そういえば京都には2年間住んでいた 《メイクアップとお狐様編》
記事:Mizuho Yamamoto(ライティング・ゼミ)
生まれたときから父親似と言われていた私は幼いころ、
「お父さんに似てるね~」
と言われると、大泣きしていた。
「お母さんに似てるんだもん」
母に抱かれた赤ちゃんの私の、顔を覗き込む人たちは、
「あら~」
「お母さんに似たらよかったのにね」
と二の句が継げなかったそうだ。
「顔を洗ったら、透明の方を最初にピタピタっとつけて、次に白い方を軽く伸ばしてつけるのよ」
京都の下宿を去る前に、母が2つのボトルを手渡した。18歳なんだから、これくらいは必要なのよと。
そう言い渡して母は、大家さんに挨拶をして後ろを振り向きもせず、私の部屋を後にした。
慌てて走って追いかけたが、母の後ろ姿は、京都の下町の小さな商店街の人ごみに消えて行った。
初めて親元を離れて出ていく子どもの新住居を一緒に現地に行って整え、1人で帰る寂しさは、次男を福岡の予備校に送り出したときに感じた。
ああ、これだ。
あのとき後ろも振り向かずに帰りを急いだ母は、こんな気持ちだったのだと。高速を運転しながら、流れる涙が止まらなかった。人ごみに消えた母の頬にも、涙がこぼれていたことに、やっと気づいた私だった。
母が残してくれた2本のボトル、化粧水と乳液は、素顔が好きな私にはまだまだ早かった。
さだまさしファンの私は、当時その歌のイメージのような、素顔のままの儚げな女性を目指していた。(笑った人は、出てきなさい!)
しかし、京都という街はたまに不思議な現象を起こすことがあった。たぶん、古くから住んでいる、土地の神様のせいなのか。それとも狐の仕業なのか。
京都の短大の卒業式の後の謝恩会の帰りに、白髪の仙人のような中古文学の教授が、
「きみは、まだ飲めると思う」
居並ぶ完璧メイクに振袖のキレイどころを置いて、母が縫って佐世保から送ってくれたシンプルなドレスを着て、メイクもせず口紅だけを引いた私に声をかけたのだった。
先斗町の路地を歩いて、品のいい女性が一人カウンターにいるお店に連れて行かれた。
「せんせ、この学生さん、京都出身の子やね見てすぐに分かったわ」
教授のキープしていたボトルから、ウイスキーの水割りを作ってもらって1杯飲んだところで、
「次に行こか」
2件目の木屋町のスナックも、同じようにこじんまりとしていて、カウンターの向こうに2人の品のいい年配の女性がいた。
同じようにキープしたボトルから水割りをもらって、
「この学生さん、京都らしい娘ぉやわ」
「ほな、行こか」
またもや1杯飲んだだけで、店を出た。
途中で、
「明日の朝ごはんのパンを買いなさい」
夜遅くまで開いていたパン屋で、「焼きそばパン」を2個買ってくれた。
3軒めのスナックも判で押したように前の2軒と同じ雰囲気のお店。
キープされたボトルから、水割りを作ってもらい、3度目の乾杯をして飲んでいると、
「京都生まれの学生さんやなぁ、見ただけでわかるわ」
と三度目のセリフ。教授は私が長崎出身と知りながらやはり、にこにこ笑っていた。
繰り返される同じようなお店と、同じような会話と同じように短い滞在時間。
酔ってしまったのかなぁ、私。
ひょっとして、これは京都の狐の仕業かもしれない。京都の夜の街で、私は「時代の迷子」になってしまったのか?
「ほな、そろそろ遅いから帰らんならんな」
私が乗る京阪電車の駅まで見送ってくれた教
授。
「気ぃつけて、お帰り」
朝になっても、昨夜のことは現実なのか、狐につままれただけなのかは不明だった。
仙人のような教授とは、それ以来お会いすることはなかった。十年後、同窓会誌でその訃報を知ったとき、謝恩会の夜のことが思い出されて切なかった。
大勢の女子学生の中から、なぜか私一人を選んで、馴染の店をはしごして連れて回ってくれた教授。
狐の仕業だったのか……
お化粧をし始めたのは、30歳を過ぎてからだ。ずっとさだまさしの歌の少女路線だったまま、結婚、子育てに突入しお肌のケアを怠り同い年の友人より肌荒れが目立ち、さだまさしに損害賠償を求めようかと思ったほどだ。
母は化粧っ気のない私によく言ったものだ。
「ある程度の器量に産んでやったのだから、
保つ努力をしなさい」
フランス人のような顔立ちをしていて、それ
はそれは美しい母だった。
「あなたのお母さん、元女優さん?」
うちに遊びに来た友人たちに、よく聞かれた。
母の13回忌を迎える今年。周りからお母さんに似て来たねと最近よく言われる。
晩年の少し衰えた美貌の母を知る人たちが、特にそう言う。
最盛期の母には似ていないが、歳を重ねてからの母には似てきているらしい。
まぁ、いいか。素直に喜ぶことにしよう。
京都に天狼院ができるという。
また狐に騙されるチャンスが待っていることを期待して、開店を心待ちにしている。
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