実家のこたつでだらだらしていた時の「なんとなく」が人生を決めたといっても過言ではない、というお話
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記事:ニエベ(ライティング・ライブ東京会場)
「どうしよっかなぁ」
こたつに入り、だらだらと横になって私は書類を見上げていた。
ずっと昔のこと。
ようやく受験が終わり、なんとか4月からは大学生になることが決まった。
あの日、私は届いた大学の入学案内をだらだらと実家のこたつで寝そべりながら見ていた。
大学では、第2外国語があるので、以下から選択してください、とあった。
フランス語、ドイツ語、中国語、スペイン語、ロシア語。
フランス語とドイツ語以外は定員が少ないので、抽選になる場合があります、とのこと。
「ふーん、どうしよっかなぁ」と書類を見ながら、なんとなくスペイン語に〇をつけた。
まさか、その瞬間、私の残りの人生のレールが敷かれたことなど全く夢にも思わずに。
晴れて4月、大学生。初めての東京生活、大学生活が始まった。
第2外国語の授業、私は何となく「〇」をつけたスペイン語の定員に滑り込んでいた。特に興味があったわけではないから、別の言語になっていても、さほど気にもしなかっただろう。
初めての授業、そこに入ってきたのは、当時大人気だった俳優、田村正和を彷彿させる、なんともダンディで、素敵な品のある先生だった。他の科目の先生とは何かが違い、スペイン語をやっている先生というのは、こんな素敵な雰囲気の先生なんだな、ということがインプットされた。
とはいえ、サークルやバイト、友達との遊びなどを満喫していた私は他の多くの学生と違わず第二外国語の勉強は、単位を落とさない程度にしかしなかった。
楽しい学生生活はあっという間にすぎ、気づけば社会人、たいして就職活動もせずに、もぐりこんだ会社で、私はすでに20代後半になっていた。
特に変わり映えのしない毎日、タイトスカートの制服を着て、「私はこのままでいいのだろうか?」と考えるようになった。
「このままは嫌だな。人生を変えたい! 何かスキルを身につけよう!」 そう思い立った。
じゃあ、何を勉強しようか。語学が好きだが、英語は周りに沢山出来る人がいて、太刀打ちできない。だったら……、第2外国語でかじったスペイン語やろう! 勢いだけはあった私は、そんな単純な理由でスペイン語をやることを決意し、会社を辞め、付き合っていた彼とも離れ留学することを決めた。
「行先はどこにしよう? 東京生活もなんだか窮屈だ。自分の価値観を変えるためには、ヨーロッパじゃないな」と、いうことでラテンアメリカのメキシコへ留学することにした。
「とりあえず、1年間だけ、行ってきます!」と家族と彼に告げ、私はメキシコへと旅立った。
「価値観を変えるための留学」にメキシコを選んだのは正解だった。涙が出るほどに。
メキシコシティの空港に着くなり「あなたの国内乗り継ぎチケット、昼過ぎの便を夜の便に変えたから」と告げられた。
「え! なんで?」
まだスペイン語もできず、拙い英語でも交渉できず、私は、いくらかのお金(メキシコペソ)を渡され、夜の便までメキシコシティの空港で一人待つことに。
夜の便はここから出ます、というゲートの椅子に座り、身体を硬直させて待っていた。
待つこと数時間。
「あれ、おかしいな、もうフライトの時間だけど、飛行機ないじゃん。あれ? もう時間過ぎちゃったよ」
待てと言われた指定ゲートには飛行機は来ず、私は拙い英語で係の人に聞いてみた。
すると「あの飛行機なら、もう飛んだよ」
「え! マジか! じゃ、私どうすんの?!」メキシコシティで1泊しないといけない。
そこからは必死だった。火事場のバカ力とはこういうものだ。
案内カウンターへ走り、信じられないような早口の英語で「とにかく! 一番安全なホテルを予約して! お金ならいくらでも出す! それと安全なタクシーお願い!!」
ホテルの予約が出来、安全なタクシーが来た。
と、思ったのもつかの間!
タクシーに乗ると運転手の他に、全く知らないおじさんが助手席に乗りこんできた。
「どうしよう、なに、このおじさん、二人がかりで、私はこのままどこかへ連れてゆかれてしまうのか」握った手には汗がにじむ……。
硬直したまま何分タクシーに乗っただろうか、タクシーはホテルに着き、私は無事にホテルにチェックインできた。助手席のおじさんは、運転手の友達だったようで、当時のメキシコではよくあることだった。
そんな風に始まった私の留学。気づけば、メキシコの人たちは本当にとても優しく、あの熱い太陽と自由さに私は開放された。
約束の1年は瞬く間に過ぎ、私は「まだ、帰れない」と日本で待つ人たちに告げた。
そうこうするうちに運よく日系企業で人を探している、という話がきて職務経験のある私はすぐに採用してもらえた。
スペイン語、もっと勉強したいし、この国も大好きだ! そんな日々を過ごして、気が付けば5年以上が過ぎていた。
ずっとそこに居たかったけれど、メキシコで出会った人との関係で、私は泣く泣くスペインへ渡ることになった。同じスペイン語だ。スペインでは改めて語学学校に通った。
しかし、スペイン生活はその人との関係が破局し、お金も心も底をつき、私は日本へ戻るしかなくなった。
泣きながら帰国した日本では、「愛・地球博」開催1ヵ月前。そんな私にスペインパビリオン事務局の欠員募集が舞い込んだ。何かの思し召しかと思えるほど全てがスムーズで、私はその流れに乗り、スペインにどっぷりと浸かる半年を過ごし、スペイン語もスペイン文化も沢山学んだ。
そしてその約1年後、日本にスペイン語やスペイン語圏文化を普及する団体がオープンするという。
それが、もうすでに10年以上も働く私の現在の職場である。
人生、山あり、谷あり、沢山の恋も失ったけど、いまだにスペイン語とだけはつながっている。
仕事柄、「どうしてスペイン語始めたの?」よくそう聞かれる。
「人生を変えたくて留学した」というのは、表向きで、もっとさかのぼれば、「実家のこたつでだらだらしていた時に、なんとなくスペイン語かなと思ったから」が正しい。
その「なんとなく」は、今から思うと、天からの啓示だったかのようにさえ思える。
だって、私の人生をこんなにも楽しくしてくれたから。
あの時の私よ、「なんとなく」を信じてくれてありがとう。今の私はとても幸せです。スペイン語はまだまだ下手でもっともっと勉強しないといけないけれど。
何気ない「なんとなく」は膨大な条件を熟考するより、はるかに人智を超えた天の声だったりするのかもしれない。
何かに迷って、選択に困った時、そんな時は心をリラックスして「なんとなく」を信じてみるのはどうだろうか。案外物事がスッと進むかもしれない。
最後に余談を2つ。
大学の第2外国語のダンディなスペイン語の先生、それはなんとラテンアメリカ研究ではその名を知らぬ人はいない、ノーベル賞作家の翻訳も多数手がける、野谷文昭先生であった。知らず知らずのうちに私はそんな幸運にも恵まれていた。
それと、飛行機に乗り遅れて1泊したメキシコシティのホテル、「とにかく、お金はいくらでも払うから、安全なホテルにして!」と大声で頼んだホテル。
後にクレジットカードの明細が届いた。
「300$」とある。「300ドルかぁ、3万円ちょっと、にしてはそんなすごいホテルじゃなかったな」と友人に言うと「よく見なよ、ドルじゃないよ、メキシコペソだよ、3千円くらいかな~」(1999年当時)
おお! そうか! ビバ! メヒコ! メキシコ万歳!
***
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