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弊社担当の郵便局員に、私は半ば恋していた。


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記事:吉田裕子(ライティング・ゼミ)

「日本郵便です、書留が3通届いております」
「はい、今行きます~」

当時勤めていた会社には、よく書留の郵便物が届いた。それを持ってくるのは、たいてい高野くんという郵便局員だった。この辺りは高野くんの担当エリアだったんだろう。

そして、対応するのはたいてい、その秋から会社の電話番になった私だった。

「吉田さん、最近ホント寒いですね。外回りツライんですよ~」
書留郵便を受け取るときにサインをするからか、いつしか、名前で話しかけられるようになった。そういうことが自然にできる、人懐っこい青年だった。新入社員の23歳だという。当時27歳だった私は内心、彼を「くん付け」で呼んでいた。郵便局の高野くん。

「吉田さん、今日メガネなんですね」
「コンタクト落としちゃったんですよー」
「それはやっちゃいましたね。でも、嫌なことの後にはきっと良いことがありますよ。とりあえず、メガネ似合いますから!」

こんな他愛のない会話をいつもしていた。高野くんはよく、見え透いたお世辞を言って、私を笑わせた。電話番になって数週間経つと、私は、高野くんの来るのが楽しみになっていた。

そもそも私は、高野くんの顔が好きだった。笑うと愛くるしくて、子犬のような印象だった。

一度、街中で会ったときに「吉田さん!!」と笑って手を振ってくれたときには、ちょっとキュンとした。

高野くんの来るのが楽しみだったのには、彼が来るのがいつもお昼前後の時間だったことも影響している。その前の年まで塾講師として働いていた私は、転職して、一日中デスクワークになったことに慣れなかった。午前中、3時間パソコンに向かって集中力の切れた頃に、高野くんがやって来るのだった。

「あー、吉田さん、手が荒れちゃってますよ。ハンドクリーム塗らないとダメですよ~」

そんなちょっとした会話が良い気分転換になっていたのだと思う。

いつしか「お世話になっております、日本郵便です」と名乗っていたのが、「こんにちは、吉田さん。高野です~」と言うようになった。

書留の郵便物がない日や、高野くんではない人が配達に来た日は、「ちぇっ」と思ったりしたものだ。

バレンタインデーにはチョコレートをあげて、ホワイトデーにはお返しをもらった。間違いなく、郵便局員と担当エリアのいちOLという以上の間柄になっていたと思う。中高生の恋のような、初々しい甘酸っぱさを感じていた。

ただ、そのころ、デスクワークは向いていないなぁ、と思った私は、次の転職先を決めた。

新しい仕事に期待が膨らむ一方で、唯一、残念だったのは、高野くんと会えなくなることだった。

私が辞めるからといって、高野くんの方はどうとも思わないかもしれない……、そんな心配はありつつも、正式に退職日が決まったとき、私は、高野くんにその話をした。

「私、一ヶ月後、この会社辞めることになったんだ」

「え、マジっすか。え、残念だなぁ……」

高野くんが残念がってくれたことに、少しホッとした私がいた。

そして、彼の次の言葉は、意外な角度からやってきた。

「じゃあ、あと一ヶ月楽しんでもらえるように、俺、話術鍛えますね!」

その一言だけで私は笑ってしまった。

それから一ヶ月、高野くんは本当に、日々、私を笑わせてくれた。

「この前、エクスパックでキムチを送った人がいたんですよ! おかげで配達した俺の手も、他の郵便物も、キムチ臭ヤバかったんですよ~!」

「親知らず抜いたんですか? じゃあ、ぽっかり空いたそのスペースには俺が入るしかないですね!」

ある日は「吉田さん、俺、とってときのかくし芸をマスターしてきました!」と言い出すから何かと思ったら、

“私の勤める会社のロゴマークを見ないで描いてみせる”

というささやかな芸で、また笑ってしまった。

病める理由が何であれ、会社を辞めることが決まった後の勤務なんて、別に「楽しい!」と感じながらするものではない。そんな気の重い日々の中、お昼どきのその時間だけが楽しみだった。

そして、日は巡り、いよいよ最後の日、彼は私に手紙をくれた。

「後で読んでください。今まで楽しかったです!」
と渡された手紙。

……ラブレターだ。

私はドキドキしながら、それを持って席に戻った。

不用意に開けてはいけないと思い、退勤時まで、そっとカバンにしまっておいた。勤務時間を終え、会社のメンバーから送り出してもらい、ビルを後にしたその足で、会社近くの公園でその手紙を開いた。

「お疲れ様でした。

さびしいですが、
吉田さんが決心して
新しいステージに進むことを
応援しています。

僕には夢があります。

それを叶えるべく
日々頑張っています。

吉田さんの夢も叶うことを
祈っています」

正直言うと、ラブレターだと決めつけていた私は、少し拍子抜けした。

でも、その次の瞬間から、何とも言えない温かい気持ちが胸の中に広がった。

私はこのとき初めて理解し、納得した。

あれは恋ではなかったのだ。
高野くんと私は、一種の「同志」だったのだ。

私が不向きなデスクワークに汲々としていたのと同じように、きっと高野くんも、日々のルーティンワークに辟易する日があったのではないか。

「自分のいるべき場所はここではないのでは?」という思い。
「本当にやりたいことは他にある」という思い。
そんな違和感を抱えながら、嫌々、仕事をこなさなくてはいけないときがあったのではないか。

そのとき、そんな仕事を、ほんの少し楽しく彩っていたのが、あのお昼のひとときだったのかもしれない。自分のやりたいこととは別の、生活のための仕事をこなし、乗り切っていくための助けに、ちょっとはなっていたのかもしれない。

少なくとも、私の方は、「あー、高野くん、今日も頑張ってるな~」と思うことが、自分がじっとこらえて夕方まで仕事をするための、大きな支えになっていた。

……高野くん、ありがとう。

改めて、そう思ったら、ちょっとだけ涙が出てきた。

そう。これが恋ではなかった証拠に、その手紙には、電話番号もメールアドレスも書いていなかった。

あれから4年半。

当然、高野くんとは再会していないし、連絡も取りようがない。

でも、ときどき、私は高野くんのことを思い出している。

そのたび、「頑張ろう」と思う。

ところで、私が高野くんに応援されて飛び込んだのは、フリーランスの国語講師として働く道だった。

大学受験塾だとか、カルチャースクールだとかで国語を教えている。それに加えて、本を書いたり、雑誌でインタビューを受けたりすることもある。2度、テレビに出演したこともある。今週は初めてラジオの生放送に出る。

中高生のころは、自己顕示欲が強くて「有名人になりたい!」とよく思っていた私だけれど、今は別に目立ちたいとはそれほど思わない。

でも、そうやってメディアに出て、有名になるのも良いかもしれない、と思っている理由が一つだけ、ある。

……これはもう祈りに近いのだけど。

いつか、高野くんが、
どこかで、私の名前を
目にしますように。

「あ、吉田さん、頑張っているんだぁ」
と思ってくれますように。

そして、
「よし僕も頑張ろう」
と思ってくれますように。

そのためになら、私は恥をかいてでも有名になりたい。

二度と会えないあなたが、あなた自身の夢を叶えることを祈って、私も、私の夢を歩んでいこうと思う。

※高野くんは仮名です
***
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2016-10-27 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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