片付けられない人たちの片付けられない理由
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:松本さおり(ライティング・ゼミ日曜コース)
「こんにちは!」
アパートの一室。私は、そのドアを開けながら元気に挨拶をした。
明けた瞬間見えた異世界に一瞬戸惑う自分がいた。
靴を脱いで部屋にあがるということもためらう。まだ外の方がマシに見える。
その部屋は、食べ終えたコンビニ弁当の空容器で床が埋められ、本来の床の形跡が
見えなかった。
台所の流しは、汚れた食器が山積みになっている。
台所からなのか、床の弁当箱の空容器からなのか、少し腐敗臭もする。
洗濯機の中は、数日分の量の洗濯物がぎゅうぎゅうに詰め込まれていた。
1DKのアパートのこの部屋に小学生くらいの子どもたち二人とお母さん、そして大きな犬が住んでいた。
私は、玄関先でその一歩を出すことができず足をすくませていたが、カバンの中に
携帯用スリッパがあったことを思い出し、それを履いてコンビニ弁当の空容器でできた
床の上を歩く決意をした。
ゴミ屋敷なんて、テレビの世界のものだと思っていた。
そういうゴミ屋敷に、清掃ハンターがかっこよく入っていって次々とゴミを片付けて、
溜め込んだゴミの山を解決していく番組を見たことがある。
それができたら気持ちいいけど、無理だな。
そんなことを思いながら家主のハナコさんに声をかけた。
「体調はいかがですか?」
ハナコさんは目も合わせずに、体調は良くない、夜も眠れない、何もやる気が起きない、と言って、だらりと椅子にもたれかかっていた。
私は、病気や体の不自由な方の家を訪問し、生活のサポートをしていたことがあり、
これはそのときに体験した話である。
介護支援というのは高齢者のみではなく、若い方でも、うつ病や統合失調症などで社会と関われなくなってしまった方への生活支援をすることもある。
その方のできない部分をサポートするのが仕事なので、清掃ハンターのように
次々とゴミの山をかっこよく制していく、というようなことはもちろんできない。
一つ一つ「これはいりますか?これはどこにしまいますか?」と丁寧に声をかけながら
片付けもやっていく必要がある。
ハナコさんはどうやら「床に敷き詰められたコンビニの弁当の空容器」を片付けることは
ご希望ではないらしい。
このハナコさんの家以外にも、片付けられない人の家に訪問をしたことはあるが、
片付けられない方たちに共通しているのは「自分の周りにゴミを置いておきたい」という
欲求だ。
ゴミを置いておきたいなんて、綺麗好きな方にとっては信じられないことだと思うが、
こういう方たちにとっては、ゴミの山に囲まれている方が、心が落ち着くようだ。
ゴミの山は自分を守る鎧だ。
部屋の状態は自分の心理状態を表す、とよく言う。
ゴミに囲まれていたいという欲求は、自分を外界から守るための装備であり、
そのゴミの鎧の中で小さくなった自分を囲っていたいのかもしれない。
その状態になっているとき、どんなに片付けても、どんなにゴミを捨てても、次に訪問するときにはまた振り出しに戻っている。
片付けられると不安になるのだ。こちらから見てどう考えても不要だろうと思うものも、
その方にとっては「鎧」として機能しているので、不要でもないしゴミでもない。
とりあえず私は、ハナコさんからやることを許された、洗濯と食器の片づけに手を付けた。
洗濯機の中でぎゅうぎゅうに圧縮された洗濯物は、三回に分けて洗濯機を回し、ベランダに干し、山積みの食器を上から制していった。
たまにハナコさんに話しかけながら、それをしていく。その間、子どもたちはただボーっと何をするでもなくそこにいた。この環境の中で暮らしている子供達のことも気にはなるが、そこまで気を回す時間もない。
たった1時間半で出来ることはこれだけだった。
「ベランダに干した洗濯物を夕方には取り込んでくださいね」とハナコさんと子供達に
伝えて、その部屋を後にした。
その方に本当に必要なサポートとは何だろうか。
私は、片付けと掃除をする、という依頼で訪問しているのだが、片付けても片付けても、
次の訪問までの間にまたゴミの鎧を装備してしまうのであれば、その方にとっては
「やって欲しくないことをやっている」ということになってしまう。
これでは必要なサポートをしているとはいえないのではないか。
ゴミの山で自分を守りたい。その山に埋もれていたい。
この気持ちの中にある心理状態は、社会から受け入れてもらえなかった過去の体験や、
自己否定の感情が、自分自身をゴミのような存在だと思い込んでしまうことである。
その思い込みを外側の世界に反映させ、自分の周りにゴミを集めてしまう。
ゴミの山で作られた鎧の中で固まっている心を解きほぐすためには、まずは支援する側が、こちらの勝手な解釈で「ゴミは不用品」と決めつけない、ということではないか。
サポート側が、このゴミたちの役割を理解すること、その方がなぜそうする必要があったのかに寄り添うこと。そして、社会は敵ばかりではないということを根気よく伝えていくことだ。
うつ病は15人に一人、医療機関にかかっているうつ病患者は100万人。
これがこの豊かな日本で起きている現実だ。
豊かさと引き換えに作られてしまった社会の歪みは、年々増える一方である。
全ての人が生きやすい社会を目指して、目の前の人に向き合える自分でありたいと思う。
《終わり》
***
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