心に帰って思いっきり遊びたいと、日焼け止めもラッシュガードもせずに子どもと一緒に朝から陽が沈むまで水遊びをした。それでも赤くはなるけれど小麦色にならない自分の肌をまだかまだかと太陽の前に無防備に晒し続けてきたのだ。
 
物心ついた頃から、母は私に
「人の目なんて気にして上部ばかりカッコつけても中身がなければどうしようもない」
要するに見かけよりも中身を磨きなさいという教えを何かにつけて言い聞かせてきた。少しでも可愛い洋服や髪型をしたいというそぶりを見せようものなら、口癖のようにいつも決まって「そんな気持ちは浅はかだ」と言われた。そういう母は父と結婚した若かりし時、60年代の女優のように美しかった。美しい人というのは美しいからこその苦労をしてきたようで、着飾ったり目立ったりすることをとても嫌っていた。もともと童顔で皮膚も目立ってたるまない体質の母だったが数年前、白州で一緒に山を登った時のこと。途中で座り込んで水を飲んでいる母の顔を見て「野猿か!」と目を見張った。
私が幼稚園へ入学したと同時にオートバイに乗って外回りの仕事を始めて、75歳までの40年近くを紫外線の下で働き続けた母の、乾燥した髪の毛や紫外線でダメージを受けた皮膚はそれほどまでに人間離れしていた。
 
いくら見かけの美しさにこだわっても中身がなければ意味がない、とは言ってもここまで外見がひどくなっては中身どころではない、とその時私は強く思ったのだった。
こうはならないように気をつけようと思っていたのに、このコロナの自粛ではどうせ誰にも見られないこと、万が一誰かに会ったとしてもマスクとソーシャルディスタンスに守られていること、せっかくの朝の時間をメイクではなくゆっくりとコーヒーを飲みたいこと。そんな理由のあれこれに甘えて、隣にいる夫に対する恥じらいすら忘れて実に伸び伸びとスッピン生活に浸っていたのだった。
 
けれどあらゆるものは誰かに大切に扱われているかどうかで状態が変わっていくものだ。家主のいなくなった空き家は誰かが風を通してやらないとあっという間に朽ちてしまうし、人の顔というのも同じようなものなのだと最近は思うようになった。
エイジングケア、なんて聞くと40になる前はどこか歳を重ねることに抵抗する白雪姫の継母のような醜さを連想した。けれどそれはむしろ、たった一つ与えられた自分の姿を慈しんで丁寧に磨きをかける茶人のようなそれに変わった。
 
誰もすまない家にだってわざわざ風を通して人の気配を入れに来るのだもの。これからまだ倍は生きる予定の自分の顔くらい丁寧に慈しむスキンケアをしようと心に誓った。
 
 
 
 
***

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2020-06-18 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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