父と私のヒミツのクマさん
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記事:スミ咖(ライティング・ゼミ日曜コース)
「おい、ここうまそうだな。知ってるか」
「え? 知らないよ」もう、またごはんの話か……。肌着に、短パン姿。肩肘をついて、横になりながらハイボールを傾けている。大好きなグルメ番組を見ては、父は何かしら私に話しかけてくる。
この家の娘になって33年。ここまで大きくしてもらったことに、感謝している。だけど、成長した分、父親に対する面倒くささが増している気がする。
適当にあしらって、2階に上がる。ふーっと一息吐く。落ち着くと、勉強机の上に、ちょこんと座っているクマのぬいぐるみと目が合った。もう20年以上一緒にいるこの子を見ると、父について思い直す。
物ごころついた時から、父は晩酌をするのが習慣な人だった。父親=酒、世の中のお父さんはみんなお酒を飲むものだと思っていたくらいだ。
サザエさんを見ながら食卓を囲む。父がいて、母がいて、弟がいる。
「明日学校だね。宿題した? 明日は何するの?」とよく話す母。反対に父親は必要以上のことを話さない。酒を傾けながら、黙々と食べている。
どっしりしていて、不愛想。普段しゃべらない父から、時折放たれる「おい!」という叱りの言葉は私を縮ませた。嫌いではないのだけど、こどもの時の自分にとって、父はちょっと怖い存在だった。
食事を終え、弟と風呂に入り、出てくると「おい! アイス買いに行くか?」顔を少し赤くして、ちょっと陽気になった父が聞いてくる。
「行くー!!」日曜の夜、楽しみな習慣があった。父の晩酌後、弟と3人でコンビニにアイスを買いに行くのだ。
パジャマのまま、一緒に出かける。
小学1年生の自分にとって、夜に出かけるというのは、とんでもなくうれしくて、ワクワクすることだった。ちょっと悪いことをしているような、ドキドキする感覚。それに、普段ちょっと怖い父が、この時ばかりは陽気で、友達みたいに話してくれるのがうれしかった。
コンビニに着く。真っ白なライトは、明るすぎて、目がくらむ。アイスのケースに近づく。どれにしようかなー、いちごもいいな、チョコもいいな。じーっとケースにかじりついて選びきれずにいた。
悩んで、いつもと同じアイスにする。氷の細かい粒が入っているミルク味のアイス。自分が好きというより、お母さんが好きと言っているのが、自分がこのアイスを好きな理由だった。
お金を払ってもらい、両手でアイスを包んで持っていく。レジを出ようとすると、目が合った。
手の平サイズのクマのぬいぐるみ。紺色のセーターを着ていて、ケースに入ったクマさんは、じっと私の方を見て「ねえ、ねえ」と話しかけてきた気がした。
あー、かわいいな。欲しいな。単純にそう思った。だけど、もうアイスを買ってもらっている。
それに、ぬいぐるみは700円もした。あの時の自分にとっては、高額だった。クマさんを見つめながら、欲しいな、でもダメだよなと、きもちが行ったり、来たりしていた。
ふいに、「欲しいのか?」と、ぬっと背後から父の声がした。
ビクッと飛び上がる。
「ん!? んー……」なんて答えるのが正解なんだろう。欲しいけど、言ったら怒られるような気がした。
もじもじとしていると
「欲しいなら、買ってやるぞ」
えっ!? あっさりと言ってくれた父の言葉に驚いた。
迷いながらも、「いいの!? わーい」とすなおに受け取ることにした。
自分の元にやってきたクマさんを大事に抱えると、
「お母さんと、しゅんには内緒だぞ」と、にやっと笑いかけた。
私と、父だけのヒミツが出来た。
日頃私のことを何か聞きたかったり、話しかけようとしたりする素振りがある。その度に、めんどうくさいなと思ってしまう。父に話すことが見つからないし、話題が合わない。
だけど、ふと立ち止まると、それが父に出来る最大の愛情表現なのだと思う。よく話して、家事をして、面倒をみるという母とは違う。
聞きたいことは、母を通して聞いているようで、「お父さん、あんたのこと心配してるよ。いい人いないのかって」と母から聞く。距離を詰めたくても、きっと出来ないんだろう。私もなんだか恥ずかしいから、近づくことができずにいる。日頃じっくり考えることをしないから、父が表現している愛情を実感することはない。
そんな時クマさんは、父と過ごした楽しくて、うれしかった時間を思い出させてくれる。
父なりに私を大事にしてくれている。そしてなんだかんだ言っても、私は父が好きなんだと思い直させてくれる。
すっかり大きくなってしまったけど、私は父の娘だ。
クマさんと目が合う度に、感じる父の存在。
めんどうくさいけど、やっぱり好き。
ちょっとくすぐったいきもちになる。
***
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