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後ろ向きで歩こう


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:永久保宏代(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「先生〜!転入生が泣いていま〜す!」隣の席の男子が叫ぶと、クラス全員の目が一斉に教室の一番後ろ、窓際の席に座る私に集まった。
あ〜もう……大ごとにしたくないから頑張って声を出さずに泣いていたのに。
引っ込み思案で静かに遊ぶことが好きな私にとって、新学期、それも転入初日に、誰ひとり知り合いのいない中での目立つ行為は最も避けたいことだった。
 
翌年に定年を控えた担任の先生は、動じることなく授業を中断して静かに歩み寄り、腰をかがめて私の顔を覗き込んだ。
「どうしたのかな?なにかあったのかな?」優しい表情で話しかけてくれた。
その一言で、堪えていた感情があっけなく一気に溢れ出た。
「帰る道が……分から……なくて……お家に……帰れるか心配……で」
我ながら内容があまりにも間抜けで情けない。でも体は正直で、涙と鼻水は止まらず、嗚咽混じりでうまく話せないほどだった。
 
それまで県庁近くの市の中心部に住んでいたが、小学2年の新学期を前に、比較的自然の残る郊外の新しい団地へ引っ越すことになった。新学期初日の朝に一緒に登校してくれた母は、帰りは迎えに行けないからと、学校に着くまで道順をしきりに説明していた。私はその説明を聞きながら、手元にはヘンゼルとグレーテルみたいに撒いておくパンは無いし、仮に撒けたとしても風に飛ばされるか鳥に食べられて無くなっちゃうだろうから、これは言われたとおり覚えるしかないよなぁ、今日帰れなかったらどうしよう、野宿?! などと考えつつ、真剣に目印を覚え、道を覚え、景色を覚えた。
 
「あの道をああ行って、こう行って、確か次の家を曲がって……」授業もそっちのけで頭の中で何度も復習したけれど、あやふやな箇所は増える一方。下校時間が近づくにつれて次第に不安が膨らみ堪えきれずに涙となって流れたのである。7歳の私にとって学校から家までの2㎞ちかくの道のりはとてつもなく長く感じていた。
 
「新しく出来た団地方面の人いませんか?確か居なかったね……ひでかず君、一緒に帰ってあげられる?」と先生。私が泣いていることを知らせた心優しいひでかず君は唐突に言われて戸惑っている。どうやら彼の家は反対方向らしい。そんな迷惑はかけたくないし、何より今日会ったばかりの男子と2人で帰るなんて考えただけで全てが嫌だ、絶対に嫌だ。
そう思うと急に力が湧いてきたのと、注目を集めている時間を早く終わらせたくて、
ゴシゴシと涙を拭って「大丈夫です!帰れます。ひとりで帰ります!」と言っていた。
 
全ての授業が終わり、心配そうなクラスメイトと先生の優しい笑顔に見送られて教室を出た。校門まで来たらまた少し不安になったけれど、意を決して太陽に照らされて黒光りする新しいアスファルトの歩道を歩き出した。実はこの数年後に、丘を削って幅の広い真っ直ぐな道路ができるのだが、その頃はまだ途中までしか出来ておらず、住宅地へ入り幾つもの角を曲がって通学しなければならなかった。
 
確かここを右に曲がって、鶏がいる家の側を下って、そうすると公民館が見えるはず……よし見えた! 公民館を通り過ぎたら……。公民館を背にして途方にくれた。目の前には道が3つに分かれている。目をつぶって自分の感覚を確かめる。たしか真ん中の道だ。でも本当にここで合っている? 思い起こさせてくれる目印もない、どうしよう。
 
ふと回れ右をして来た方向に目をやった。朝に見た景色だ。確かにこの道で合っている!
嬉しくなってそのまま後ろ向きに歩いた。そうそうこの景色! 次に犬がいる家があって、庭先に紫色のお花が咲いている家があって……全部正解! 答え合わせができるたびに自信が湧いてくる。
 
前を向いて進んでは、自信がなくなると立ち止まって後ろ向きになって歩き、朝の景色と同じかどうか確認しながら進んだ。丘の上の団地を目指して重いランドセルを背中に後ろ向きで坂を登るのは大変だったし、すれ違う人にはジロジロ見られたけれど、こっちは必死なのでお構いなく歩いた。途中、菜の花を飛び回るモンシロチョウに見とれたり、初めて耳にする雑木林がザワザワ揺れる音に驚いたり、通学に慣れたら今度こっちの道も通ってみようと目をつけたり、丘を登ってくる風に当たりながらこれから住む街の景色を眼下に眺めたりした。おかげで家に着くまでとても時間がかかった。
「ただいま〜!あのね、公民館のところが難しかったけどね、後ろ向きになってね、そうしたらね……」ホッとした笑顔の母。記憶はここまで。
 
つい最近のふとした会話で、この遥か昔の光景を思い出した。
その後、さすがに後ろ向きに歩くことはなかったけれど、思い起こせばバックパックを背負った旅先で、出張先の地方都市で、都内の営業先でさえも、初めての地では無意識に景色を覚え、帰路に自信がない時は地図やGoogleマップを見るより先に、回れ右をして自分の感覚を試すように景色や道を確認してきたような気がする。おかげで方向音痴にはならず、女性には珍しいと言われるけれど地図を見るのが大好きだ。
 
あれから何十年もの月日があっという間に流れた。汗だくになりながら幼いなりに工夫して進む7歳の自分を思い出しているうちに、数年前に人生の折り返し地点を通過し、残りの人生の歩き方を模索する今の私に、「後ろ向きに歩いたり、立ち止まったり、途中の景色も楽しむといいと思うよ」と小さい私が言ってくれているような気がしている。
 
ちなみに調べてみたら、後ろ向きで歩くのは健康に良いらしい。本当だろうか。試しに今度、朝のウォーキングで人がいない時を見計らってやってみようと密かに思っている。人生の後半戦を楽しく歩けるように、足元に気をつけながらやってみようと思う。
 
 
 
 
***

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2021-01-10 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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