「子はかすがいといいますが……」公証役場に行ってきた
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記事:金澤まおこ(浜松ライティング・ゼミ)
「公証役場に近々行かなきゃならなくってさあ」と、友人に言った。
「何かあったの?」心配そうな顔で聞かれた。
一昔前ならば、公証役場はお金持ちの人が遺言を書く場所というイメージであったと思う。
しかしここ数年で、公証役場のメジャーな役割は一変した。
離婚の際に、慰謝料や養育費の内容を取り決め、それを公証役場で公正証書というものにしてもらう。
そうすると何がよいかというと、元配偶者が養育費などの支払いを滞らせた場合、給与や資産を差し押さえできる、法的効力が生まれる。
このことは、今、妻という立場にいる人にとっては、かなり一般的な知識になっている。
なので、友人も私のことを心配してくれたのだと思う。
公証役場に行くのは、離婚ではない。
が、なかなか面倒な用事だ。
それは夫の事業に関係ある。
今から20年前に私たち夫婦は、1歳半の娘とともに、横浜から浜松に移り住んだ。
夫が横浜で勤めていた会社が倒産し、私が地方への脱出を望んだからだ。
運よく浜松の会社が拾ってくれて、縁もゆかりもない土地であるこの地にやって来た。
一度会社の倒産を経験すると、収入源が会社からのサラリーだけという状況に不安を覚えるらしく、夫は、ほかの収入源を得ることを模索していた。
そこでたどり着いたのが、今の賃貸大家業だ。
自分で所有しているアパートやマンションなどを賃貸に出し、利益を得る。
地方では先祖から受け継いだ土地を活用するために、マンション経営する人は多い。
しかし、私たちは当然自分の土地は所有していないので、銀行からかなりの額の借り入れを行って、土地から仕入れ建物を建てるか、中古物件を購入している。なかなかの博打だ。
銀行から借り入れを起こす際、個人事業主の場合は、連帯保証人を設定する必要がある。
大抵は、それが妻となる。2~3年に一度くらいの割合で、物件購入の際に、私は連帯保証人の書類に判を押してきた。
賃貸大家業を始めた2006年あたりは、銀行の融資担当者が来て、ちゃちゃっと説明されて、
「はいはいなー」とサインと印鑑を押していたのだが、2016年あたりに、急に変な手紙を書かなくてはならなくなった。
「私〇〇は夫の××の事業を理解し、誠心誠意夫の事業の発展のために尽くし、応援して、
云々」
というような文章を、直筆で書かなくてはならない。
文面自体は銀行が考えたもので、お手本通りに書き写すだけなのだが、これがなかなか筆が進まない。
「いやいや、そんな全力で応援してるいのか? いやいや、そんな責任を負って大丈夫か?」
文字にして書くという行為は、さらっと流していた感情や事実を白日の下にさらす。
「いや~、これって、書いている途中で連帯保証人やめるって言いだす人いないですか?」
と、銀行の人に聞いたら、「ですよねー」と苦笑いしていた。
実際、まさかの事態が起こった時に、色々な夫婦がいて、それでこういう書類が必要になったんだろうなと、その時はぼんやりと思いながら、サインと捺印をした。
それから4年たち、2020年。
今年4月に連帯保証人関連で新しい法律が施行された。
連帯保証人になるものは、「保証意思宣明公正証書」というものを作らなければならなくなったのだ。
今までは、単なるお手紙でよかったのだが、保証人になることの意味とリスク、その保証する債務の内容をきちんと理解しています、という証明の書類を公証役場で発行してもらうのだ。
今年4月から施行された法律ということもあって、取引先の銀行でも数件しか前例がないらしく、担当者はとても慎重に準備を進めていた。
公証役場に提出する書類を完璧に仕上げるのはもちろんだが、問題は公証人との面談だ。
この公証人という人の面談をパスしないと、公正証書は作ってもらえない。
聞くところによると、公証人によっては面談時間が40分になったこともあるそうで、銀行担当者に想定質問集を作ってきてもらい、あれやこれやと質疑応答の確認をした。
そして、これで大丈夫か不安なまま、公証役場に向かった。
公証人は人の好さそうなおじいちゃんだった。
私が持参した書類を見ながら、融資について、借入額や金利、遅延損害金などの基本事項の確認をまずされて、夫の事業内容をどこまで把握しているか、意外と細かく聞かれた。
具体的な数字はかなりあいまいに答えるしかなかったので、大丈夫かな? と思ったが、そのあたりはあまり気にしていないようだった。
そのあとの質問が、この面談で最も大事な質問だったと思う。
公証人 「連帯保証人というのはどういうものかわかっていますか?」
私 「はい。夫が債務を払えなくなって、私に支払いの要請があったときに、銀行に夫から返済してもらってください、と言えないということですよね?」
公証人 「そう、不動産売却させてそれで返すように言ってください。とは言えません。あなたに返済義務が生じます」
私 心の中で「マジか!」
公証人 「そうなったら、あなたはどうしますか?」
私 少し考えて「銀行には、不動産売却させてとはいえませんが、夫には言えるので、夫婦なんですから、力を合わせて返しますよ。それしかないでしょ? どうせ同じ財布なんだし」
そう言ったあと、公証人のおじいちゃんを見たら、「まあいいでしょう」という顔をしていた。
その時、この面談は、夫婦仲を確認する意味もあるのだろうなと、私は思った。
正直、大して収入も資産もない配偶者が、どうして連帯保証人になれるのか不思議だった。
たぶん、この国は夫婦というものに、幻想というか、信頼というかそういうものを抱いているんだろう。実際、金銭的には私ほどのポンコツ保証人などいない。銀行や法律は夫婦愛を信じているということなのか?
翌日、今後の参考のために、今回の公証役場でのやり取りを聞きたいと、銀行の担当者がやって来た。
その時、気になっていたことを聞いた。
私 「あの、うちがもし離婚したら、連帯保証人ってどうなるんですか?」
銀行 「もし、うちがですね、その事実を知ってしまったらですね、連帯保証人を新たに選定してもらうことになります」
私 「もし、知ってしまったらって。じゃあ、知らなかったら離婚しても私が保証人のまま?」
銀行 「そうですね」
私 「じゃあ離婚のときは保証人を外してもらわなくちゃならないんですね?代わりも見つけて」
銀行 「そうですね」
私 「この総額で、無理ですよね?」
銀行 「難しいですね」
私 「なるほど……。離婚できないってことですね」
銀行「ははは」
「ははは!」じゃねえよ!
私は心の中で悪態をついた。
まあでも、それで腹が座ったというか、なんというか。この先もずっと夫婦続けるんだな、と思ったのだった。くしくも今年銀婚式。
「子はかすがいといいますが、借金に勝るかすがいはなし」
***
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