メディアグランプリ

諸悪の根源。「月の雫」


記事:たか(ライティング・ゼミ)

とある日曜日の夕暮れ。僕は、かねてより興味のあったある場所へと足を運んだ。
池袋は、西口。そこから徒歩7分ほど歩いたところにあるビルの10階。
エレベーターから降りると、ラグジュアリーな空間が広がる。
履物を脱ぎ、鍵を持って、受付へと向かう。
受付の前には、見る限りふかふかそうなクッション型の椅子が2つ置いてある。
白と黒を基調とした内装は、あたかも上流階級の人になったかのような錯覚を与える。

「いらっしゃいませ」

黒い服に身を包んだ、品がありそうな女性が出迎えてくれる。

「あ、16時から予約してたものです。すいません、10分ほど遅れてしまって」

「大丈夫ですよ。それでは鍵の方お預かりしますね」

靴箱の鍵を渡す。そして、女性は僕の立っているちょうど真後ろにある部屋の前まで移動し、ドアをスライドさせた。

「お使いいただく部屋はすべて、このようなプライベートの空間になっております」

白い壁に、排気口が見える黒い天井。部屋の広さは、だいたい10畳くらいだろうか。
入り口から見て左側の壁には大きな鏡。そして、圧倒的存在感を醸し出す黒い機器の数々。

「それでは、荷物の方こちらにおいていただいて」

そう言いながら、受付の女性は、荷物入れを指差す。

「こちらにお乗りください」

ポケットから携帯やら定期入れやらを取り出し、時計をはずし、指定された機材の上に乗る。
画面上では、とある数値が行ったり来たりし、最終的に停止する。
続いて、台の両端にあるゲームのコントローラーのようなものを両手で持ち、再び画面とにらめっこする。画面上では、男子トイレのマークのような人型のデザインが四肢ごとに点滅していた。

「ありがとうございます。それでは、後ほどこちらのデータお渡ししますね。少しの間、先ほどの部屋でお待ち下さい。あ、こちらよろしかったらどうぞ」

部屋に入り、改めて女性から渡されたペットボトルに印刷された文字を眺める。

「RIZAP」

ズンチャ、ズンチャ。ズンチャ、ズンチャ。
トゥートゥットゥトゥ、トゥートゥットゥトゥ、トゥートゥットゥトゥ、トゥートゥットゥトゥ。
頭の中で、あのCMの音楽がリフレインする。

事の発端は、先週の月曜日。
起業した先輩の仕事の手伝いで、筋トレの記事を書いている時だった。
ネット上で、情報を集めていると、その中の記事の一つに、ライザップは無料で体重やら体脂肪率を測ってくれると書いてあったのを見つけた。

体重だけで見れば正直平均の下の方なのだが、留学から帰って以来体脂肪率が確実にやばいと思っていた僕は、興味半分で無料のカウンセリングに申し込んでみた。それに、一体ライザップが他のジムと何が違うのかも気になっていた。

トレーニングルームで待たされている間、簡単にカルテを書いた。
今まで行ったダイエットや、普段の食生活などを記入する。

「お待たせいたしました」

受付の女性の方が、僕の体重と体脂肪率が書かれた紙を持って戻って来た。

「こちらが、データになります。体重は平均的ですけど、体脂肪率が結構高いですね」

「あー、やっぱりですかー」

データを見ながら、どういう体型にしていきたいですか、いつ頃なら来られそうですか、と話が続いていく。やっぱり体脂肪率は10%以下がいいですよねー。ボクサーみたいな体型に憧れますー。腕に筋肉がないんで、そこをどうにかしたいですねー。などなど話をしながらも、僕はどうやってライザップの入会を勧めてくるのかが気になっていた。

ライザップといえば、絶対に成功する。成功しなかったら全額返金。最短2か月で理想の体に、などなど、思わず入会したくなるような文言が特徴的だ。何より、あのインパクトのあるCM。魅せ方がうますぎる。まるで死人のような顔、強調されたお腹。人生に絶望しきっているかのような、人間が、突如、正気に満ち溢れた表情と、まるで後ろから後光が差しているかのような姿に変わる。

