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殺し屋のいる書店 ≪天狼院プラチナ便り≫


088981

 

記事:野呂

 

 

この本屋には、殺し屋がいる……

 

そのことに気づいたのは、

私がここで働くようになったのがちょうど一年前の夏だったことを考えると、

結構あとになってからだったのかもしれない。

 

春になったときには、まだ気づいていなかった。

梅雨明けしたころには、もう気づいていた。

 

 

この本屋の持つ異様さ、怪しい雰囲気は、ここで働くようになる前から感じていた。

でもそれが、

この平和な日本の、平和な時代にあって、まさか死、それも殺しの臭いだったとは。

 

 

 

とはいえ、私が「殺し屋」と呼ばれるような人に出会ったのは、この本屋が初めてではない。

 

私が初めて出会った殺し屋は、高校に入学してすぐに出会った、二つ上の先輩だった。

もちろん、「殺し屋」をしていることなど、初めて会ったときには、想像しようもない。

 

それまで、殺し屋と呼ばれる人など見たこともないし、日本からずっと遠くの国か、作り話の中の住人だと思っていた。
いたとしても、凡人の私には関係のない話で、知っている方が問題である。
でも、その人に初めて会った時、体に、恐れにも似た衝撃が走ったのを今でも忘れられない。

 

あ……なんか違う、今まで会った他の人とは、何かが違う、
でも、いったい、何が……

 

その後少しずつ、その謎の先輩のことを知っていくことになる。
そしてある日、彼の、衝撃的で突然の告白を聞くことになる。

 

 

-僕ね、「殺し」をやってるんだ、

別にゲームでもなんでもなく、ちょっと、結構本気で……

 

 

 

澄んだ、落ち着いて色のない目をした先輩には、

「本気」という熱っぽく、かつ手垢のついた言葉は、少し不釣り合いのような気がした。

 

それに、「ちょっと」と「結構」の相反する言葉を添えるあたりに、本気度と、本気度からくる照れが伺える。

 

「殺し」をやっている、という、とても俄かには信じがたい事実を告げられたにも関わらず、

それを聞いた時の私は、驚いたというよりも、

 

ああ、だからか

 

と、腑に落ちて、喉のつっかえが取れたような、安堵感さえ感じていた。

 

 

普通なら、殺しをやっているなんて衝撃の事実を打ち明けられたなら、

 

いつから? どんな人を? 何のために?

そんなことして危険じゃないの?

 

……など、聞くことは、いろいろあっただろう。

 

でも、彼の口調が、

何か自分の大事な宝物をそっと見せてくれるような、静かなきらめきに満ちた口調だったからか、

そういった質問をする代わりに、私は不思議と、こう答えていた。

 

 

―いつか、見せてください。きっと。

 

―うん、いつかね。

 

 

 

まもなく、彼は受験で忙しくなり、寒くなっていくにつれて、会うことは少なくなっていった。

 

数か月が経ち、先輩の卒業も間近になった。

外は相変わらず寒かったが、その中でも

校門から続く、桜の木々の枝が、少しずつ少しずつ空を目指して上へ上へと伸びているのを

毎日飽きずに眺めて歩いた。

 

先輩が卒業したら、私、どうなっちゃうんだろう。

あの約束は、どうなっちゃうんだろう……。

 

もちろん、恐ろしい気もしていた。でも、

道徳的な善悪や、今までの常識とは全く違う次元に存在する何かに、触れてみたいという気持ちの方が強かった。

それはもう、衝動のようなもので、私にはどうしようもなかった。

 

 

数か月ぶりの再会は、もう卒業式まであと数日、という少し暖かい日だった。

 

先輩の謎の魅力に憑りつかれていた私は、その日の別れ際に

―卒業しても、たまにでいいから、会ってくれますか?

