メディアグランプリ

しきたりは、好きな人にかけてあげる幸せのおまじない


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:河内愛子(ライティング・ゼミ通信限定コース)
 
 
突然ですが質問です。
 
贈り物をするときの水引の使い分けはできますか?
お葬式のお香典袋にはなぜ薄い文字で書くか知っていますか?
「半返し」はなぜ半分しか返さないのでしょうか?
 
ここまで聞くと、「ああ、しきたりとかマナーってやつでしょ」「あの面倒くさいの」「知ってる人が知らない人の揚げ足とマウント取る『アレ』ね」と、そんな風に思う人がいるかもしれません。
しかし本当はそうではありません。しきたりは、相手の幸せを願うための「おなじない」なのです。
 
私はこの3月まで、18年間百貨店に勤めてきました。そして最後の8年間は引出物とお香典返しを担当し、こうしたしきたりやマナーにどっぷりと浸かって生きてきました。
さすがに8年もやっていればこうしてしきたりをお題に文章なんかも書けるわけですが、やはり最初の頃は初めて知ることばかりで緊張の連続。お客さまにとって人生に何度もないご用命を承るわけですから、ミスをしてしまった時の事の重大さは、正直言ってそれまで担当したどの売場をも上回るものでした。
確かにしきたりは一見するととてもまだるっこしいものです。ですがしきたりには必ずそれぞれいわれや成り立ちがあります。そしてそれらはすべて、相手と喜びや悲しみを分かち合うためのものなのです。
それらをほんの少しだけ、ご紹介したいと思います。
 
 
① 水引の使い分け
 
お慶びごと用ののし紙に描かれる水引には、次の3つがあります。
 
A 花結び(はなむすび)
B 結び切り(むすびきり)
C 夫婦結び(めおとむすび)
 
それぞれ用途が異なるうえ、うっかり間違えると大惨事になるので注意が必要です。
 
A 花結び
出産祝いや長寿のお祝いなど、何度あっても嬉しい事に使います。水引の数は紅白各5本。何度も結んだりほどいたりできる、蝶結びの形をしています。
 
B 結び切り
快気祝や事故/災害お見舞いなど、何度もあってほしくない事に使います。水引の数は花結びと同じ、紅白各5本。結んだりほどいたりできない堅結びの形をしています。
 
C 夫婦結び
ご結婚に関するもの全般に使います。これだけは水引の数が紅白各10本。結んだりほどいたりできない堅結びの形をしています。
 
結んだりほどいたりできない堅結びの形をしているのは、「一度あればいいお祝い事」ということで理解していただけると思いますが、なぜ5本ではなく10本なのか、その理由を想像できますか?
これには「ご新郎の手の5本指と、ご新婦の手の5本指を共に携えて」という意味が込められています。ずいぶんと昔の人はロマンチックな発想をしていたんですね。
 
 
② お葬式のお香典袋にはなぜ薄い文字で書く?
 
薄墨(うすずみ)という言葉を聞いたことがありますか?
これが登場する場面はただ一つ。「お香典袋、しかも四十九日より前に文字を書く時」だけです。驚くほどニッチですね!
 
薄墨とは、その名の通り黒々としていない、薄いグレーの文字の色のことです。
これには2つの意味があり、
・ 墨をすっている間に、悲しみの涙で薄まってしまった
・ あまりに急なお知らせだったので、濃くなるまで墨をすることができなかった
というもの。
 
つまり薄墨は、訃報を受けた人の悲しみと驚きを表すものなのです。
故人が生前長く臥せっておられたとか、そういうことは関係ありません。日本の習慣においては「訃報=急」なのです。
 
さて、薄墨が登場する場面は「四十九日より前」と書きましたが、四十九日の前と後とでは表書き(おもてがき。水引の上に書かれた、袋の中身の名目を表したもの)が変わります。四十九日の忌明けを境に、「御霊前」から「御仏前」へ。つまり、故人は霊から仏様になられます。
四十九日を過ぎてなお「急だったので墨が薄くて……」というのはいささか苦しいですよね。よって「御仏前」と書く際は普通の濃さの墨でOKです。
 
③ 「半返し」はなぜ半分?
 
お祝いやお見舞いをいただいてそのお返しをするとき、なぜ半分だけしか返さないのでしょうか?
半返しとは、送り主からいただいたご厚意に対して「ほんの少しだけこちらに義理を残します」という意思表示のこと。その義理があるがゆえに、両者の関係は永続的なものになります。
 
逆に、いただいたお金や品物に対してそれ相当の金額の物をお返しするのは俗に「全返し」と呼ばれます。それの意味するところは、「あなたから頂戴した義理は耳を揃えてお返しします。ですからこのご縁はこれまでです」ということ。
 
言ってみればお会計の前の伝票の取り合いのような「小芝居」感は否めないのですが、それも一つのコミュニケーションの形だと私は思います。
お祝いは誰かが一緒に喜んでくれたこと、お見舞いは誰かが一緒に悲しんでくれたことの証です。そして半返しはそれに返答するとき、相手を立てて自らが一歩下がろうとする謙譲の姿勢を示すものなのです。
 
数あるしきたりの中からごく一部をご紹介しましたが、いかがだったでしょうか。
しきたりの裏には必ずそのいわれや成り立ちがあって、そこには相手に「幸せになーあれ」と願うおまじないが隠されています。そしてその根底には、利他や尊敬、謙譲といった日本固有の心の文化が息づいています。
 
いつかこうしたしきたりに触れて「面倒くさいな」と思ったとき、そこには「幸せのおなじない」があることを思い出していただけたらと思います。
 
 
 
 
***
 
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2020-06-18 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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