それに加え、見せていただいたシャワールームやら、プライベートジムがいちいちお洒落で、通っているだけで自分すげー、と思わされるような空間なのだ。これなら、無料カウンセリングをしている意味もうなずける。
一通り説明が終わり、いよいよクロージング。料金説明の段階にはいる。

「お客様の体重ですと、2か月プランで十分かと思われますので、こちらになりますね。」

手のひらで指された料金に目をやる。

高っ!!!!!!
いやいやいやいや、これはやっばいすよ。天狼院のゼミ制覇してもお釣りきますよこれ。

「一週間に2回来ていただく計算ですので、1回あたりはこちらのお値段になります」

涼しい顔で話を続けるスタッフさん。きっと、今まで何百回、何千回と同じようなことを言ってきたのだろう。僕一人が断ったところで痛くもかゆくもないだろうけど、その目には「入会」に二文字が透けて見えた気がした。

「ち、ちなみに、分割払いとかは可能なんでしょうか」

「はい、頭金を払っていただいた後は60回まで分割可能になっております」

60回……! 一瞬心が揺らいだ。60回だと一月数千円、それなら今の僕にも払えるかも。いやいやいや、待て待て待て冷静になるんだ。整理しよう。RIZAPがやってくれることは、徹底した食事管理と、マンツーマンのサポート体制。今入会すれば、確実に夏ごろにいい感じの体が手に入る。それはつまり、水着をカッコよく着こなせるということであり、海に行けばかわいい水着ギャルの視線を独り占めに出来て、ウハウハということ。って、何入会する気持ちに傾いてるんだ。いや、入会してもいいんだけど、60回って冷静になろう。頭金除いても、数年間は払い続けるんだぞ。もし、失業して金払えなくなったらどうすんだ。

脳みその歯車が一斉に稼働する。

「絶対に、お客様ならカッコよくなれると思いますよ! 身長もありますし、絶対モテるようになりますよ!」

力説してくる受付のお姉さん。ただ、その言葉を聞いた瞬間なんか冷めてしまった。多分、入会しろ感が、お姉さんからあまりにですぎてしまったのだと思う。人は、相手が自分の利益よりも、相手自身の利益のほうが比重が高くなった瞬間、それに気づいてしまうのかもしれない。

「もしよろしければ、次回のご予約をお取りいたしますが」
「次回の予約?」
「はい、もし入会なさる場合、講座の登録などが必要となってきますので」
「あー、なるほどですねー。とりあえず、今日のところは持ち帰らせてください。また連絡します」
と言うわけで、結局入会はしなかった。最後までお姉さんは「絶対カッコよくなりますよ!」と言い続けた。逆三角形のマッチョなトレーナーの方まで紹介してくれた。お試しのプロテインもくれた。

帰り道、どうせなら、自分で食事制限くらいしてみるか、と思い、今日の朝から初めてみた。
食事制限くらい、お金払わなくたって、やってやらぁ。
朝ご飯はプロテイン。昼食はご飯を抜いて、高たんぱく低脂質のものを食べた。夜も絶対頑張るぞ、と思っていた矢先。家に帰って目に飛び込むは、大阪のお土産「月の雫」というお饅頭。

あ……ありのまま今起こった事を話すぜ!

「おれは、目の前に月の雫があると思っていたら、いつのまにかそいつがなくなっていたんだ」

な……何を言っているのかわからねーと思うが、おれも何をしたのかわからなかった……頭がどうにかなりそうだった……チョコボールだとかハイチュウだとかそんなチャチなもんじゃあ断じてねえ、もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……

うん。

やっぱり、ライザップに通ったほうがいかもしれない。
お金が貯まったら、考えよう。

ズンチャ、ズンチャ。ズンチャ、ズンチャ。
トゥートゥットゥトゥ、トゥートゥットゥトゥ、トゥートゥットゥトゥ、トゥートゥットゥトゥ。

 

***
この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
「ライティング・ゼミ」のメンバーになり直近のイベントに参加していただけると、記事を寄稿していただき、店主三浦のOKが出ればWEB天狼院の記事として掲載することができます。

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2016-07-01 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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