笑顔がもたらす効果は最強
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:宇野惠美子(ライティングゼミ10月コース)
幼いころ、ねくらで人見知り、引っ込み思案で消極的だった私には、友だちがいませんでした。友だちが欲しいとも思いませんでした。いつも好んで1人行動。小学校からの下校も1人。遊び相手は、学校からの帰宅途中にあぜ道で見つけるナメクジやバッタ。それらの虫をいじって遊んでいる私のそばに寄ってくる野良犬や野良猫も遊び仲間でした。
当時、集合住宅の1階に住んでいた私は、ベランダにおやつの海苔を持っていき、外を眺めながら海苔を食べるという毎日の楽しみがありました。外で遊んでいる近所の子どもたちを見て楽しむ、それが私の遊びでした。今思えば、私はまるで、動物園に来た見物人を檻の中からモニタリングするサルのようだったと思います。
そんな私を見て、「えみちゃんも、一緒にあーそーぼー!」と声をかけてくれる子もいましたが、「ううん、いい。見よるだけでええけん」と頭を左右に振って断っていました。
そんなサイコパスと言われてもしょうがないような子ども時代を送っていた私は、いつも無表情、または悲しい表情をしていたと、当時を知る同級生は言います。無表情の原因は、虫や動物とばかり遊んで、人と互いに共感して笑い合うという行為が無かったからかもしれません。
幼少期を無表情で過ごした私ですが、今ではいつもニコニコし、辛いことがあっても笑顔でいるくらい、笑顔にならない日はありません。
無表情だった私の顔に笑顔をもたらしてくれたのは、私が中学1年生の時に他界した父方の祖母であるタケ子ばーちゃんでした。
私の両親は共働きで土日も仕事に行くことが多く、また当時6歳年上の姉とは接点がなくあまり仲が良くなかったので、休みのたびに1人で近くに住む祖母のタケ子ばーちゃん家に行っていました。祖母の家に行っても、相変わらず遊び相手は、蟻やミミズなど虫たちでした。
そして、私のことが可愛くてしょうがない祖母は、「これ食べい、あれ食べい」と、仏壇に供えているお菓子を取りに行ってくれ、柿やミカンをむいて私に食べさせてくれていました。時には、こっそりお小遣いをくれることもありました。そうやって、私のことを可愛がり一生懸命に子守りをしてくれていました。
けれど私が中学1年生になると同時に、祖母は老人施設に入り、それっきり会うことがなくなりました。それ以来二度とタケ子ばーちゃんのむいてくれる柿やミカンを食べることはありませんでした。
施設に入って数か月が経ったとても暑い日、学校から帰宅すると珍しく母がいました。「タケ子ばーちゃん、体調が悪くなって病院にいるから、えみちゃんも一緒に行くよ!」と険しい顔で母が言いました。とても焦っている母の様子から、『タケ子ばーちゃん、もう死んだのかも』と私は思っていました。
病室に入ると、お正月ぶりに会う親戚たちが集まっていました。お正月の時とは違う悲しそうな雰囲気に、私の顔は、いつもよりもさらに悲しい表情になっていたかもしれません。
幸いにも祖母はまだ生きてくれていたので、「ばーちゃん、えみこよ」と、眠っているように見える祖母に話しかけました。その声に反応したのか、あるいは大好きな孫の気配を感じ取ったのか、目を開けて「おー、よー来てくれた」と、弱々しいけれど、昔と変わらない優しい声で返してくれました。
それから、声を絞り出すかのようにこう続けました。
「あんたは、ニコニコ笑とるのが1番ええ。あんたは、笑顔がよー似合うんじゃけん、いつも笑とーき」そう私に語り掛けてくれました。それが、祖母が私に掛けた最後の言葉であり、私への最後の贈り物になりました。
けれどそのときの私は、祖母の言った言葉にピンときていませんでした。
祖母の家に行ったとき、私は笑っていただろうか。笑顔だっただろうか。
笑った記憶がなかった私は、祖母がボケてしまっているのか、それか、誰かほかの孫と勘違いしているのかもしれないなどと、祖母の言葉に疑問を感じていました。けれど、そんな私の疑念を消し去るかのように、とうとう祖母が息を引き取ってしまいました。親戚たちに囲まれて嬉しかったのか、うっすら微笑んでいるかのような顔が印象的でした。
それから数日後、葬儀での収骨の際に「こちらが、喉仏です」という言葉を聞いた瞬間、私の目から涙が溢れてきました。祖母が息を引き取るほんの少し前、声を絞り出すように最後に私に言った言葉を思い出したからです。私に伝えたかったこと、笑顔でいること。
祖母といるとき、絶対に、私は笑顔なんかじゃなかった。
もしかすると、祖母は大好きな私の笑顔を見たかったからそう言ったのではないだろうか。
そう思うと、悔し涙があふれてきました。
蟻の行列を眺めている私を祖母はどんな気持ちで眺めていたのだろうか。
そう考えると、後悔の涙が溢れてきました。
もっと、タケ子ばーちゃんと話をすればよかった。一緒に遊べばよかった。肩たたきくらいしてあげればよかった。膝の悪いタケ子ばーちゃんの代わりにお手伝いの1つでもすればよかった。タケ子ばーちゃん孝行すればよかった。
そして何より、タケ子ばーちゃんに私の笑顔を見せればよかった、と後悔しました。
その出来事以来、私は鏡を見て、笑顔を作るようになりました。鏡の中の自分を見ているうちに、無表情の顔よりも笑顔の方がいいなと思い始めました。笑顔が好きになっていきました。
その笑顔は定着し、表情はぐんと明るくなりました。すると、不思議なことに性格までもが明るくなりました。社交的になり、友だちとも遊ぶようになりました。
大人になったころには、笑顔が必須となるモデルの仕事までもするようになりました。
笑顔が幸運を呼んでくれたのです。
祖母の「あんたは、笑顔がよー似合う」と言った言葉は間違っていませんでした。
その祖母からの笑顔という最後の贈り物は、今もなお私の中に大切に持ち続けています。
きっと、天国から私の笑顔を見る祖母も、私と同じくらい笑顔になっていることでしょう。
「タケ子ばーちゃん、笑顔がもたらす効果は最強やね」
***
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