メディアグランプリ

お嬢さん、その切実さ、明日もあるとは限りません


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:大森ちはる(ライティング・ゼミ)

「その子ね、小柄で、ぺたんこ靴で、アメリカンラグシーとかそっち系のセレクトショップっぽい服を着てるんですよ」
大学3年生、21歳の千秋ちゃんは言った。
目の前の中皿に山盛りになっていた4人前の餃子は、どんどん切り崩されてもうあと1段を残すばかり。
彼女は、その一番外側で横向きになっていた餃子をまたひとつ箸先でつまみ上げる。
そして、小皿に出したお店特製の味噌ダレを経由して、口に運ぶ。
ひとしきり咀嚼すると、「マーケットが違いすぎました」と続けた。

平日午後2時、千秋ちゃんとわたしは、駅の改札を出てすぐの高架下にある餃子屋さんにいる。
食べ物のメニューは餃子のみ。
白ごはんさえ置いていない、餃子専門店だ。
生ビールの中ジョッキ2つと餃子の中皿1枚、タレ用の小皿2枚。
それらが乗るテーブルに差し向かいで座るわたしたちは、一回り以上年齢が離れている。
今日は有給休暇だった。
用事を済ませ、「餃子、ビール、餃子、ビール……!」と喉の奥で唱えながらすっからかんの胃袋を抱えて駅のホームで電車を待っていると、「こんにちは」と声をかけられたのだ。
千秋ちゃんは、我が家が週末にモーニングを食べに通う喫茶店でアルバイトをしている。
お互いの名前と肩書き――「大学3年生」と「3歳児の母親」――、同じ駅を最寄りとするまあまあ近所に住んでいることを知るくらいの間柄だ。
それと、マスターを囲んでの雑談から、彼女には好意を寄せている同級生の男の子がいるということと。
先日も、「今度、USJ行くんですよ。サークルのメンバー4人でなんですけどね。ふふ」と嬉しそうにしていた。
喫茶店の外で千秋ちゃんを目にするのは、今日が初めてだった。
彼女が履いている靴のヒールが高くて、いつもはレジでまっすぐ合う目線が、今日は見上げるかたちになる。
わたしの身長が163cmだから、おそらく今日の千秋ちゃんは170cmオーバーだろう。
ああ、自分も娘を妊娠する前まではこれくらいのヒールの靴をばんばん履いていたな、と懐かしく思った。
「今日は大学は?」
「午前2コマだけで、午後は授業なくて」
「そっか、いいなー。それで、今からバイト?」
「いえ、今日はもう帰るだけです。家で映画でも観ようと思います」

「いいねいいね、大学生の生活だね」
などと話しているうちに電車が来た。
平日昼間のがら空きの電車のシートに隣どうしで座る。
至極オーソドックスな形のキャメルのトレンチコートを羽織っているわたしたちは、「双子コーデ」みたいだ。
「大森さんはこれから娘ちゃんのお迎えですか?」
「うん、でもまぁ、とりあえずごはん食べてからね。有休の日のお昼ごはんは餃子とビールって決めてて」
「餃子って、あの餃子屋さん!? ずっと行ってみたかったんです! ご一緒してもいいですか?」
そんなわけで今、わたしはいつもの至福の餃子を、千秋ちゃんは念願のもちもち皮の餃子をぱくついている。

千秋ちゃんの同級生への恋は、フラれる前に散ったそうだ。
ビールが運ばれてくるころ、「もうすぐクリスマスですね。娘ちゃん、サンタさんに何のプレゼントをお願いしたんですか?」と千秋ちゃんがトスを上げてきたので、答えたついでに「そういえば、もうUSJ行った?」と打ってみた結果、「あー……、それ、たぶん、なくなりそうです。『その人』に彼女ができちゃって」と。
相手は、同じサークルの1つ年下の女の子。
「小柄」で、いつも「ぺたんこ靴」を履いて「セレクトショップ系の服」を着た女の子。
女の子の方から、「前から好きでした」と告白したらしい。
「主観というかもはや偏見なんですけど、その3つってそれぞれ、『儚さ』『潔さ』『独創性』だと思うんですよ。
その対極に、わたしの『大柄』『ハイヒールの靴』『百貨店系の服』があって。
だとしたら、そりゃ同じ土俵に立っても適わないなって。
お門違いかもしれないけど、『ぜんぜん違うタイプの子でよかった!』ってすがすがしくて」
餃子に満たされビールでゆるんだ千秋ちゃんは、饒舌に語る。

それを聞いて、千秋ちゃんはわたしだ、と思った。
わたしも大学生の頃、163cmのお世辞にも華奢とは言えない体格で、それをデフォルメするように常にハイヒールの靴を履いていた。
服を着崩したりアレンジしたりするのが苦手で、INDIVIやICBの服をそのままに着るのがしっくりきた。
そして、男の子に選ばれなかった。
選ばれない理由を、千秋ちゃんと同じところに見出した。
しぶとくて、思い切りが悪くて、量産型。
でも今や、その切実さをすっかり忘れている。
鎧のようにいつ何時も放さなかったハイヒールでさえ、4年前に妊娠がわかった翌日に鞍替えした。
ビーチサンダルとくたびれたスニーカー以外のぺたんこ靴を持っていなかったから、大丸に買いに行った。
娘を保育園に預けるようになって、通勤でまたハイヒールを履ける環境になっても、スニーカー――adidasのリレースローとSUPERGAのCotu Classic――ばかり履いている。

切実さって、サンタクロースのプレゼントみたいだ。
期間限定。
今日が、今年が、最後かもしれない。
明日は、来年は、気がついたときにはもう途絶えているかもしれない。
あのとき、あの解像度で、悶々とした気持ちを記録しておけばよかった。
そうしたら今、十数年かけて熟成させたそれを、彼女に伝えられるのに。
おかげさまで、ぼやっと気持ちが蘇っただけだった。
せめてこの気持ちを、ここにしたためておこう。

千秋ちゃんは、ほわほわ軽い足取りで、「クリスマスの土日もバイトしてるので、またモーニング来てくださいね!」と帰っていった。
それまで待たずとも、また今週末に行くけどね。

 

 

 

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2016-12-02 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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