年賀状を書かなくなってしまったあなたへ
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:リサ(ライティング・ゼミ平日コース)
タイトルからの誤解をさけるため先に断っておくと、私は、日本郵便のまわしものでもなんでもない。
事実、私自身、もう10年以上、年賀状を書いていないのだ。
そんな私が、今、机の上に、一枚のハガキを置いて、筆ペンを手にしようとしている。
なぜ、そんな気持ちになったのかをしたためようと思う。
年賀状を書かなくなった理由は、書かない人に聞けば、ほぼ似たようなものだと思う。
まずもって面倒くさい。
年賀状を出していた頃は、師走の忙しいときに、年々増えていくハガキの山を前に、なんともいえない重い荷物を背負わされている気分になった。
こっちが苦労して書いても、パソコンの自動印刷による、DMと見間違うくらい形式的なものを送ってくる人も多かった。
勤務先は、年末年始もシフト制だから、ハガキより先に年始の挨拶をしてしまうことも多々ある。親戚には、どうせ会う。友人は、メールでいいし、そのほかは、年賀状だけのつきあいの人ばかり。
ある年の瀬、薬指にマメを作りながら、徹夜で作業して、それでも終わらなくて、こたつで寝てしまい、翌朝、寒気がして熱を測ったら38度1分だった。そのとき、プツンと糸が切れた。
もういいやと。
3年たち、5年がたった。来る者には返していたが、先方も、私の賀状が遅れて届くことを察してか、数年経つとそれらもなくなった。
「自粛で会いに行けないおじいちゃんおばあちゃんなどに、出してはいかがですか」
今年は、テレビレポーターが、ハガキを手に、張り付いたような笑顔をうかべて、そんなことを言っているのを何度か聞いた。
しかし、それが引き金になったわけではない。
今年は、どうしてもある人に出したいと、少し前から思い続けていたのだ。
送り先は、中学二年生のときの担任、菊田先生。
私に、文章を書くことの楽しさを教えてくれた恩師だ。
菊田先生の授業はちょっと変わっていた。担当は国語だったが、教科書はほとんど使わなかった。芥川龍之介や、石川啄木といった文豪を前にしても、パラパラと流し読みして「あとは、家で読んでおけ!」と言い、授業がはじまって数分たつと、私たちに、ノートと鉛筆、消しゴムだけを机の上に出させる。
全員の準備が整ったのを確認すると、先生は、くるりと背を向けて、黒板に向かって、右手を振り上げる。白墨をにぎったその手は、まるで、オーケストラの指揮者のようだった。
数秒間の沈黙がある。私たち生徒は、今日はどんな言葉が記されるかと、ドキドキする。菊田先生は、ゆっくりと、大げさに腕を振り動かして、その日のテーマを書く。
あるときは「やさしさ」あるときは「水の中」またあるときは「時間」など、まったく予想がつかないそれらの言葉に、私たちは一喜一憂する。
そこから、残りの時間を使って、書けるだけノートに書く、チャイムと同時にそれを回収する、を繰り返すのだった。
次の日の朝、それらのノートは、生徒のもとに戻される。全員、一斉に中を見る。菊田先生の赤ペンが入っているのだ。先生は、いいと思う箇所に、太い赤ペンで波を引く。どの生徒の文章にもそれが入っている。加えて一言ずつ感想が添えられている。そして、何よりも私たちが楽しみにしていたのは、文末に押されているスタンプだ。
犬 ワシ ライオンの三種類だった。どのスタンプが一番よいのか、先生はニヤニヤと笑うだけで教えてくれなかったが、ライオンが一番なのは一目瞭然だった。ライオンは、クラスで、一人か二人しか押してもらえない。一人も押してもらえないときもある。
ライオンが押された生徒は、ちょっとしたヒーローになれるのだ。
その日は、突然やってきた。ノートを返された私は、一瞬目を疑った。そこには、尻尾を振り上げたライオンがポンと押されていた。「よかった!」の一言とともに。文章には、あちらこちらに、波が引かれていて、赤ペンだらけで読めないほどになっていた。
あの瞬間は、忘れられない。
人生の最後に、走馬灯のようによみがえる思い出の中にも、きっと、あのライオンスタンプは入っていると思う。
菊田先生が、いったい何人の生徒に年賀状を出していたのかはわからない。先生からの年賀状は、水墨画に、毎年、必ず手書きの短歌が添えられていた。
しかし、ある時期から、そんな先生の年賀状が苦痛になっていった。先生の手書きの文字を見ると、当時の「よかった!」がよみがえる。
私は、ずっと書くことをやめてしまっていた。私より才能のある人や作家にふれるたびに、次第に、自分は、文章が得意なわけではないのだと感じるようになっていった。
しかし、そんな私が、天狼院を知って再び文章を書きはじめた。
数十年ぶりに乗る自転車は、思うようにペダルをこげず、スイスイと走るには程遠いが、ようやく気づいたのだ。
私は、文章を書くのが好きなのだと。得意ではなくても、やっぱり好きなのだ。
その気持ちを最初に味わわせてくれたのは、ほかでもない菊田先生だった。
10年前の古い年賀状を引っ張り出してみた。ひょっとしたら、もう届かないかもしれない。しかし、先生に、一言、伝えたい。
年賀状のやりとりに、意味などないと思っていた。
しかし、今は違う。
私という人間は、これまで出会った数えきれない人々によって作り上げられている。それらの人々に会うことは、この先、二度とないかもしれない。
しかし、何年たっても、一言、感謝の気持ちを伝えることのできる、この文化があって本当によかった。
今年も、もうすぐ、日本中に、思いが満ち溢れる時期になる。
***
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