そう聞くつもりで、ずっと明るく振る舞っていた。

 

ずっと溜めていた、その言葉を口にしようと、息を吸い込んだとき、

 

―今日で、会うのは、最後にしよう。

 

透き通って、空の見えない糸のような声は、そう言った。いっそ、見えないことにしたかった。

 

私の頭の中の時計の針が、その瞬間で止まってしまった。そして、私のまわりの時間がぐにゃぐにゃと、歪みだす……

 

―どうして……ずっと、ずっと待っていたのに……

どうしてもっと早く、言ってくれなかったんですか……

 

思考よりも先に言葉が出る。

「どうしてもっと早く」ということは、もっとずっと前から、こうなることは私も分かっていたのだ。頭のどこかで。

 

―ごめん。

 

―それじゃあ、あの約束は……

 

―ああ……うん、そうだね、

じゃあ、卒業式の日に。下駄箱で。

 

その後、どんな言葉を交わして別れたのかは覚えていない。

気づいた時には駅で目を真っ赤に腫らして泣いて、一通り涙で洗い流したら、意外と大丈夫な気がして、

いつもより強く地面を踏みしめながら、日の光がぽかぽかと暖かい昼の道を歩いて帰ったのは覚えている。

 

数日経って、問題のその日がやってきた。

式は何の不審なこともなく進んだ。在校生の私の位置からは、「殺し屋」の姿は見えない。

 

ただ、式の最初の方で、卒業生が一人ずつ呼名され、その場に起立するという場面があったので、なんとなくの場所は分かっている。

 

これから何が起こるのだろうと、不謹慎にも少しワクワクしながら、その時を待っていた。

しかし、何事もなく、卒業生は、後輩吹奏楽部の演奏に背中を押されながら、ぞろぞろと退場していった。

 

 

あれ、さすがに、「殺し」なんて、嘘だったのかな。

まぁそれもそうか、この平和な日本で、普通の高校生が、殺しなんてするわけないよね。

一体どうやって、誰を、何のために殺すというのだろう。

 

そんなことを本気で信じていたなんて、騙されやすいにもほどがある。

ちょっと謎めいた雰囲気の男の子が、ちょっとお頭の弱い後輩を冗談でからかうなんて、普通にあり得る話だし、

よりによって、殺しをやってるなんて冗談に何か月も騙されて、別れを告げられてもなお、見せてもらえると思ってるなんて、

馬鹿すぎて逆に信じられない……。

 

このとき私はやっと思春期特有? の、変な熱が醒めたのだろう。

そして、卒業式という区切りを終えて、なんだか空気が少し新しくなった階段を勢いよく駆け下りる。

 

新学期には、違う場所に移動しちゃうんだなー、と思いながら、いつもの下駄箱に手をかけたとき、

 

 

―はらり

 

と、何かが落ちた。

なんだろう、と屈んだその瞬間、忘れていた最後のあの一言が頭の中に鮮明に蘇った。

 

 

 

―ああ……うん、そうだね、

じゃあ、卒業式の日に。下駄箱で。

 

 

……下駄箱!!

 

 

 

急に心臓の鼓動が早くなる。

おそるおそる、さっき地面に落ちた何かを拾う。

 

 

 

茶色の封筒。

 

 

 

まわりに誰もいないことを確認して、中を確認する。

 

 

 

出てきたのは、

 

 

 

一枚の写真だった。

 

 

 

手のひらの写真の枠いっぱいに広がる、満開の大きな桜。

その下で、仲睦まじくベンチに座る、穏やかな老夫婦。

 

そのまぶしさと、あたたかさに私はふうっとため息をついた。

 

 

 

 

彼は、

 

 

ちょっとした、「写真家」だったのだ。

 

 

後に、その写真は何かのコンテストで賞をとったときの写真だと知った。

 

 

黒くてごつく、重たい機材を構え、きゅっと脇をしめ、ファインダーを覗き、被写体にピントを合わせる。

 

「その一瞬」を捕まえるべく、集中力を最大限にして、でも余分な力は入れず、余分な感情は入れず、意識を研ぎ澄ます。

 

そうして「いい」写真を追い続けた目は、自然と、どこか濁りのない、落ち着いた、異様な静けさを持つものになっていくのかもしれない。

私はその目に、初めて出会ったその日にはもう、射抜かれていたのだ。

 

 

それから、その先輩には、会っていない。

 

彼の目によって私の一瞬を「殺される」ことが、恐ろしく思いながらも、少し快感でもあった私は、写真になって、彼にどう見えていたのかを知ることはなかった。

 

