家族と、スパイスと、お花
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:渡辺 彩加(ライティング・ゼミ通信限定コース)
ズーン。
気持ちがとても落ち込む。
やることたくさんあるのはわかっているのに、何にも手につかない。
何もできない自分にも腹が立つ。
家にこもることが多くなかったからか、誰とも話さない日があったからか、
気持ちが落ち込む日が増えた。
そんなに動いてないし、お腹も空かない。お風呂もめんどくさい。
なんとかしなきゃと思うものの、何もできないまま日が過ぎて行った。
実家を出て、一人暮らし。
緊急事態宣言が出てから、実家に帰る人が多いと聞くが、私は帰らなかった。
帰らなかった理由はいくつかある。
実家ではできず、一人暮らししているところでしかできない仕事があるとか、
県を超えての移動は控えた方がいいとか、
移動中に感染するリスクを負いたくないとか。
でも一番は家族に私が帰ることによって感染させたくなかった。
私が無症状で例え感染していたとして、帰省してしまったら、両親や祖母、歳の離れた兄弟に感染してしまう恐れは大いにある。私が原因で家族にリスクを負わせたくなかった。
一人で生活している私を気遣ってくれ、家族と何回かオンラインご飯会をした。
しかし、私一人だけオンラインで、他の家族は集まってご飯を食べている。会話を続けるのが難しかった。顔を合わせている家族で盛り上がっている話題を、一回一回オンラインの私に伝えたり、話をふったりしなければならない。私一人だけ、食べているご飯も違うし、話題についていけない。円滑なコミュニケーションとは言い難かった。一人、取り残された気分になった。家族と話しているのに、一人でいる気分。
一人でご飯食べることも億劫になり、だんだんご飯を食べなくなった。
動いていないからか、お腹がすくことも減り、余計食べなくなっていった。
なんとなく、体がだるかったり、重かったりする日々が続いた。
5月になり、緊急事態宣言が解除され、県を超えた移動をしてもいいことになった。
父が、私がいる県まで車で何時間もかけてきてくれた。
たくさんの果物と、お花と、食べ物を持ってきてくれた。
自室に花瓶はないから、洗面器にお水を張ってお花を入れておく。
「夜ご飯一緒に食べよう、何がいい?」
届ける荷物を全部下ろした父が私に聞いた。
昔から我が家は、いつも外食となると、インドカレーか、中華が定番だった。
「うーん、久しくインドカレー食べてないから、インドカレーにしようかな」
携帯で近くのインドカレー屋さんを調べる。
私も行ったことのないレストランだったが、行ってみることになり、レストランに向かった。
久しぶりの外食、久しぶりの父との食事。
父と二人きりなんて、いつぶりだろうか。
それぞれ注文をして、近況について話始める。
実家の紫陽花が綺麗に咲いたこと、
私の部屋のエアコンが壊れて、水が垂れてきて困っていること、
いろんな話をした。
不意に、涙が溢れてきた。
あぁ、寂しかったんだなぁ。
自分の気持ちに突然気がついた。
人と話すこと、人と一緒にご飯を食べること、家族に会うこと。
今までも何年も一人暮らしだったが、ホームシックになることはなかった。
いつでも帰れると思っていたからかもしれない。
でも今回は、移動に制限があった。帰ることができない。
それが知らず知らずのうちにストレスになっていたのかもしれない。
たくさん考えているうちに、カレーがテーブルに運ばれてきた。
一口食べて、スパイスが口いっぱいに広がる。
「うわっ、すっごい。美味しい!」
父が叫んだ。
「そうでしょう、ナンなくても、これだけでも十分食べられるんですよ!」
父の叫び声を聞いた店員さんがニコニコと答えてくれる。
一口目が胃袋に到着して、スパイスによって感覚が活性化された。
あ、私、お腹空いていたんだ。
スパイスが容赦無く、嗅覚と味覚を刺激してくる。
「これ、美味しいね」
「どれどれ、一口頂戴」父が手を伸ばしてきた。
食べながらも、話は尽きなかった。3時間ほど話した。
しかし、父は明日も仕事なので、日帰りで帰ることになっていた。
「気をつけてね、来てくれてありがとう。みんなによろしく」
父を見送った後、部屋に戻った。心がとても穏やかになっていた。
扉を開けて、とても驚いた。
ユリやキクの花の香りが部屋に広がっていた。
父が持ってきてくれた花。
洗面器に入って、洋服ダンスにもたれかかっている。
部屋に雑多に置いて、ほんの数時間部屋を離れただけなのに。
あぁ、花ってこんなに香るんだ。こんなにいい匂いだったんだ。
実家では、いつも家のどこかに母が花を飾っていた。
こんなに匂いがするなんて、実家と比べると狭い部屋になってから
今まで全く気がつかなかった。
とても、寂しかった。寂しさから、体も心も弱っていっていたのかもしれない。
父は会話で寂しさを埋めてくれ、スパイスは体を活性化してくれた。
父が帰った後も、花が、心の隙間を、その香りと姿で埋めてくれている。
明日、花瓶を買ってこよう。ちゃんといけてあげないとかわいそうだ。
可愛くできたら、母と祖母に写真を送ろう。
また、みんなとオンラインご飯会しようかな。
昨日までの鬱々をした気持ちはどこかへいってしまい、
穏やかな、満たされた気持ちになっていた。
***
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