泥だらけの妄想Days
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:佐藤純平 (ライティング・ゼミ通信限定コース)
「あんた、どうしたのっ!?」
全身泥だらけで、ドブくさい匂いをはなつぼくを見て、母は叫んだ。
「うっ、うっ、うわ〜ん」
漫画かっ!! と思わずツッコミたくなるような声を出して、ぼくは泣いた。
野球の練習に向かっているときのことだった。
いつもの道で、いつも通りの自転車に乗り、いつもと同じ格好で小学校のグラウンドへ向かっていた。
青々と広がる田んぼ。田んぼに浮かぶアメンボ。田んぼの上を飛ぶオニヤンマ。
そんな目の前に広がる穏やかな風景を見ながら、野球の練習に行くのがぼくの日課だった。
でもこの日は、目の前に真っ暗な闇が広がっていた。
青々と広がる田んぼも、田んぼに浮かぶアメンボも、田んぼの上を飛ぶオニヤンマも見えなかった。
何も見えなかった。真っ黒だった。
日夜が逆転した?
太陽と月が重なった?
世界に悪の大魔王が降りてきた?
いや、違う。
目をつぶっていたのだ。
目をつぶりながら自転車に乗っていた。
10秒間ぐらい目をつぶり続けていた。
そりゃあ、何も見えない。
「ドンッ」
何かにぶつかった音がした。
目をつぶったまま自転車から空中に身が投げ出された気がした。
「ドッボーン」
大きな音と共に水しぶきが上がった。
「み、水? あれ? どこだここは??」
目をあけたら、ぼくがいたのは水中だった。
綺麗に透き通った水ではなく、土まじりの淀んだ泥水だった。
田んぼに落ちたのだ。
自転車ごと落ちたのだ。
泥だらけの理由はこれだった。
ドブくさかった理由はこれだった。
ぼくが泣いていた理由は恥ずかしさだった。
野球のユニフォームで田んぼに落ちたやつなんて滅多にいないだろうから。
なんで目をつぶっていたかだって?
ただふざけていた。
目をつぶってどこまでいけるんだろうって。
はじめはほんのちょびっとのはずだった。
目をつぶって漕いだらどうなるだろう? って興味本位で始めた遊びだった。
でも思ったより楽しかったんだ。
こりゃたまらん状態だったんだ。
だからどこまで行けるだろう? って10秒間ぐらい目をつぶって自転車を漕いだんだ。
漕いでしまったんだ。
そしたら落ちた。奈落の底に。
いや、違う、田んぼだ。
田んぼの底に落ちたんだ。
自転車はぶっ壊れ、服は泥だらけ、ドブ臭え。
その理由が目をつぶって自転車に乗っていたという、どう考えてもバカ丸出しの息子。
母はぼくが田んぼに落ちたのだとわかるとあきれて笑っていた。
理由も聞かずにただ笑っていた。
小学生ぐらいのとき、ぼくにはたぶん妄想癖があった。
ぼけーっとしながら妄想にふけっていることが多かった。
授業中、小さいおじさんを登場させて、教室中をかけまわらせる遊びをしていた。
学校は監獄、自分はとらわれの身で、どうにか脱出する方法はないかを考えていた。
悪魔の大王がやってきて、学校が襲われたときにどういう行動をとるかを予想していた。
自転車に乗りながら目をつぶっていたときもぼくは妄想をしていたんだ。
はっきりとは覚えていない。
でもどこか遠くだったと思う。
ぼくは、異国の地を旅していた。
見たこともない絶景を見た。
何で作られているか想像もつかないような食べ物を食べた。
わけのわからない言語で話す人々と悪戦苦闘しながらなんとか喋った。
全てが新鮮で、ワクワク、ドキドキしていたんだ。
あの時の10秒間、ぼくは確かに旅をしていた。
異国の地を。
妄想していたのは、現実世界が好きではなかったからだ。
小学校があまり好きではなかった。
野球がそんなに好きではなかった。
家族がそんなに好きではなかった。
毎日毎日訪れる現実が、好きではなかった。
だから妄想の世界に逃げ込んでいた。
いま思えば、田んぼに落ちたのは、「現実世界に戻ってこい」という合図だったのかもしれない。
大学生になってから異国の地へ実際に行くことができた。
小学生のときに泥だらけになりながら、妄想の世界でしか行くことができなかった場所に。
異国の地へ行くために必死にお金を貯めた。
中学生ぐらいからもらっていたお小遣いを少しずつ貯めた。
大学生になってからはバイトもした。
生活費を削った。
欲しいものも我慢した。
全部憧れていた場所へ行くためだった。
実際に行けたときは、妄想の世界とは比べものにならないぐらいドキドキ、ワクワクした。
いまでも「ああだったらいいのに、こうだったらいいのに」と妄想の世界へ逃げ込むことがある。
自分にはないものを求めて、何でも叶えることができる世界へ、ついつい逃げ込んでしまう。
でもあたりまえだけど、妄想してても何も変わらない。
現実世界は妄想だけでは決して変わらない。
何かを変えたかったら、行動をしないといけないんだ。
ぼくは強く強く憧れて、妄想していた異国の地へ行くことができた。
でもそれは自転車に乗りながら妄想していたからだけではない。
お金を貯めるという行動をしたからだ。
行動したって叶わないことはある。
でも行動しなかったら叶うことすら叶わない。
妄想を妄想で終わらせるなんてもったいない。
泥くさく行動しよう。
***
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