弱者の戦略《天狼院通信》
(記事:三浦崇典/天狼院書店店主)
三十歳になろうとしていたときの話だ。
僕は、ぼんやり、街行く人を見て、また電車に乗りスーツを着て通勤している人を見ながら、
拭いきれない劣等感を覚えていた。
なぜ、この人たちは、ちゃんと正社員として働くことができるのだろう。
なぜ、この人たちは、ちゃんと家庭を持てているのだろう。
一見、当たり前の、いわば「ふつう」のことが、当時の僕にはあまりにファンタジーだった。
江戸時代の農民が、武士に憧れるように、正社員で働き、家庭を持っている人に対して、
超えられない壁があるかのように、劣等感を覚えていたのだ。
臆病、低経歴(低学歴+低職歴)、カリスマ性なしの、
しかも、就職できなかったからという消極的な理由から、僕の起業は始まった。
ただ、自分が何者でもなく、社会的な価値はない状態だったことは、自分でよく認識していた。
自分の分際を知っていたこと言うことだ。
ただ、配られたカードが最悪だったからと言って、人生のゲームを投げ出すわけにはいかなかった。
弱者には、弱者の戦い方がある。
自分の分際を知っていたので、とにかく、起業してからは一生懸命働こうと思った。
スマートなTIPSとかの話ではなく、単に、心構えの話だ。
人よりできないことが多いとしたら、人より努力しなければならないと思った。
それを10年以上続けていくうちに、安全にハードワークを続けられる技術を身に着けた。
どちらかと言えば、虚弱な体質の僕が、6年間も休みなしで働き通して、
問題が生じていないのは、その技術のおかげだ。
ハードワークを続けていると、仕事が増えた。
仕事がもらえるということ、仕事があるということは、
僕にとって、社会に認めてもらうこと、社会に存在していいことと同義だった。
ようやく、「ふつう」になれると思った。
数多くの仕事を同時にかかえ、同時にこなしていくうちに、めちゃくちゃ仕事が速いと言われるようになった。
1日に12件アポを入れても、問題がなくなった。
写真を48時間以内に1,000枚レタッチして納品できるようになった。
40分で5,000字をかけるようになった。
1日に企画を5本出せるようになった。
それを一つのことだけでなく、同時にできるようになった。
ハードワークを続けられるようになったおかげで、いつのまにか、生産性が高くなっていたのだ。
別に、それは意識したわけではない。一生懸命やっていたら、できるようになっただけだ。
これも、おそらく、大学もほとんど行ってなく、
正社員としての職歴がない僕としては、生産性に自信がなかったことが、
結果的に一生懸命やることにつながり、量を重ねて、仕事の質が上がって行ったんだろうと思う。
それでも、なお、起業とは、会社の経営とは恐ろしいもので、
起業して今日で4,706日になるが、1日たりとて、心から潰れないと思った日はない。
その日々を積み重ねて行くうちに、逆境に強いメンタルが自然と培われた。
真剣勝負の日々を重ねるには、壊れないメンタルが必要だったからだ。
それも、自分では「臆病」で「気にしやすい」性質を知っていたので、
壊れないように、半ば無意識的に気をつけていたということだろう。
こうして、ハードワーク、生産性爆上げ、逆境メンタルが、
僕にとっての三種の神器のように、技術/スキルとして定着した。
弱者がこの厳しい世の中を乗り切るための、鋭利な武器であり、強固な鎧だった。
強い人は、そのまま戦ってもいいだろう。
けれども、僕ら弱者は、入念に準備をし、鎧い、『ウサギとカメ』のカメのように、
黙々と努力を続けなければ、決して思い描く「ふつう」には到達できないのだ。
そして、いつしか、ファンタジーの「ふつう」を通り越して、
自分では思いもよらなかった高次の領域へと、足を踏み入れるのだろうと思うーー
■プロフィール
三浦崇典(Takanori Miura)1977年宮城県生まれ。
株式会社東京プライズエージェンシー代表取締役。天狼院書店店主。小説家・ライター・編集者。雑誌「READING LIFE」編集長。劇団天狼院主宰。プロカメラマン。2016年4月より大正大学表現学部非常勤講師。2017年11月、『殺し屋のマーケティング』、2021年3月、『1シート・マーケティング』(ポプラ社)を出版。雑誌『週刊ダイヤモンド』、『日経ビジネス』にて書評コーナーを連載。2009年4月1日に、「株式会社東京プライズエージェンシー」を設立登記し、その後、編集協力や著者エージェント、版元営業のコンサルティング業等を経て、2013年9月26日に「READING LIFEの提供」をコンセプトにした次世代型書店(新刊書店)「天狼院書店」を東京池袋にオープン。2021年現在までに、11店舗を全国に広げて、運営している。
雑誌『週刊ダイヤモンド』、『日経ビジネス』にて書評コーナーを連載。現在、雑誌やコミック、電子書籍も含めた自身の月間書籍購入額は15万〜20万円で、読書冊数は月に100冊を超える。
この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」講師・三浦が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。
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