自分を見限らず、勝負を諦めず
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:笹川俊明(ライティング・ゼミ 冬休み集中コース)
「しゃあぁっ! カモーン!!」
鋭い軌道で、ボールはコートの隅に突き刺さった。
と同時に、緊迫した会場の空気を弾き飛ばすかのような彼の雄叫びコートに響き渡る。
「ようやく勝てた!」
そう叫びたいのをグッと我慢しながら彼は胸の前で小さく拳を握りしめた。
私は、目頭が熱くなるのをグッとこらえ、コートに立つ息子に惜しみない拍手を送った。
息子はKという。
6歳から硬式テニスを習っている。
早いもので、丸6年間継続していることになる。
その彼が、12歳の冬に初めて掴んだ勝利の瞬間だった。
Kは、お世辞にも運動神経の良い少年とは言えない。
運動会の徒競走ではいつもビリから2番目。
ブービー賞の常連だ。
小学校6年生になるが、未だに鉄棒の逆上がりもできない。
多くの同級生が逆上がりをクリアしていくのを横目で眺めながらも、どうしてもうまくいかないのだという。
コツというのだろうか、勘所というのだろうか。つまりは、センスがないのである。
私たち夫婦も決して運動のセンスは高いとは言えないが、小学生の自分たちを振り返っても、Kほどの運動音痴ではないことは確かだ。
親としての責任を感じつつも、どうしたものかとこれまで頭を悩ませてきた。
テニスはそんなKを鍛えるのにはもってこいのスポーツだった。
まず、コートを走りまくる。
フットワークが命といっても良いくらい、テニスにおけるフットワークは重要だ。
そして、瞬時の判断力がいる。
相手の動きやラケットの向き、ボールの回転に合わせて、前後左右どこに一歩を踏み出すかを自分で判断しなければならない。
Kにとっては当然ハードルの高いスポーツだった。
だけど、ボールを必死で追いかけ、相手にボールを返せることが楽しくなり、Kはすっかりテニスに魅せられていた。
しかし、試合に出ても勝てない。
相手の打つボールに対する反応が一歩遅れてしまう。
そして、相手がKの弱点を見抜き、徹底的に追い込まれてしまう。
初試合から3年、試合数を重ねても、勝利の女神はなかなかKに微笑んではくれない。
そんなKが、ようやく掴んだ初勝利。
私は、あろうことか、全米オープンで日本人初優勝を飾った大坂なおみ選手の姿に我が息子の初勝利を重ねてしまっていた。無名の日本人選手が、全米の誇りである女王セレナ・ウイリアムスを破り、日本人選手として初めてのグランドスラムチャンピオンになったあの瞬間である。
日本中が沸き上がったあの時の興奮は、感謝に加え、どこか報われたような気持ちになった。
「日本人にだって、やればできるんだ!」
そんな気持ちだった。
いささか話が大きくなりすぎてないか? きっとそう思われるだろう。
完全に親馬鹿であることも承知している。
しかしだ。
一生懸命努力しても報わるとは限らないのが人の世の常だとして、最後まで自分自身の可能性をあきらめない姿は、誰がやっても、やはり美しいのだ。
実は、試合前にKがこんなことを言った。
「パパ。オレ、今日は必ず勝つよ」
突然のKの言葉に、思わず「え、急にどうしたの?」と聞き返す私。
「これまで負けてきた理由がなんとなくわかったんだよ。だから、今日は勝つ」とK。
しかし、その理由については「内緒」なんだと教えてはくれなかった。
Kの言葉にたくましさを感じながらも、気負いすぎが裏目にでないかと心配しながら、試合に送り出したのである。
さて、その試合だが、Kの試合運びは常に劣勢のシーソーゲーム。
試合のルールは、3ゲーム先取のノンアドバンテージ(デュースなし)制で行われた。
1ゲームは4ポイントを先にとった方がそのゲームを獲得する。
デュースがないので、ポイントを取った方が有利なため、緊張感はより高まる。
ゲームカウント、2対2の同点で迎えた最終ゲーム。
Kも相手の選手も緊張と疲労とで肩で息をしている。
先にポイントをとったのはK。
すぐさま相手も取り返す。
あと1ポイント!
心のどこかで相手のミスを祈ってしまう私。
「あ~っ!」
Kの打ったボールがネットにかかる。
「3ポイント-2ポイント」
まだリードしている! 落ち着け!
「スコーン、スコーン」
ラケットの芯でボールを捉えた時に出る心地よい音が交互に響き続ける。
どちらが先にミスするか、それとも、どちらが先に勝負にでるか!
見守る視線たちも、二人を行き交うボールの軌道にあわせて一斉に動く。
ガチャッ。
Kの打球がネットに当たり、ころころとむなしく自陣に戻ってきた。
「同点!」
次の1ポイントを取った方が勝つ。
「スコーン、スコーン」
ボールは、コートの中で規則正しく鳴り続ける。
そして、ふわっとした緩やかな弾道がKの前に現れた。
次の瞬間、全てが決した。
1ゲーム約6分の攻防が終わった。
それは、私たち親子にとって、とてつもなく長い時間だった。
しかし、Kが放った最後の一喝は、次なる挑戦へのだと確信している。
歓喜冷めやらぬ親の傍で、息子は静かにシューズの紐を結び直していた。
***
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