 

「殺し屋」のいる書店、天狼院書店。

 

 

ここは、本屋さんであると同時に、「殺し屋養成所」としての顔も持つ。

 

毎回、一人ひとり、プロの「殺し屋」から作品への講評ももらい、自分の癖や、強味も知りながら、技術を高めていくことができる。

 

 

カメラを構えるということは、写真を撮り続けるということは、

‘カメラマンズアイ’ を手に入れるということ。

それまでの日常を、違った角度で切り取ったり、ふとした日常から非日常を拾うということ。

 

その瞬間を瞬間冷凍して、永遠のものにするということ。

その瞬間を殺して、この世に存在しない別のものに変えてしまうということ。

 

 

そんな「魔法の目」があったら、そして、そんな自分の目で見たものを、他の人にも見える形にできるというなら、

今すぐにでもこの凡庸な目玉をくり抜いて、「殺し屋」という悪魔に捧げてもいい。

 

幸か不幸か、その「魔法の目」は、交換によって一瞬にして手にできるものではなく、

私に備わっているこの目玉が潜在的に持つ「魔法」を訓練によって引き出すことでしか手に入れることができない。

 

スマホの写真ですら、いつも適当な私には、自分が何を撮りたいのかも、どんなカメラを欲しているのかも、漠然としていてよく分からない。

 

でも、‘カメラマンズアイ’ には強い憧れを抱く。

何から始めたらいいのか分からない私にも、カメラの基本のキから教えてくれる。

 

今週は、その基本のキを解説しているフォトゼミ(別名:殺し屋養成講座 私がさっき勝手に名付けました)の

第1講の講義ノートをプラチナノートで配信します。

 

フォトゼミの詳細はこちら↓
《天狼院・旅フォトゼミ 》学んで、撮って、旅に出る〜世界を見つめる“カメラマンズアイ”を手に入れろ!〜プロカメラマン榊智朗氏が教える、本気で使える写真講座「天狼院・旅フォトゼミ」

 

フォトゼミ受講生、別コースのフォト部(茜塾:過去の開催例はこちら) の受講生の作品例はこちら↓
天狼院フォトグランプリ2ndシーズン第2戦(8月8日〜8月14日)結果発表!!

 

 

プラチナノートとは、天狼院書店の公式有料マガジンで、

月額1080円で、ゼミを受けていなくても、

天狼院書店で人気のライティング・ゼミやフォトゼミ、女子部、

その他いろいろなゼミやイベントの講義ノートを週一で配信してしまうという、

バラエティ豊かで、なかなかお得なメルマガです。

 

また、ゼミを受講されている方には、復習用に、毎回の音声と動画を共有しておりますが、

プラチナノートは、2時間分の講義の要点を視覚的に見やすいようにまとめているので、

数分でざっと見直したり、復習不足の個所を確認できるようになっており、

講義内容の定着度アップに貢献すること間違いないです。

 

まだ登録されていない方は、最初の一か月はお試しで無料ですし、ちょっと覗いてみませんか?

まぐまぐ! 天狼院プラチナノート

本日19:00配信のフォトゼミ第1講 講義ノートの目次は以下の通りです。

(時間を過ぎてしまってからのご登録でも、 バックナンバーでご覧いただけます)

1.旅フォトゼミが目指すもの
(1)‘カメラマンズアイ’を手に入れること
(2)雑誌『READING LIFE』に掲載されること
(3)写真展に作品を出展すること
2.カメラの基本 ‘FとSS’+‘ISO感度’
(1)大前提 ~光を読む~
(2)カメラの基本1
~‘F’は小さいほど明るい~
(3)カメラの基本2
~‘SS’は小さいほど速い~
(4)もう一つ需要な値:ISO感度
3.いろいろなモード
(1)AVモードはF優先
(2)TVモードはSS優先
(3)A(あるいはLなど、会社によって名称は異なる)モード
(4)おまけ マニュアル
4.撮影後の編集
5.撮影の際のコツ
6.カメラやレンズを選ぶ際のオススメ
(1)ライカと一眼レフのちがい
(2)単焦点レンズとズームレンズのちがい

 

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