【ほろ苦い思い出】半年後のラブ・レター
ある月曜日の夜、私は仕事からの帰りにマンションの1階にある集合ポストを開いていた。
箱の中は、不動産屋やピザ屋、最近オープンした近所のマッサージ屋のチラシでいっぱいだった。
その中に混ざった、一枚のはがき。
表の差出人の名前を確認する。
手書きで書かれた、これまで何度も目にした名前。
胸の奥が、ちくりとする感覚。
裏は確認せず、はがきを自宅へと持ち帰った。
玄関の扉を開け、真っ暗な廊下に明かりをつける。
いつもはまず寝室で着替えるのだが、この日はそのままリビングへと向かった。
帰りのスーパーで買った半額シールの貼ってある刺身と惣菜を机に並べ、冷蔵庫から缶ビールを取り出す。
鞄は足元に放り出し、身体を椅子にあずけた。
缶のプルタブを引くと乾いた音が響き、缶を傾けるときつめの炭酸が喉元を駆け下りていった。
一息ついた後、持ち帰ったはがきを手に取る。
ひっくり返すと、簡単な絵のプリントに、手書きの文字。
メールやLINEのメッセージでもない、手書きの言葉。
丸みがかった文字列に、若干の後悔が頭をよぎる。
人間とは、実に自分勝手な生き物だと思う。
自分の内なる欲望を満たすために求め続けるにもかかわらず、満たされてしまうと途端に熱意は醒め、その状態が当然であるかのように感じ、駆り立てられていた想いは薄れていく。
あんなに渇望し、必死だった頃が、嘘のように。
声をかけたのは、私の方からだった。
出会った頃は、一刻も早く急いで会いに行った。飲食もせずに向かった。
平日・休日も関係なかった。
趣味も放っておいた。正直に言うと、たまには仕事も休んだ。
電話もたくさんした。
うずいて仕方がなかった。
それでも会えない日は多かった。
仕方がなかった。お互い休みの日は違っていたし、勤務時間も異なっていた。それに加えて当時の私は夜遅くまでの残業が多かった。
距離もほんの少し遠かった。
だから、そうそう会える時間は確保できなかった。
恥ずかしい思い出話をしよう。
ゆっくり目を開けると、仰向けの私を覗き込む彼女。
「あーんして」彼女の言うがままに、口元を開ける私。
「次は……一週間後?」上目遣いで訪ねてくる彼女。
会いに行っても、彼女も仕事で忙しく、独りで待つことが多かった。
そういうときは、ソファで居眠りしたり、棚から私が持っていない本を取り出したりして時間を潰していた。
今となっては、懐かしい光景である。
最後に会ったのは、このはがきをもらったときから半年前だった気がする。
会う頻度も徐々に少なくなっていった。
会おうとは思っていたが、私の情熱のピークは既に過ぎ去ってしまっていた。
相手からも何度か連絡はあったけれど、私は心の中であれこれと言い訳を創り、会うことはなかった。
会うことにおっくうになっていた。
その連絡もこなくなり、自然消滅したのかと思っていた矢先の、手書きのはがき。
缶ビールを飲み干し、机においた。
鞄から携帯電話を取り出し、リダイヤルの履歴を開く。
相手の名前と電話番号がきちんと記憶されていた。
しばらく凝視していた。
脳内を色々な思惑が駆け巡る。
今さら連絡しても遅いだろ、と思う一方で、
今すぐにでも連絡しておかないときっと後悔する、と思う自分。
その日、私は結局のところ連絡しなかった。次の日も、その次の日も。
意気地なしであるし、めんどくさがり屋であるし、自分に対して無責任である。
何よりも、せっかくメッセージを送ってくれた相手に対してひどいことをしたと、今となっては思う。
因果応報。
神様はきちんと見ている。
こんな私には、後日、天罰が下ることになった。
人間とは、学ぶ能力がある一方、残念ながら学ばない能力も保持している。
これで何度目だろう。何度繰り返せばすむのだろう。何度後悔するのだろう。
虫歯がうずいてから、歯医者に電話をするのは。
歯医者で虫歯の治療をしてから完治すると、数か月後に定期健診のお知らせが来る。
車に車検があるように、職場で定期健康診断があるように、日々腔内細菌と戦っている歯には定期検診があって当然なのだ。
しかし、痛くないうちは、時間をとってまで歯医者に行こうという気がなかなか起きない。
予防こそ最大の治療であり、痛くなってから行ったのでは遅いことなど知っているはずなのに。
ああ、また歯が削られてしまう。
ここまで書いておいて、この話は歯の治療に限らず、恋愛にも同じことが言えるのではないかと思えてきた。
付き合いはじめの頃は情熱の思うがままだけれども、時間の経過とともに心身ともに落ち着きはじめる。
俗に言う倦怠期に入ると、相手に対する思いやりや注意がなおざりになる。
そうやっておろそかにしていると、カタストロフィーは突然やってくる。
メッセージに、気づいていますか?
ちゃんと向き合っていますか?
後悔先に立たず!
***
この記事は、ライティングラボにご参加いただいたお客様に書いていただいております。
ライティング・ラボのメンバーになり直近のイベントに参加していただくか、年間パスポートをお持ちであれば、記事を寄稿していただき、店主三浦のOKが出ればWEB天狼院の記事として掲載することができます
【天狼院書店へのお問い合わせ】
TEL:03-6914-3618
【天狼院公式Facebookページ】 天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。
【天狼院のメルマガのご登録はこちらから】
【有料メルマガのご登録はこちらから】