行間に引いた一本の線が教えてくれた彩がある世界
*この記事は、「リーディング・ライティング講座」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事:井口恭子(リーディング・ライティング講座)
小説を読むことが好きだ。
小学生の頃から、色々な物語を読んできた。当時は、主に児童文学だ。
学生時代は、ライトノベルや一般文芸、文学作品にもハマった。
社会人になり、多忙になり、小説を読まなくなった時期もあったが、最近、また時間を見つけて読んでいる。
「いつも本を読んでいるね」
周りの人に、そう言われてきたから、自分は、きっと読書家なのだろう。長年、そう思い込んできた。
でも、小説を読むのが苦しくなった時期がある。それは、本が好きな仲間たちと読書会をしていた時のことだ。課題の本を決め、その本を事前に読み、当日、順番に自分の意見を発表する。
そんな時、何か違うのだ。
私の意見だけ、どうも浮いているのだ。
「へーっ、そういう見方もあったの? 斬新ですね」とか、「よくそんな細かいことに気がつきましたね」ということならいいのであるが、私の発表の時だけ、何か空気が違うなと感じるようになった。
別に作品の批判をしたり、過激なことを言っているわけでもない。どちらかと言えば、私の感想は、いつも本の内容に肯定的だ。
「???」「何言っているんだ、この人は?」「焦点がずれてるよね、どうしてわからないのかなあ」と、言葉に出されるわけではないけれど、皆が困惑している様子が伝わってくる。皆、「この人の言うことは、メモしなくてもいいよね」と、今までペンを走らせていた手が止まる。
私って、根本的に、本の読み方が間違っているのでは?
だんだんと不安になった。
それからと言うもの、私は、読書に関する本を読み漁った。子供向けの読書感想文の書き方の本も読んでみたし、著名な人が書いている読書の方法が書かれた本にも目を通した。
また、ネットで、一般の人が書いている本のレビューなども読んだ。皆、上手く書くよなあ、私は、なぜ、これが出来ないんだろう、何かコツみたいなものがあるんだろうかと、戸惑う日々が続く。
そのうち小説を読むことが苦痛になってきたから、本末転倒だ。
そんな時に出会ったのが『超簡単!イメージ読書術』と言う本だった。
副題は、〜映画を観ているみたいに小説が読める〜とある。
タイトルを観て、なんだか、上手いこと言ってるけど、実際は、どうなのかなあと、本を手に取ってみたものの、これで、自分の悩みが解決されるだろうという期待は、さほどしていなかった。
実は、私は、映画を観ることが苦手だ。
映画館に行っても、開始5分ぐらいで登場人物の顔の区別がつかなくなる、そうなると、誰と誰が話しているのか、わからなくなり、ストーリーの流れを見失う。また、私は、映画の途中でも、すぐボーッとして、他のことを考えてしまう。さらに暗いところにいると、いつのまにか、うとうとしてしまう。そのうち退屈で、じっとしていられなくなる。まだ、映画は、始まったばかり。何もかも見失った状態で2時間近く拘束されてしまう。映画が好きか嫌いかと聞かれると、好きだと答えたい。でも、私にとっての映画は、予告を観た時は、とてもワクワクさせられるのに、実際に映画館で見はじめると、苦痛でしかない、そんな位置づけだった。
だから、この本も、〜映画を観ているみたいに小説が読める〜、と書いてあるけど、世の中には、映像の方が苦手な人間もいるんだ! 誰もかれもが映画好きだと思ってもらっちゃ困りますよ、というのが、手に取った時の第一印象だった。
でも、私は、まだ気がついては、いなかった。この本が私の小説の読み方に影響を及ぼしてくれることを。
この本は、小説を読みながら、頭の中にイメージを思い浮かべ、シーンが変わるところに線を引いていく「カットイメージリーディング」という手法が紹介されている。最初は、興味を持って、本書を読み始めたのだが、実際にカットイメージをしてみようという例題が出てきて、面倒臭いなと思えてきた。途中まで、読んでほったらかしていた。小説なんて、楽しんで読むものなのに、こんな面倒臭いことをさせられるなら、無理して小説を読まなくてもいいのでは? と思ったからだ。だから、「カットイメージリーディング」なんて、わざわざやらなくてもいいや、そう思って、いつの間にか、本書は、本棚の隅に埋もれていた。
しかし、そんなある日、この本の著者の方の体験セミナーがあることを知った。友人と一緒に参加することにした。著者の方は、高校で国語の教鞭も取られており、体験セミナーの講義内容もとてもわかりやすく、丁寧なものだった。
また本の続きを読んでみよう。そして、本書に書いてあるカットイメージリーディングの技法を使って、読書をしてみようという気になったのだ。
本書で紹介された小説を手に取り、本文のシーンが変わると思うところに、線を入れていく。最初は、例題を見ても、カット割りのシーンの線を引くのは、難しかったが、取り組んでいくうちに、だんだんと慣れてきた。線を引くことで、頭の中で、物語のイメージが広がり、普段、自分が小説を読むときに、視覚や嗅覚をはじめとした五感をあまり使っていないことに気がついた。私は、自分が文章を書く時もそうなのだけれど、情景描写をすることが苦手だった。情景描写の続く場面を読むのも苦手だったのだ。ずっと文字を文字としてだけしか捉えていなかったのかもしれない。小説を読んでも、ストーリーの流れやキャラクターの動きばかりを重視して、ひとつひとつのシーンを想像できていなかったのかもしれない。
イメージを膨らませ、カット割りをしていくことで、それまでモノクロだった物語に色が見えてきた。匂いや音、手触りや味わい、イメージを膨らませるとは、こういうことなのかもしれない。物語がぐっと立体的になって、自分に迫ってきた。他の小説でもやってみた。そのうち、シーンのカット割りの線を引く場所は、誰がなんと言おうが、ここだ。自信を持って、小説を読み進めることができた。
読書会でも、自分の意見をはっきりと言うことができた。すると、「そういう読み方もありますよね」と周りも納得した。
『超簡単! イメージ読書術』を読んで、私の読書する力が、急に上がったとは、思わないけれど、いつの間にか、凝り固まっていた概念に影響を与えてくれたのは、事実だ。
本を読む時に、周囲の人々の意見に流されて、自分を見失っては、いなかっただろうか。本を読むのも、人の数だけ、答えが違う、感じ方が違う。当たり前だ。そうじゃなかったら、面白くない。
本の世界は、モノクロだけれど、書かれていることは、彩りがある。
行間に引かれた一本のなんてことない線が、私の読書の世界に彩りをもたらしてくれたのだ。
***
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