年上のお姉さんが教えてくれた、気になる女性に対してするべきたった一つのこと《プロフェッショナル・ゼミ》
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記事:高橋和之(プロフェッショナル・ゼミ)
「今年で入社4年目の26歳だよ、ちょっと年上のお姉さんです。高橋君よろしくね」
そう言って、握手を求めてきた。
少しだけ茶色く染まった短めの髪、背は僕よりも少し小さいけど、身体の小ささに見合わない元気いっぱいの声。
そして、少し大きくて可愛らしい瞳。
「よろしくお願いします」
照れながら、何とか手をさしのばし、握手をする。
この瞬間に、学生の僕は一目惚れをしてしまった。
この年上のお姉さんに。
「お疲れ様でした」
今日のアルバイトを終えて、控室に入りながら挨拶をした。
「お疲れ様!」
優しい声で返事がきた。
その声にドキッとする。
その声は、バイト先の女性社員、佐々木さん。
本部から派遣されて新宿のネットカフェの副店長をしている。
今、僕は大学4年生、22歳になったばかり。
このネットカフェで接客のバイトをしている。
人付き合いがあまり得意な方ではないので、慣れようと思って接客のバイトを始めた。
でも、普通の飲食店で接客をする自信がないので、漫画が好きだったこともありネットカフェで働くことにした。
その時の新人研修を担当したのが副店長でもある佐々木さんだった。
握手から始まった研修初日から、接客に慣れない自分にいろいろ教えてくれた。
ネットカフェの個室の掃除の仕方、漫画や雑誌の配置、食事の作り方、お店全体の会計について、等々たくさんのことを教えてくれた。
「最初は慣れないことだらけだと思うけど、慣れてくるから頑張ろうね! 分からないことがあったら何でも聞いてね」
そう、優しく言ってくれた。
バイト先には学生が多かったので、佐々木さんは社員と学生の距離を詰めるような態度をとっていた。
そんな、佐々木さんの明るさと優しさは、バイトの男性のみならず、女性にも人気が高かった。
一目惚れをしたとは言え、このままではバイト学生の一人で終わってしまう。
どうすれば、佐々木さんにバイト学生ではなく、「男」として見てもらえるか、と考えてみた。
今は大学4年生とはいえ、この後は就職せずに大学院へ行く。
だから、社会人になるのは早くとも2年以上先。
それまではずっと学生、社会人とならなければ、男としては見てもらえないかもしれない。
もしかしたら、そんなことは気にしないのかもしれないが、やはり仕事ができる男である方がよいのだろう。
結局、バイトをしっかり頑張ることが最善策、と思い一生懸命働いた。
同時に、大学での勉強も効率よく頑張ることでバイトの時間を増やすようにした。
大学のゼミが忙しいので、週に15時間バイトをするのが限界だった。
勉強もバイトも真剣だった。
そして恋愛も。
そんな日が3ヶ月続いた。
3ヶ月も経つとバイトも慣れてきて少し余裕が出てきた。
バイトを頑張ったため、バイトの新人教育のサポートを手伝うようになった。
つまりは、佐々木さんのお手伝いだ。
そのおかげで、佐々木さんともフランクに話せるようになっていた。
恋愛としては進展していないけど、距離は少し縮まった気がした。
ある日のこと、クレープを店内で販売するということになった。
バイト先のネットカフェでは、食事に力を入れていた。
店内で調理をすることがウリであり、他のネットカフェよりも食事の値段は高かったが、お客様からの評判は良かった。
そして、お客様の要望により、甘いものをメニューに加えるためにクレープを販売することになった。
そこで、佐々木さんがクレープの作り方を、バイトに少人数単位で指導することになった。
「高橋君、19時からクレープ作りの練習するよ、後で調理場に来てね」
佐々木さんが声をかけてきた。
「分かりました」
と答えた。
今は18時、1時間後か、と思いながら少し楽しみだった。
気持ちが浮ついて、個室の掃除が少し雑になってしまった。
19時になり調理場へ向かった。
他のバイトはいなかった。
「おー、高橋君。いらっしゃーい」
佐々木さんが笑顔で手を振っている。
調理場は狭いのに。
「よろしくお願いします、他の人は来ないのですか?」
「この時間は高橋君だけだよ」
これはラッキー。
佐々木さんと二人で過ごす時間があるというのは嬉しい。
そう思っていたら、佐々木さんのクレープ講座が始まった。
「クレープ生地はすでに作られているものがあるから、基本的には焼いて、クリームやフルーツをトッピングするだけです」
「結構簡単なんですね」
「そうだよ。うちの会社はフランチャイズ展開しているから、多店舗でできるように、簡素化した手順にしてるからね」
「なるほど」
「でも、油断しないでね。意外と焼くのは難しいよ。特訓した成果をお見せしましょう!」
