メディアグランプリ

【想定外】の連鎖の果に


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:山口萬里(ライティング・ゼミ2月コース)
 
 
2021年の秋を失くしたのは、一本の電話のせいだった。
 
お盆過ぎの暑い日に、その電話はかかってきた。学生時代のグループ仲間で、京都に住む友人だった。懐かしさで、元気よく応答したまではよかったが、いよいよ本題に入ってびっくり。いやいや、それはないよ!
 
 
件の友は、詩人である。
彼の持論は、漢字は「正字であるべし」という。それが彼のモットーである、と元々彼をグループに連れてきた先輩の紹介の弁を記憶している。
 
若い時代に、彼は数冊の詩集を自費出版している。装丁の方は、好事家の先輩が自ら買って出て、なかなか凝った仕上がりの本だった。同じグループ仲間の一人が、文豪も垂涎と言われていた活字で有名な「精興社」に勤めていたから、それを頼っての自費出版。ぜいたくだな〜、と思ったものだ。
 
 
「久しぶりなんだけど、また自費出版しますねん。それで、装丁の方をやってくれる人がいなくて……山口さんにお願いしたいと思って……」
「ちょ、ちょっと待ってよ! わたしは、それは門外漢だから無理だよ」
「そんなことないですよ。あてがないのでなんとかお願いしますよ」
 
好事家の先輩が手を出してくれるのが、一番いいのだ。けれど、先輩は療養で施設に入ったままの現状である。わたしは初級者向けに版画を教えたりはしているが、正直、自分のデザイン力が小学生並みであることも自認している。過去の経緯は一応知ってはいるが……。これは無理だよ! みんなぶち壊しにしかねない。
 
電話口でお互いに行きつ戻りつしながら、状況的にはここにたどり着くよりほかないんだよなー、という気持ちも自分には生じてくる。天秤は右に左に落ち着きなく振れていたが、エイ! なるようになれ! とじれったくなったわたしは、OKを出していた。とにかく、これは想定外の依頼だった。
 
日をおいて、ゲラや資料が束になって届けられた。しかし、難解な詩文と漢文の資料に目を通しても、装丁に象徴させるようなまとまりのあるイメージは、さっぱり湧いてこないのであった。
 
ゲラを見ると、今回は「一千行詩」という副題も付いて、詩文が連続して一千行で一冊をなすのである。次の例のような、「三行」を単位としながら。
*本文の漢字の脇ルビは、行末()内にルビ表記でまとめておく。
 
傷口の あゝ ほころぶ 黑衣      (きずぐち / くろご)
戀ふ しぐさ 聲 をさない 翁     (こ / こえ / おきな)
身をも こゝろも 脫けおちる 母語   (み / ぬ / ぼご)
 
正直、難解であって、凡夫の理解を越えている。ただ、一行目と三行目の文末は必ず韻を踏んである。韻のサンドイッチがずらりと並んで、一書をなしているという感じだ。だから、ずっと読んでいるとリズムが生まれる。
 
 
なにかヒントを、なにかヒントをと思い巡らすだけのうちに、ひと月はあっという間に過ぎた。もう10月になっちゃうじゃないか、進行の報告もしなくちゃならないのに。12月31日発行と言っていたな。じゃ、まだ3ヶ月はあるか、と気分的にゆとりがありそうな気がしたが、それは勘違いだ。
 
出版の仕事は年内に一区切りつけるから、12月の印刷所というのは地獄なのだ。一ヶ月以上前に入稿しておかないと、年内は受け付けてくれない可能性がある。忘れてたー。じゃ11月末に入稿としても、あと一ヶ月半の余裕しかないないじゃないか。一気に頭がパニックになりだしたところに、待っていられなくなって催促の電話が入った。
 
正直、わたしの頭の中はまだ白紙状態だった。デザインの核にすべき図柄のイメージが、まったく湧いてこないのだ。なにか全体から、古代の祭器のようなイメージが感じられるといいいいんだが……と電話を切ったあと考えていた。
 
そのとき、想定外のことが起こった。愛知県田原市の旧い生徒さんから、野菜が届いたのだ。お礼状を書くために、田原市のサイトをチェックしてみた。すると、田原で出土した土器の画像が出てきた。あ、これ丁度いい雰囲気じゃないか! 早速ラインを取って参考にし、表紙イメージを考えてみた。
 
この想定外のプレゼントが、作業のきっかけを与えてくれたのだ。イメージが次々と連鎖していき、図柄がひとつの形にまとまった。「魂(こん)」と「魄(はく)」という書籍タイトルの二項対立が、デザインイメージの核である。木版画の表紙にしたいという著者の意向を受けて、木版の重要技法である「ぼかし摺り」を多用して、朦朧としたイメージを強調することにした。
 
デザインサンプルを送り、さらに著者と束見本の検討を重ね、暗いイメージになるから表表紙は黒でなく別色にという要望に合わせ、和風色の「たんぽぽ色」の黃に置き換えてもらった。期せずして表裏で昼夜・明暗の対立が生まれ、イメージが強化されていった。
 
こうして想定外の仕事は無事終了し、予定通り12月31日大晦日発行が実行された。しかし、終了して振り返ってみたら、「秋」が失われていたのだ。大好きな秋がいつの間にか素通りしていて、季節は冬の顔になっていたのだった。
 
 
完成した本を頒けていただき、無事正月を越した。ただし、頭はまだもぬけの殻状態なのだ。なにもやる気のしないまま、暇つぶしのネットサーフィンで偶然出てきた記事に目を通していた。なんだか面白いぞ。次へ次へと読み進み、結構長い文章を最後まで読了してしまった。
 
それからである。パソコンを開くたびに、天狼院書店の「ライティング・ゼミ」という広告が、画面の随所から飛び出してくる。興味本位で飛びついて無駄にするようなことは、もうしない! 自制心強く無視していたのだが、なぜか気になってつい開いてしまった。おお、なんだか面白そうな講座じゃないか! トライするのも悪くないな。そう思う一方、何でも自分本位に理屈をつけて、今まで何回後悔した? という理性の声も聞こえてくる。
 
そこでもまた、予期せぬことが起こった。封書が届いたのだ。
 
お礼はいらないよ、と固辞していたのだが、それではあんまりと友人が装丁のお礼に商品券を送ってきたのだ。その額が、なんとゼミ費用とトントン。これは神の声だな、と瞬間考えた。商品券で持っていると、ダラダラと無駄遣いしてしまう。それより今後に活かす投資をすべきだ。今でしょ! と神様が後押ししている!
 
 
こうしてわたしは天狼院ゼミ生になり、毎週一回の課題文を提出することになった。終了まで16回の課題提出があったのだが、一回だけネタが思いつかず、さぼってしまったのが今となっては悔しい。
 
今回が最後の課題、せっかくだからゼミを受けるきっかけをくれた出来事を書こう。そして、「おあとがよろしいようで……」と消えるのが一番いいかなと思いついた。でも、そういう意味で振り返ると、わたしの長い人生、結構あちらこちらで【想定外】の出来事によって、成り立ってきているじゃないか。じゃあ、これからもどんな【想定外】が現れるのか、楽しみに生きちゃろう。
 
 
 
 
***
 
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2022-06-08 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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