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焦げついた恋心


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:梨沙(ライティング・ゼミNEO)
 
 
月曜日の朝、ぼんやりした頭でオフィスに入ったら、ベリーショートの後頭部が視界に入って目が覚めた。入り口近くに座る女の子が、髪を切ったようだった。それも、かなりバッサリと。すらりと伸びた二の腕と、白くてほっそりしたうなじが露わになっていて、同性ながらドキリとする。随分と思い切った様子にチラチラ様子をうかがっていると、
「先週末が結婚式だったんですよね!」
と、隣の後輩が耳打ちしてくれた。なるほど、それで結婚式のために伸ばしていた髪を切ったというわけか。幸せオーラともいうべき色気が、髪を切った開放感で全身から大放出されているわけである。なんとも眩しい。
 
「昼休みに写真見せてもらいましょうね!」
後輩の勢いに押されて、こちらも負けじとキラキラしたテンションで答えておく。
「そうね、そうしよう! 絶対に可愛い!」
久しぶりにこんな話題が降ってきたような気がして、月曜日のザラザラとした心が、少し潤った気がした。
 
そう、それなのにだ。どうしてこうなるのか。
内側からジリジリと焦げついた臭いがする。私は、また、彼のことを思い出してしまっている。高校時代の片思いの記憶。卒業から20年も経ち、私自身、結婚もして楽しく暮らしているというのに、それなのに。未だにしっかりとこびりついているのだから、私も大概しつこいと思う。仮に、彼をK君としておく。K君とは高校の1年生が同じクラスで、いつも遊ぶメンバーの1人だった。教室の片隅で本を読んでいる姿に一目惚れしたのが始まりだ。彼が読んでいたのは文豪でもなんでもなく、ただのラノベだったのだけれど、多分、その本と顎の角度にメガネの要素が加わって、落ちてしまったのだと思う。
 
高校生の馬鹿正直な恋心は、あっという間に周囲の知るところとなり、当のK君にも確実に伝わっていた。日に日に膨らむ恋心ははち切れて、文化祭を終えた秋の日、私は意を決して告白した。そして……見事に玉砕した。
 
「もう少し、前に告白しれくれれば良かったのに……」
 
これがお断りの台詞だった。不穏な言葉を残して自転車で去っていった彼の姿が、今でもハッキリと瞼の裏に残っている。後から分かったことだったけれど、この数週間前に彼は元カノとヨリを戻したらしかった。タイミングが悪いにも程がある。もう少しって、どのくらい前なら良かったのか。逆にこのまま別れるのを待っていれば、またこちらに振り向いてくれるのだろうか……。この酷い台詞が、私の心に微妙に期待を残していって、高校3年間を棒に振ったのは言うまでもない。高校を卒業し、大学生になっても、グループでの交友関係は続いた。私の未練もズルズル続いた。もはや執念だったのかもしれない。
 
大学を卒業すると、K君は地元を離れ就職した。物理的にも距離が離れ、みな社会人になり集まる機会が減ったことは、狂ったように燃え続けていた私には丁度いい冷却期間になったのだろう。次第に火が小さくなった頃、私は今の旦那さんと出会った。そして、結婚が決まった夏休みに、いつものグループにそれを報告したのだった。
 
どこかの居酒屋でワイワイ飲みながら、女の子たちに指輪を見せていると、ふと目の前が暗くなった。K君が座ったらしかった。珍しい出来事にこちら側の会話がピタリと止まった。私が玉砕したあの日から、なんとなくグループでいても距離をとっていた彼が、向こうから近づいてくるなんて、おかしい。じっと様子をうかがうけれど、K君は横を向いたまま何も言わない。私も前を向けない。ただ気まずい沈黙だけが流れている。友人たちは私とK君を交互に見やり、そっと別の席へ移っていった。なんなんだ、なんなんだ。とりあえず、おめでとうの一つでも言って喋り出してくれないだろうか。私が耐えきれずソワソワ動き出した、その時だった。
 
パッと私の手をK君が取った。瞬間、心臓が大きく打つ。
K君が、指輪の嵌った私の左手をじっと見つめている。彼の長い指が、その左手の指輪をかすかに揺らしている。左手だけに熱が集まって、変な汗が背中を伝っていく。
 
「結婚、するんだね」
 
どれだけそうしていたのか、ようやく彼は一言だけつぶやいた。そして、左手に嵌った指輪をもう一度だけ揺らすと、手はゆっくりと離れていく。
 
どう、答えるべきか。火照った頭はうまく働かない。
こういうところだ。こういうところが、大嫌いなんだ。
嫌いで、嫌いで、どうしようもなく離れられなかったんだ。
 
ぎゅっと両手を握り合わせ、思い切り息を吸い込んだ。
 
「うん!」
 
勢いよく返事をした。
たぶん、私は今、笑顔を浮かべられているはずだ。
彼は一度も見たことのない最上級の微笑みで。
 
温かいような、寂しいような、よく分からないけれど、泣きたくなった。
きっとどこまで行っても、私たちの糸が絡まることはない。
微かに触れ合って、きっとまた解けていってしまうのだろう。
それが、わかってしまった気がしたからだ。もう、これでおしまい。
 
バッサリ髪を切った彼女を見て、思い出したのは、何故かあの日のことだった。
今ではすっかり同級生たちとも会わなくなってしまったし、K君が今どこで何をしているか、私には分からない。あの日の出来事すら、私の執念が作り上げた幻だったのかもしれないとすら思う。
 
ただ、一つだけ。
ほんの豆粒程度でも彼の記憶に私の笑顔が焦げついていたらいい。
そう意地悪く、今も私は彼に恋をしている。
 
 
 
 
***
 
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