メディアグランプリ

温泉リセット、宙に浮く


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記事:九條心華(ライティング・ゼミNEO)
 
 
最高に癒された。
温泉リラクゼーションをしに、伊豆天城の船原温泉に行ってきた。ものわすれの湯、船原館に泊まる。
 
いかにも温泉の旅のように書いたが、忘れてはならない、本当はボイストレーニングの合宿だった。そもそも、この宿のことを知ったのは、ボイストレーニングの教室だった。毎年のように船原館で合宿をしていて、その宿が料理も温泉もすばらしいと皆が口をそろえて言う。クラスに入ったばかりの私はすぐに行きたい!と思ったけれど、なかなかその合宿は開催されず、そのうちコロナになった。
 
時間に余裕ができたので、一人旅で船原館に泊まろうと思って予約したが、伊豆市に緊急事態宣言が出されて休館されて、結局行けずじまいとなる。
 
その念願の船原館合宿が、ようやく開催されたのだ!修善寺駅から送迎バスで約15分。山奥にあるお宿だ。まわりには何にもない。
 
自由時間に「WATSU」を受けた。WATSU(ワッツ)とは、WATER SHIATSU(指圧)のことで、ハロルド・ダール氏が日本の指圧をもとに考案した水中リラクゼーション法だ。船原館には、ワッツを行うために建てた、「たち湯」がある。深さ120cmの浴槽に、源泉かけ流しで35~37℃に保たれた中で行う究極のリラクゼーションだという。
湯治(とうじ)とは、温泉地に長時間滞在して、病気やけがを癒す温泉療法のことで、昔から人は癒しのために温泉につかった。本当に湯治をしようと思ったら、一廻り七日間で、一廻りから三廻りの間らしい。1週間から3週間も滞在するほど休日をとるのは難しい現代、短期間でも湯治(とうじ)の効果が上がるというワッツを行っているのだという。
 
水着を着て温泉につかる。温泉の中で施術してくださる宿のご主人が、やさしく誘導してくださる。私は温泉にふわふわと浮かぶ。私のからだの状態にあわせて、ゆったりとした流れで手や足を動かされる。力を入れようとすると、バランスを崩して沈んでいく。力を抜く。何かにしがみつくこともなく、何かをしようとすることもなく、ただ流れに乗って、温泉に身をまかせる。そう、身を委ねたほうがうまくいくのだ。
 
うまくやろうとして動くよりも、ただありのままの自分でいるだけのほうがうまくいく。
 
ボイストレーニングの先生にいつも言われていた。
力を抜いて、がんばらないで。
力を入れているつもりがなくても、無意識に入っている。意識して入れているわけではないから、力の抜きようがない。どうやったら力が抜けるのかがわからなかった。
 
リラックスしているときが、一番力が発揮できるのだという。よりよくしようと意識すればするほど、体に力が入ってこわばっていく。悪循環だ。どうやったら力が抜けるのか。
 
それが、死んだように温泉と一体となれば、ふわーと体が宙に浮いた。浮かぼうとしたら、体は傾いて沈んでいく。温泉に溶けこむ。温泉と一体化する。
 
その浮かんでいるとき、母親の胎内にいるかのようだった。胎内にいたときの記憶はないが、きっとこんなふうに浮かんでいたのだろうなと思った。宇宙に浮かぶというのも、きっとこんな感覚だろう。ああ、胎内と宇宙は似ているな。あれ、胎内と宇宙は同じものだったんだ。
などと思ったりした。
 
まだ明るい日の長い夕方で、たち湯は外の光が入って、明るい空間だった。私は光の球になった気もした。
 
ときおり、ご主人が、私の体をゆったりと動かしてくださり、私の体は素直に流れていく。
伸ばすところは伸ばし、からだはすっかりゆるんで、ほぐされていく。
からみあったり、歪んでいた何かが、整っていく。
 
ちょうどその直前のボイストレーニングで、先生が仰った言葉が思い出される。
「瑞々(みずみず)しい」ということが、とても大切だと感じますと。若々しく、新鮮で生気がある。瑞々しいって、今の状態のことだとふと思った。
水の中にいて、水と一体化して、自分の中の水も外の水も同じ水で、みずみずしい。その水にすべてをまかせている。
 
ゆっくり呼吸をする。息を吐くとすこし沈み、息を吸うと浮かび上がる。空気が肺に入るから。
 
水の中をたゆたいながら、全身がほぐれていった。私がリセットされた。
 
なんて清々しいんだろうか。
 
温泉につかって、おいしいお料理をいただいて、よく寝た。
 
翌朝、早朝に、山のふもとで声を出した。
「やっほー!!!」
 
雨上がりの清らかな景色が、信じられないほど輝いていた。私たちの気が、空に向かって立ち上っていくのが見えた。エネルギーが充電された。
 
この宿は、日常のいやなことをわすれられるらしい。でも、ときどきたいせつなことも忘れるので注意と書いてあった。
 
大満足して、宿にお別れを告げた。
 
女将さんが慌ててやってきた。渡された忘れものは私の水着だ。お部屋に水着を干しっぱなしだった。
 
 
 
 
***
 
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2022-05-17 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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