一期一会〜ある中学生との出会い〜
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:福見大地(ライティング・ゼミ特講)
「じゃあ、先生一緒に走ろうよ」
毎日休むことなく働いていた15年前、私はスポーツとは縁遠い生活を送っていた。小児科医であるのに喫煙歴10年以上、ラグビーをしていた面影はなく、ただのメタボちゃんだった。そんな私も30歳も半ば、仕事も少しは自律できるようになり、自分の健康に目を向け始めた頃のことだった。
彼女は、重い心臓病で到底走れる身体ではなかったが、スポーツの大好きな中学3年生の見た目は元気そうな女の子。青春まっただなかであった。出会ったのは2年前。重症の心臓病で入退院を繰り返していた。私は主治医ではなかったが、チームとして彼女の診療に携わっていた。彼女はとにかくやんちゃで大変だった。同じくらいの年格好の入院仲間と徒党を組み、日々私たちを悩ましていた。心電図モニターを引きちぎってみたり、頭に貼ってみたり、点滴ボトルに落書きしてみたり、病棟から脱走したりの問題児。それでも夜遅くにナースステーションに訪れては夜な夜な、看護師や私たちとよもやま話に花を咲かせていた。
そんなある晩夏の夜、ジムに通い始めてまもない私は、彼女に
「そろそろ、走ってみようかな?」
と打ち明けてみたら、その答え。
それはないよなあ。
「いいじゃん、先生伴走すれば大丈夫じゃない? 絶対いつか先生と一緒に走りたいよー、ねー駄目?」
「絶対無理でしょ。約束できないけど、そんな時がきたらね」
こんな心電図が脳波みたいに目茶苦茶で、専門医以外だと「普通に生きているのが不思議」と言われるような彼女を走らせていいわけがない。
論外、論外!
その後、私は思い立ったかのように走り始めた。何故走り出したかは定かではないが、彼女の一言が大きく突き動かしていたのかも知れない。呆れるほど私は朝晩走り続けた。毎日1時間を目標に始めたランニングも独学とランニング仲間が増えるにつれて、サブスリーを目標に掲げ、生活の一部となり、その後10年間毎年約4000キロ走り続けた。
「走ってて楽しいの?」「凄いねー」
職場のスタッフによく聞かれたが、所詮みな興味のないことなので、その返事も適当に聞き流されていた。新幹線通勤を始めると、
「家から走ってきたの?」
などと意地の悪い質問。その返事に
「うん、時間あればね」
そう答えたいだけの理由で何度も100kmの帰宅ランに挑んだがことことぐ惨敗。最後はランニング仲間に同伴してもらって13時間かけてついに完走した。
目標のサブスリーまで後一歩のところにきてはいたが、10年足踏みし、目標は形骸化しつつあった昨年のこと。私にも転機が訪れた。
昨年の夏、高校卒業後小児病院から大学病院へ転院していた彼女と、10年ぶりに再会した。暴れん坊将軍のような彼女もすっかり大人になり、立派な社会人に成長していた。一応敬語も身につけたようだった。
再開した場所は当時の入院仲間の告別式。
お別れの言葉を述べた帰り道。暴風の中、一緒に傘をさしながら彼女が駅まで私を送ってくれた。時が過ぎても彼女の気持ちは変わっていなかった。
「先生、私最近走ってるんだ!」
「え? 凄いね。何分くらい走れるの?」
「30分くらいなら大丈夫だよ。ねー覚えてる? 私先生と一緒に走りたいって言ってたでしょ。今でもなんだよ。今年の大府マラソン、一緒に走ろうよ!」
除細動器の誤作動さえなければ運動の許可が出ている彼女となら、確かに走れないことはない。
そしてその年の秋、5kmの短い旅を共にした。スポーツ日和の沿道には当時のスタッフも駆けつけ、あっという間の30分だった。
フルマラソンも100kmマラソンも期待していた程の感動はなかったし、名古屋から浜松まで通勤区間を仲間と走りきっても安堵感こそあれ、大きな感動はなかったが、今回一緒にゴールした時、かつて無い達成感と心地よい風が私の心を吹き抜けた。
そして、今年の春、桜の季節がすぎると一通の手紙が私の手元に届いた。
あゆちゃんからだった。
「先生、私結婚して東京に行くことになりました。今までありがとうございました。去年一緒に走れてすごく嬉しかったです! 先生と出会えて良かったと母とも話ししています。東京でも頑張ってきます」
そうか、おめでとう。
私も走り続けていて良かった。そして15年越しで一緒に走れて本当に良かった。
あゆちゃんとの出会いが、私の人生にランニングという彩りを添えてくれた。
ランニングを続ける意味はまだわからないけど、これで、これからも走り続けていく覚悟はできたかな、人との出会い、一期一会を大切にして。
***
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