覚悟の遺影と50年目の誕生日ケーキ
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記事:森北 博子(ライティング・ゼミ通信限定コース)
「♪ はーぴ ばーすでー でぃあ 博子ちゃーん。
はーぴ ばーすでー つーゆー!」
母の調子っぱずれのバースデーソング独唱が終わると同時に、私はロウソクをフゥッと吹き消した。父は嬉しそうな笑みを浮かべ「おめでとう」と言ってくれた。
まさか50歳にもなって、両親と誕生日ケーキを囲むとは思ってもみなかった。昨年は両親の相次ぐ入院騒ぎがあって、気づいたら誕生日が過ぎていた。それが一年後、こうして二人に笑顔で祝ってもらえるなんて……。改めて健康に感謝した。
80歳を超えた老人二人の田舎暮らしに、心配は尽きない。「元気でやっているから大丈夫」と言うものの、何かあっても心配かけまいと黙っていたりするから信用ならない。連絡があるのはいつも大ごとになってからで、昨年は年明けから振り回されっぱなしの一年だった。以来、定期的に両親の見守り訪問を続けているのだが、偶然、今年の誕生日は、訪問日当日だった。
午前中たまたま冷蔵庫を開けたとき、大きな箱があるのに気づいた。一目見て誕生日ケーキだとわかった。母によると、数日前、一人でフラッと出かけた父が、駅前の洋菓子店で予約してきたものだという。
父の用意した誕生日のサプライズは、それだけではなかった。
「奥の八畳間を見てごらん」と母に促されて行くと、そこには二階にあったはずの黒い座卓が置かれていた。その四つ脚には仰々しく小座布団が敷かれていて、人が座る座布団も来客用のフカフカなものが用意されていた。初めて目にする過剰な「おもてなし演出」に、正直、私は何事かと戸惑った。
「どうしたの? あれ」と母に聞くと、「お父さんね、そこでケーキを食べたいんだって」と言った。私の誕生日を祝うにはどうしたらいいかと考えた末、父はあの部屋を選び、あのような設えにしたらしかった。それを聞いて、ヨタヨタしながらあの座卓を二階から降ろす父を想像して「危なっかしい!」とゾッとした。しかし何を言ったところできっと父は、全て自分一人で準備したに違いない。
昔から父はそうだった。私たち家族を喜ばせるのが生きがいのような人だった。子どもの頃は、忙しい時間をやりくりして、あちこち連れて行ってくれたし、楽しい遊びもたくさん教えてくれた。それは孫に対しても同じで、孫たちは長期休みのたびに、ジジとババの家に行くのを楽しみにしていた。
しかし歳とともに父の体力も衰えていき、かつてのような「もてなし」ができなくなると、会いに行くたび「何もしてあげられなくてごめんね」と詫びた。やがて孫たちが高校・大学に入っても、父の「何かしてやりたい」という気持ちは相変わらずで、見守り訪問の際には「留守番している子どもたちに」と、いつも手土産を用意していた。いくら「気を遣わないで」と婉曲に断っても、父は頑としてやめようとしない。そのうち根負けして、毎回、有難く受け取ることにした。
50回目の誕生日を迎え、すっかり中年になった娘でも、父にとってはいつまでも「喜ばせたい」と思う存在なのだと知った。私は食べ終えたケーキ皿を片付けながら、幼いころと変わらず父の愛情を感じて、胸がいっぱいになっていた。
すると、ふと飾り棚の写真たてに気づいて足を止めた。2L版ほどの大きさの写真の中には、久しく見ることのなかったスーツ姿の父がいた。背景の鮮やかな水色から察するに、それは免許証の写真のようだった。初めて見たはずなのに、不思議と既視感を感じる。一体どこで見たんだったか……、としばし考えていた。
「あの写真、この前、更新したときの?」と母に聞くと、「そうなの、わざわざ写真館で撮ったのよ。いつもは、スーパー脇のインスタント写真なのに」と笑いながら、「きっと、遺影のつもりなんじゃない?」と続けた。父がそのつもりだったことは、写真の表情からも想像できた。普段目にする年老いた父とは違い、キリッと引き締まった顔つきをして、威厳ある姿で写っていたからだ。
「あぁ、そうか……」
先ほど私が感じた既視感は、かつて働いていた父の姿と繋がった。
自営業だった父は、会社ではいつもこんな表情をしていた。家族の前で見せる優しい父親の顔とは違い、少し話しかけづらいほど別人然としていて、働く真剣な姿はとても素敵に思えた。
この写真を遺影にと選んだ父の思いが、なんとなく理解できた気がした。
父は自分の亡き後、私たちの記憶の中で、こういう姿で存在したかったに違いない。それは、皆に心配されるような弱々しい老人の姿ではなく、オシャレで真面目な働き者で、多くの人から頼りにされていた、かつての自分だ。
父の写真を前にして、急に反省と後悔の念がグルグル渦を巻いた。
ここ最近、父を年寄り扱いして、なんやかやと無用な世話をやいていなかっただろうか? あれしちゃダメ、これしちゃ危ないと、保護者面して制限してばかりいなかっただろうか?
誕生日のサプライズは、無力な自分を詫び続けてきた父が、今できる最高のもてなしだった。
姿カタチは変わっても、父はずっと父なのだ。昔も今も、何一つ変わってはいない。
50年目の誕生日を、私は一生忘れることはないだろう。それとも来年も誕生日に合わせて、父と母に会いに来ようか。あと何年、両親と共に過ごせるだろうかと数えるのではなく、毎年、新しい思い出を積み上げていくのを楽しみにしよう。私はGoogleカレンダーの来年の誕生日に「訪問日」と書きこんだ。
***
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