女湯で私たちは人生を持ち寄っている
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:籾山尚子(ライティング・ゼミ日曜コース)
女湯が好きだ。
男湯のことは知らないので何とも言えないが、想像するに男湯と女湯は結構違うんじゃないかと思っている。
女湯にはその温泉としての効能を超えた癒しのパワーがある。
疲れたとき、私はいつも温泉に行く。
と言っても水道橋にあるスパ施設に行くだけなのだが、そこでとても楽しみにしていることがある。
それは、人の話を聞くことだ。
友だちのではなく、知らない人の。
基本的に私は1人で行くので黙っているが、2人連れ以上の人たちは大体がずっとしゃべっている。それを聞くのが好きなのだ。
女湯で聞く話は、街のカフェで聞こえてくる話とは違う。
いや、内容は一緒かもしれないが、なんというか印象が違うのだ。
ポイントは、裸で手ぶらでそして異性がいないことだと思う。
まず、すっぴん&生まれたままの姿で話すとき果たして人間はカッコつけられるものだろうか。人間の虚栄心やら虚勢やらは、お湯の中で剥がれてしまう気がする。
「もう既に裸なのだから、何を今更隠すことがあろうか」
そういう心境にもなるかも知れない。
更にあんなに気持ちの良いお湯につかっていたら、きっと脳は緩んでいる。
余計な計算はできなくなって、するすると思ったことが口から出てしまうはずだ。
また、スマホを持っていないので、途中で誰かから連絡が入ったりして気がそれることもない。そうするとその場の話に集中できて、いつの間にか結構掘った会話になっている。
そして、異性がいないことで緩みは更に加速、より本音に近くなる。
要するに、女湯での会話はたぶんすごく正直な生っぽい会話なのだ。
そして、聞いているこちらも相手のありのままの姿を見ながら聞いているので、その人の本心に触れているように感じるのだと思う。
化粧ばっちりの顔で語られるのとは、入ってくるものが全然違う。
例えばある綺麗な人が、自分の病気のことを話していた。
見た目には分からないがなかなか大変な様子で、やっと久しぶりに来られたのだという。
手術は上手く行ったが痛みが治まらず、そこを温泉で温めたいと話して、たぶん少し泣いていた。
もし、街でその人に出会っても、病気を抱えていることはきっと分からない。
普通に「スタイルの良い美人だな、羨ましいわー」とか思ってしまうだろう。
そして、服を着て化粧をした彼女がその話をしているのを見ても「でも、それだけ美人だったらいいじゃない」と思ってしまいそうだ。
でも、素顔で裸の彼女からは「しんどい」という気持ちが伝わってきて、私もしんとした気持ちになった。
息子の彼女が時々夜にやってきて明け方に帰っているのに気づいているのだが、こっそり来てるから気づかないふりをしていた。しかし、先日鉢合わせしちゃってね……という話も興味深かった。
そのお母さんは、わざわざ台所のドアの前で物音を立てて起きていることを知らせ、ふたりを逃がしてあげたのだという。
これも街で聞いたら「ナイス! それがお互いのためだね」くらいしか思わない気もするが、湯船につかりながら聞いたときには、お母さんのちょっと寂しい気持ちとか割り切れなさみたいなものが伝わってきて、「よく頑張ったね、大人の対応して偉かったね」と労ってあげたい気持ちになった。
仕事の悩みも多く、私と同じような悩みを抱えている人もいる。
また、全然違う業種なのだが、その仕事特有の悩みを話していたりして、ああ、皆それぞれ色々抱えているのだなぁという気持ちになる。
営業、保育士、クレジットカード会社、それぞれの職場にそれぞれの悩みがあった。
もちろん、誰も私に話しているのではない。
でもきっとそこが良いのだ。
何の思惑もない、私に聞かせるための話ではないところが良い。
友だちと話す場合、私を元気づけようとか励まそうという気づかいがあったりして、それはありがたいのだけれどどうしても「元気を出させるための話」になってしまう。
他人が話している話を勝手に聞くというのは、そういう要素がない分シンプルに心に入ってくる。
私はそれに癒される。
疲れていると、自分だけ大変で自分が一番しんどいんだという気持ちになっていることがある。でも、みんなに大変なことはあり、みんな色々あるんだということがよく分かる。
みんな色んなことがあって、大変なことも大したことないこともいっぱいあって、それぞれの日々を過ごしている。
その色々を経て、今ここで一緒に温泉に入ることができているんだな。
名前も知らない人たちだけど、そんなことを思う。
何事もない人生なんてない。
みんなよくやってるよ。みんなも私もお疲れさま。
温泉ではたくさんの身体を見る。その一人一人、本当にぜんぜん違う身体を見ていると、同じ人間なんて本当にひとりもいないんだということが実感として分かる。
それぞれが、ひとりしかいない自分を生きていて、起こる出来事もみんな自分ひとりで体験しているのだ。
その心細さと、それでも一緒に温泉に入ることで何かを分け合えているような、みんなで労い合っているような安心感が胸にしみる。
温泉で癒されるのはその効能が現れているからだけじゃない。
みんなでお湯に浸かることで、ひとりひとりが抱えてきたものをシェアしているのだ。
大したことじゃなくても、その体験は自分だけのものだ。
ああ、人間ってやっぱり基本的にひとりだ。でもみんながひとりなら寂しくない。
たっぷりのお湯に身体を委ねて上がった後には、身も心も軽くそして何だか強くもなっている。
そして元気になった私たちは、またひとりひとりの人生を歩き出すのだ。
≪終わり≫
***
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