メディアグランプリ

宇宙で一番可愛い並みの容姿の女の子


宇宙で一番可愛い

記事:安達美和さま(ライティング・ゼミ)

友人のKくんは、恋愛経験も知識もまるでゼロの17歳のわたしに、初めて告白してくれた人であり、「お互いが還暦を過ぎたらセックスしよう」と一方的な約束をしたうえ、5年前、26歳で亡くなりました。

そしてKくんは、簡単に言うと社会不適合者でした。

わたしの通っていた女子校と彼の通っていた男子校は姉妹校で、わたし達はお互いに演劇部の部長同士でした。

一度、彼の高校の講堂を借りて照明機材の設置練習をした時、お互いに当時稽古していた舞台のワンシーンを見せ合ったことがありましたが、向こうもわたし達も「コイツら大したことねーな」という傲慢な視線を投げあったくらいで、その後部活同士の交流が始まることはありませんでした。

だからその後、彼がひとりでわたし達の出演する演劇祭へ出向いてくれて、トラの着ぐるみ姿で余興劇に出たわたしに「声もっと出さないととうしろまで届いてないです」とアドバイスをくれたことが、とても不思議で。

告白されたのは演劇祭の翌月の5月。ふたりで会うのは初めてなのに、いきなりキッパリ一言「好きです」と告げられました。身長180センチの彼が、150センチのわたしの胸のあたりまで頭を下げて。

わたしはひどくビックリしました。だってほとんど話したこともないし、どうして好きなのかも分からないし、初めてそんなこと言われたし。とりあえず「それはどうも」と彼と同じように頭を下げましたが、間が持たないので足元にいた鳩の後を追って歩きました。彼は一瞬ぽかんとした後、爆笑し、その声に驚いて鳩が空へ飛んで行きました。新緑と抜けるような青空に、鳥居の朱がきれいでした。

結局、気持ちはありがたく受け取ることにしましたがお付き合いには至らず、でも、わたし達は友達になりました。とりあえずおしゃべりをしようじゃないか。あまりにもお互いを知らないじゃないか、と。そして、徐々に彼を知っていくうちにわたしには分かってきました。

とんでもないヤツに好かれたもんだ、と。

というのも、彼はわたしの話をサッパリ聞かないのです。

フランクに触ってくるなと言うのに触る。
人がいるからと言われたから自宅へ遊びに行ったのに、彼しかいない。
電話しないでくれと言ってもかけてくる。

当時わたしは本当に戸惑いました。
「おかしい」。

あの人、わたしのことが好きなんだよな? だったら普通は、わたしに好かれる努力をするんじゃないのか? 全然しねーんだけど、好かれる努力。

加えて、彼はよく言いました。大学のカフェテリアで、神社の木陰で、並んで高田馬場駅まで歩く道中で。

「胸がないよね」

「肌荒れてるね」

「小学生女子と中学生男子のハーフみたいな顔だよね。あ、童顔で可愛いってことじゃなくて、顔が子供時代で止まってるって意味ね」

「客観的に見ると容姿は並み」

そしてその後にいつも、「でも俺にとっては宇宙一可愛い」と続けるのです。一度ガツンと下げてから、グイーンと上げるのです。乗り物酔いするわ。

「思ったことなんでも言うんじゃねーよ!」と当時何度思ったかしれません。「言わなくって良いこともいっぱいあんだろーがよ!」

そう、彼は「思ったことをそのまま言う人」でした。
いつでも。誰に対しても。
好きな相手にも、そしてもちろん嫌いな相手にも。

講義が退屈な大学の教授に、「この講義に価値がない理由」をレポート用紙にビッシリ書き連ねて渡し、もちろんケンカ。ネットでは少し頭の弱い熱血教師志望の大学生を捕まえてはコテンパンに論破。
確かに、彼の主張は納得いくものが多かったけど、でもだからと言ってわざわざそれを伝えて傷つけ合う必要は別にないわけで。
精神的にタコ殴りにされた相手は当然、彼を嫌いました。親しい友人にもそれをやるので、ただでさえ少ない彼の友達は季節がひとつ去るごとに減っていきました。わたしと彼の共通の女友達に至っては、ハッキリと彼を嫌悪していました。

自分だって傷つくのにどうしてそんなことをするのか聞いてみたら、「変えられない」んだそうです。これが自分なのだそうです。

それでもまだ彼を慕う変わり者もいるにはいたけど、そんな彼らに自分の荒れ果てた家を掃除させて当人は釣りへ出かけるのですから、頭がどうかしているとしか思えません。
領収書は捨てないでね、と言い残して釣り竿を担いで出掛ける彼の後ろ姿に、吹き矢でも見舞ってやろうかとはらわたが煮えくりかえりそうでした。

なのに相変わらずわたしに会えば、「顔は並み」となんの屈託もなく笑って、でも宇宙一可愛い、と。
さらに、「だからセックスがしたい」……下心は隠すから下心なのであって、じゃあ彼のこれは何なのだろう。言われたわたしが「オッケー、レッツ・セックス!」と応えるとでも思っているのだろうか。当時、分からなくて本当に悩みました。そんな日々が3年ほど続きました。
わたし達は結局、恋人同士にはならず、何度か激しいケンカをした後、友人の関係に落ち着きました。

そういえば、最後に会った時、彼はわたしを「おばさん」と呼びました。25歳の女性をつかまえて、「おばさん」と。あれから6年が経って31歳になったわたしは、彼に言わせりゃもう「おばあさん」でしょうか。ああ、すごくひっぱたいてやりてえ。確かに、永遠に26歳の彼から見れば、わたしは年々「おばさん」になるし、無事に生き続けられれば「おばあさん」にもなるでしょう。うまくいけば還暦にもなれます。

こんな風にさんざん彼のことを罵っていますが、じゃあどうしてそんな人間とさっさと縁を切らなかったんだと言えば、恥ずかしいけど白状するしかありません。

単純です。嬉しかったんです。好きになってもらえて。
あんなに熱烈に好意を寄せられたことなかったから。

確かに、彼は変人で社会不適合者で、下心も下心にできないようなバカでした。彼を嫌う人間も確実に多かった。

だけど、自分の心が砕けて壊れるくらいにわたしを好きになってくれたことは嘘じゃない。

ずるいんです、まったく。初めての恋人が作ったクソまずい料理並みにずるい。
すごく迷惑で困ってたのは事実なのに、自分のことを好きでこんなに一生懸命だってそれだけで、嬉しくて全部許しちゃうじゃないか。一生忘れられないじゃないか。

ありがとうね、Kくん。
好きになってくれて、心の底から、嬉しかった。
ふたりして還暦を迎えて、わたし直接、君に言いたかったよ。

「やっぱりおまえとセックスとかしねーし!」って。
「あと、宇宙一可愛いだけ言えや!」って。

《終わり》
 

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2016-04-27 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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