抱くだけマインドフルネス
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:とわにこ(ライティング・ゼミ平日コース)
「大丈夫だよ」
「兄ちゃんだってそうだったよ」
「何度も練習すれば、きっと上手になるよ」
息子がそっと、何度も語りかけていた。
語りかけていた相手は、ゴリラのゴリ朗くん。
全長25センチ程の、ゴリラのぬいぐるみだ。
息子がなぜゴリ朗を慰めていたかというと、ゴリ朗がカードゲームのウノで負けてしまったからだ。
我が家にはたくさんのぬいぐるみたちがいて、皆それぞれが名前とキャラクターを持っている。ゴリ朗は、息子が弟として特に可愛がっているぬいぐるみの一つだ。
ある日、わたしと息子でウノをすることになった。
息子の発案で、ゴリ朗も初チャレンジすることになった。(ゴリ朗のカードの差配は息子が担当)
ハラハラドキドキする展開の末、ビギナーズラックとはいかず、ゴリ朗が最下位になってしまった。
「うわーうわー負けたーー! もうやだっ! やらないっ! ふんっ! もうつまんないっ!」
ゴリ朗はひどく悔しがり、テーブルに突っ伏して不貞腐れてしまった。(ゴリ朗のアテレコは息子が担当)
「ゴリ朗、大丈夫だよ!」
「兄ちゃんも初めはウノ勝てなくて悔しかったけど、何度も練習したら勝てるようになったよ!」
「ゴリ朗、ほら深呼吸して!」
息子はなかなか鎮まらないゴリ朗を抱きしめて、体をなでながら何度も語りかけていた。
ん? デジャブかな??
このやり取り、どこかで……
しばらく2人のことを見つめているうちに、ゴリ朗がかつての息子のようだと思い出した。
数年前の息子に対して、わたしが話していたようなことを、息子がゴリ朗に語りかけているではないか。そしてわたしが息子にしたように、ぎゅっと抱きしめている。当時息子はそれでも聞く耳を持たず、ひたすら悔しがっていただけだった。
悔しくて不貞腐れ、手のつけようがなかった息子が、ゴリ朗にかつての自分を重ね合わせ、その彼を抱きしめ、優しく語りかけている。
「あの頃、聞いていないようで、ちゃんと聞いててくれたんだ」
そう思うと嬉しくなった。投げ出さず、丁寧に心がけてきたことが一気に報われたような気持ちになった。
と同時に、息子の成長を、こんなにも客観的に確認することができたことに驚いた。自分にかけてもらった言葉を、これまでの経験を加味し、理解し、それを今度は誰かに伝えることができるようになっている。そこまで熱心に教えたつもりはないのに、どうして息子はこの力を身につけることができたのか。
「ぬいぐるみのおかげに他ならない」
そう思った。
私達親子は、日頃からぬいぐるみたちとおしゃべりをしたり、喧嘩をしたりして過ごしている。ややもするとメルヘンチックにも聞こえるが、決してそうではない。ベッドに転がっているぬいぐるみを抱きしめ、どちらともなくアテレコしているうちに、会話や物語が始まっていく。自分の気持ちを素直に話し、ぬいぐるみの気持ちは想像しながらアテレコする。そうこうしながらその話は、「みんな違ってみんないい」みたいな教訓じみた帰結を迎える。
自分の気持ちをぬいぐるみに代弁してもらうことも多々ある。
気配りのできるワニのリュウくんが、息子にそっと言う。
「ねぇ兄ちゃん、お母さん、本当は兄ちゃんに〇〇して欲しいと思ってるんじゃないかなぁ?」
なんて具合だ。直接お願いするよりもマイルドに伝えることができ、衝突が起きにくい。
息子を褒めたいときは、大勢のぬいぐるみたちがこぞって、「兄ちゃんすごーーい! さすがーー!!」と言い集まって来る。親が言えば妙にわざとらしく、陳腐な褒め方も、ぬいぐるみたちが言うと、ピタッとはまる。息子は兄の威厳を保て、「えっへん」てな具合だ。
親が「頑張ってね」と言えば、子は多少のプレッシャーを感じるだろう。がっかりさせたくない。喜ばせたい。そう思うせいか、わたしの応援に対して、息子は無言でいることがある。ぬいぐるみが「兄ちゃん頑張れ!」と言うと、「でも実は自信ないんだ」なんてぽろり本音が聞けたりする。
そんな日常を繰り返していると、気づけば息子にとってぬいぐるみたちは、本音で話せる相手となり、共感し合える仲間のようになっていた。そうなることを目的としてきたわけではないが、そんなぬいぐるみたちと暮らしてきた結果、息子に共感する力、そして伝える力が備わったのではないかと思う。
ぬいぐるみを活用して、気持ちを伝え合ったり想像することで、いくつかの効果がもたらされた。息子が他人を想う力を身につけ、親子の関係はより良好になった。そしてわたしたち親子は、ぬいぐるみたちをかけがえのない仲間と感じられるようになった。
これらの効果は、親子間に限ったことではないだろう。兄弟、夫婦、パートナーなどの間でも、採用してみてはいかがだろうか。
え? ハードルが高い?
それでは手始めに、ぬいぐるみを抱きしめてみて欲しい。目を閉じて、胸にぎゅっと抱きしめてみると、自分の鼓動が聞こえてくる。鼓動の音、速さ、回数、そこにどんどん意識を集中していくと、呼吸が整い、頭が空っぽになるような感覚になる。ぬいぐるみを抱くだけで、マインドフルネスが体感できる、かもしれない。そうして救われた身として、ぬいぐるみの温かさを感じてもらえたら嬉しく思う。
一歩外に出れば、様々な人と対峙することになる。全ての人と分かり合えるということはない。時には知りたくもないこともあるだろう。そんな中を生きていく。それもまた実践の中で学んでいかなければならない。
しかし家に帰れば、鼓動を分け合った、気心の知れた、絶対的味方がいたらどんなに心強いだろう。
さぁ、気兼ねなく実家へ往来できるようになったら、こどもの頃に一緒だったぬいぐるみがいないか探してみよう。
「これまでよく頑張ったね! すごいね!」きっとそう言ってくれる。
***
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