辞める勇気
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:田口純美(ライティング・ゼミ通信限定コース)
「辞める、という概念があの子の中になかったから、悩んだみたい。」
私の姉の娘、つまり姪っ子の話である。姪は3歳の時に始めたバレエが大好きで、小学生時代はバレエとともに明け暮れ、中学入学後も続けていたのだが、学校の吹奏楽部に入部したためバレエスクールで練習する時間が減り、現実的にバレエの継続が難しくなったらしい。学校の学習課題も多い、吹奏楽も楽しいから頑張りたい、バレエスクールではコンクールに出ましょうと言われる。中学一年生にはキャパオーバーであることを姉は理解し、十年通ってやるとこまでやったから充分でしょう、バレエ辞めていいんだよ、と伝えたけれど姪は、バレエを辞める決心がつかなかったという。
「わかる。私もピアノ12年続けたけど、最後なんてほとんど練習しないのに、たまにレッスン行ってて。無駄なことしたなと今では思う。でも、幼い頃からずっとやってきたことを辞める、ということが初めてで経験がないから、辞めていいのか判断できないんだよね」
義務教育+高等学校くらいまでは、小学校を卒業したら中学へ、中学を卒業したら高校へ通うことはおおよそ本人にも予測がつく。社会人になるまでは、卒業すると次のステップがたいてい見えるものだが、社会人になると自分の人生の決断をしなくてはならない時がある。転職、留学、大学へ戻る、起業のため退職、故郷で家業を継ぐ、結婚、介護、療養……当然だが数えきれないほど理由がある。自ら何かを始める時、何か新しいことが自分の身に起きた時、今の状況を継続しながら平行して新しいことをスタートするのであれば精神的に決断のハードルは低いが、状況によっては「リセットボタン」を押して、新しいことを始めざるを得ないこともある。
性格にもよるけど、多くの人にとってこれは勇気のいることだ。
「バレエ辞めていいのか悩んで、吹奏楽部の先輩や友達に相談したらしいの。そうしたら先輩から、辞めて大丈夫だよ、辞めればいいじゃん、って軽いノリで言われたらしくて、そうか辞めていいんだ! って決心できたみたい。」
その後、姪はバレエを辞めたことを後悔することなく、吹奏楽部の活動や学校生活を楽しんでいるらしい。辞めたことできっと彼女は、新しい世界の扉を開けたのだろう。
そう、何か新しいことを始めるには、今手に持っているものを手放さなくてはならないことがある。
私が大学4年生でファーストフードのアルバイトをしていた頃、一緒の店で勤務していただいぶ年上の女性から「就職したら3年は辞めちゃだめよ」と言われた。5年だったかもしれない。継続は力なり、つらいことがあってもめげずに粘り強く頑張れ、という大変日本人的なその人なりの応援メッセージだったのだろうとは思うが、今となっては余計なお世話だなと思い出す。
真面目な性格の人は、辞められないのだ。
むしろ、辞めるという選択肢をも自分の中にもっていないと、辞めることが「悪いこと」だとすら感じてしまう。
今回の姪のように、「辞める」という決断の経験が、大人になってきっと役にたつと思う。
大事にするべきは、自分の気持ちを明らかにして、素直になること。
こんなことを言う私も「辞められない性格」だった。
新卒で就職した会社は、8年在籍。親会社からの縛りが厳しい反面、親会社があるからこそ仕事ができる会社だった。そのぬるま湯体質に嫌気がさしていたのに、辞められなかった。自分が何をしたいのかわからなかった。自分のやりたいことがわからないまま最後の1年は、辞める日を指折り数えながら過ごした。見栄っ張りの私は、他社で働く交際相手の地方転勤に同行するための寿退社という表向きの理由で辞めた。そう、最もらしい理由があると(本音は別だったとしても)辞めやすいのだ。結婚が理由だから、会社の人に何か言われることもないし、私自身、私だけの理由で辞めるんじゃないから、と心に逃げ場を持てる。
しかし自らの意思を理由に決断して「辞める」ということは、精神的ハードルが高い。
今年1月に移住をしたが、移住直前は、自分の決断が正しいのか自信が持てないでいた。東京にいる友達や子供の交友関係を手放してまで、することなのか……?
しかし、私たちが東京を離れることを知った友人から応援され
「ま、うまくいかなかったら、東京に戻ってきたっていいんだし!」
そんな気軽な気持ちになって、私たちは東京を離れた。
半年たった今、とても快適に過ごしている。子供たちもすっかり慣れた。
手放すことで、新たなものを手に入れることができたのだ。
私も新しい世界の扉を開けることができた。
思い込みを捨て、新しい扉を開ける勇気。
真面目な人ほど「辞める」「手放す」という選択肢を心に持つことで、人生に広がりを持つことができるだろう。
***
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