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本人には言わないけど、実は私はチエコに憧れていた。


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記事: 辰巳葉子(ライティング・ゼミ)

 

「もしもし……あの、予約をお願いしたいんですが……」

「はい、ありがとうございます。お名前をお願いします。」

 

「チエコです。」

 

「……はい、チエコさん? なにチエコさんですか?」

 

「チエコだってばーっ!!」

と、電話があったのは、1年くらい前のことだった。

 

 

チエコは女子高時代の同級生。中学から続けている軟式テニスのおかげで、いつも日に焼けて健康的な肌の色で、よく笑うクラスの人気者だった。

 

「ひぇ~~っ!?」としか、驚きすぎて声の出ない私に、

「連絡先がわからないからさ、ネットで名前検索したらホームページ見つけたから電話したの」という。

高校を卒業してからだから、どれだけ時間がたっているんだろう?

卒業以来、逢っていない……というか、逢った記憶がない。

私が通っていた女子高は、都内の皇居の近くにあった。

チエコとは高校1年と3年の時に、同じクラスになっていて、正反対の性格だったけれども、楽しい時間を過ごした記憶がある。

学校は中等部から上がってくる生徒と、高等部から入学する生徒がいて、45人のクラスが10クラスもある女子がわんさかいる賑やかな学校だった。

チエコは中等部から上がってきた生徒で、友達もたくさんいて、先生たちにも一目おかれている優等生だった。軟式テニスでインターハイを目指して、毎日のように練習に励んでいたのを覚えている。

 

私は高等部からの入学組で、友だちはほんの少しいればいいタイプだったし、クラブ活動は美術部で、黙って自分の世界に入りこんでデッサンをする日々を送っていた。

 

そのころ漫画の「エースをねらえ!!」が流行ったので、私も中学までテニスをしていたから、美術部の部室の窓からチエコたちの練習を見るのが好きだった。

 

人気者のチエコは活発で、学級委員をまかされたり、クラスのリーダー的存在だった。

私たちの女子高は大学進学は少数派だったけれど、私は美術大学を目指して進学して、チエコは専門学校へ進んでいた。

 

私は美術大学に入ると友達もできて、ほとんど女子高の時の友人とは会うことがなくなっていた。そして京都に就職して東京を離れたので、まったく交流はなくなっていたと思い込んでいた。

 

チエコによると、年に1~2回くらい、秘境をひとり旅している私から絵ハガキが届いたらしい。

20代の頃の私の旅は、秘境を目指すバックパッカーだったから、私はすっかり忘れていたけど、パプアニューギニアやメキシコ、グアテマラ、ネパール、タイ、チェコからハガキが届いたよと言われると、確かに一人旅した国だから送っていたのは間違いないみたいだ。

 

それも、旅先から出すハガキは、秘境から投函するので、本人が日本に帰ってきてから届くケースが多かったみたいだった。

 

チエコからは私が京都で働いている頃、結婚しましたって写真を1枚送ってくれた記憶はある。

 

懐かしさもあって、女子高時代の仲良したち10人と久しぶりに会うことになった。

女子高時代を一緒に過ごした女子たちは、逢うなり一瞬であの頃に返る。

「みんな変わらないね~」とは言うけど、それぞれ貫禄もつき、お肉もつき、シワも蓄えている。

 

その中で1番変わっていたのは、チエコだった。

活発だった面影は全くなく、初夏の日差しに長袖と着こみ、日傘をさして立っている。

おとなしく品良くしているけど、カラダから発するエネルギーが全く元気がない。

色白でマシュマロのように、ふっくらとしている。

 

こんなとき、カラダの専門家の私は、チエコからなにか病的なものを感じてしまっていた。

 

「どうした?」って聞くと、

「ストレスでホルモンの病気になって、無理ができなくなった」とだけチエコは答えた。

歯切れの悪い会話だったので、それ以上聞かないでほしいのだと思い、私は黙った。

 

 

それからはチエコと連絡をまめにとって、核心部分は聞かなかったけれど、体調の変化や日々の暮らしなどLINEで話す機会が増えた。

 

みんなで会ってから半年近くたって、チエコがふたりで会ってランチでもしようと言いだしたので、女子高時代の寄り道した神楽坂の甘味処「紀の善」へ行った。

当時700円だったとり釜飯は、1,200円に値上がりしていて驚いた。

 

とり釜飯の値段にも驚いたけど、チエコの変わりように驚いたランチだった。

 

半年前の病的な雰囲気は一転して、マシュマロのようにふっくらとむくんでた顔もカラダも、すっかりスッキリしたチエコがそこにいた。

 

「どうした?」って聞くと、

「離婚が成立して、子ども2人つれて実家に帰った」とぽつっと答えた。

笑顔がすっかり女子高時代の活発なチエコだった。

「なんだかさ、割り切ったら楽になっちゃった」といって、コロコロケラケラ笑う。

私もつられて笑う。

ふたりでコロコロケラケラだ。

 

「わたしさ、ヨーコみたいになりたいんだよね」

「自立して子どもをちゃんと1人前にしたら、自分の自由なことして暮らしたい」とチエコは言う。

 

反対だ。

実は私はチエコに憧れていた。

人気者で運動神経もよかったし、よく気がつくし、お嬢さん育ちで品がいい。

チエコは両親とも仲がいいし、姉さんもいる。

旦那には恵まれなかったとはいえ、かわいい娘が二人いる。

 

私は月に1日くらいならば、チエコになってもいいかなぁと思うこともある。

いつも賑やかで周りに人が集まり、チエコがいると空気が優しくなって居心地が良いのだ。

 

チエコとは正反対で、私は結婚もせず、ひとり暮らしをずっと続けている。

「ひとり暮らしを甘く見るなよ」

「いきなりひとりになったら、淋しくて死ぬぞ」と私は反論する。

 

「もー!! ひとりになりたーいっ!!」とチエコが叫ぶ。

 

私はどちらかというと、人との深い関わり合いが得意ではない。

面倒くさいことはなるべく避けたいと思うタイプだ。

 

だけどときどき思う。

 

チエコのように、生身の人間とこすれあって、切磋琢磨されて、人間味が増していく人生にあこがれる。元気なチエコは、少々声が大きくて、好き嫌いがはっきりしすぎているけれども……。

 

私が男性であって、人生の相棒にするならば、チエコのような女性がいいと思っている。

***
この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
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2016-08-19 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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