なぜか気合が入っていた。
そう言いながら、手にクレープの生地を薄く延ばすトンボをとった。
トンボは木製でT字型をしている。
「タ・ケ・コ・プ・ター」
佐々木さんは、モノマネをしながらトンボを頭上に高く掲げた。
確かに形は似ているから気持ちは分かる、でも違う。
「空を自由に飛べますかね、それで」
「もう、ロマンがないなぁ、空を飛べたら楽しそうじゃない、蝶みたいにヒラヒラって」
そう言いながら、自分の携帯のストラップを見せてきた。
「好きなんですか、蝶」
「うん、形が可愛いよね」
「確かにそうですね」
佐々木さんが可愛いというのだから可愛いのだ。
「では、始めます」
そう言って、クレープ生地を銀色の円盤の上に乗せた。
この円盤で薄いクレープを焼くのだ。
「生地を真ん中に乗せたら、後はこのタケコプターでクルクル回していきます」
そう言いながら、生地を薄く延ばす。
トンボじゃなくてタケコプターと言ったことはスルーしよう。
クレープ生地が薄く、大きな円形になっていく。
「形が整ってきたら、ナイフ型のフライ返しを使って裏面を焼きます」
そう言って、クレープをひっくり返した。
「ひっくり返して少ししたら完成だよ。よし、できた!」
と、満面の笑みを浮かべて自慢げにクレープ生地を見せてくれた。
しかし、真ん中には大きめの穴が開いていた。
「佐々木さん、真ん中に穴が……」
「もう一回!」
しばらくして、2枚目が完成。
「これでどう!」
今度は右下が欠けていた、パックマンみたいだ。
「佐々木さん、右下が……」
「もう一回、もう一回!」
3枚目が完成。
だが、また真ん中に穴が開いていた。
「佐々木さん……」
白い目で見た。
「ちょっと待って、もう一回、もう一回!」
「何がもう一回だって?」
後ろから声が聞こえて二人で振り返った。
後ろにはたまにしか見ない、店長がいた。
店長は真夜中の仕事がメインだから、めったに顔を合せなかった。
珍しく今日はこの時間からお店にいるらしい。
「佐々木さん、後でお説教ね」
「いいです、遠慮します」
店長に真っ向から逆らうこのやり取りが面白く、笑いをこらえるのが大変だった。
「高橋君、クレープは俺が教えます」
佐々木さんの反論を無視して店長は僕に話しかけた。
「佐々木さん、私が調理場にいる間、掃除をお願いします」
「分かりました」
佐々木さんはなぜか敬礼をして掃除に行った。
その後、僕もクレープを作ったが、3枚目で成功した。
「よくできました、注文があった時もそんな感じでお願いします」
店長は満足そうだった。
「それにしても、佐々木さん、1日かけて本部でトレーニングしたはずなのに……」
店長は苦笑していた。
次のバイトの日、
「あの後、お説教と称して、クレープを30枚作らされたよ」
と、佐々木さんは泣きそうな顔で僕に言った。
「ご愁傷様でした」
手を合わせて頭を下げる。
佐々木さんは、少し不器用なのだろうか、ちょっと微笑ましく思ってしまった。
「でも、これでクレープのプロフェッショナルだよ」
佐々木さんは笑顔だった。
間近で見たので、本当に可愛いと思ってしまった。
残念なことに、クレープは全く売れず、1ヶ月後にメニューから消えることとなった。
それが決まった時の佐々木さんは、結構悲しそうだった。
「今日もよく働いたなぁ」
ある月末のこと、バイトの時間が終わって控室へ向かった。
「うーん、売り上げが足りない」
控室で佐々木さんが唸っていた。
「どうしたんですか?」
「お、高橋君バイトお疲れ様でした。今月の売り上げが足りないんだよねー」
ちょっと声が疲れているような気がした。
「足りないんですか、いくら位ですか?」
そう言いながら隣に座る。
「残り3日で30万円」
そう言いながら、今月の売上表を見せてくれた。
売上表を見るために近くに椅子を移動した。
「うーん、厳しいですね」
「そんなー、バッサリ言わないでよー。ねぇ、私のお店で30万円使っていってくれない?」
そう言いながら、佐々木さんは顔を僕の肩に乗せてきた。
身体ももたれかかってきた。
佐々木さんの重みと温かみを感じる。
「えっ、ちょっ、佐々木さん。どうしたんですか、疲れましたか?」
完全に動揺していたが嬉しかった。
このまま時間が止まってくれればいいのに。
「うん、つーかーれーたー」
社会人らしくない発言が出てきた、きっとこっちが佐々木さんの素なんだろうな。
そんな一面を見ることができて嬉しかった。
タケコプターの件と言い、ちょっと天然なのかもしれない、それはそれで可愛い。
「ふぅ」
ため息をつきながら、佐々木さんは身体を元に戻した。
佐々木さんの重みと温かみが消えた。
残念だ。
「エネルギー充電完了!」
「僕はバッテリーか何かですか?」
「ううん、若い子からエネルギー吸い取っておこうかなって」
両手でお腹を触りながら具合が悪そうな顔をして答えた。
「なんか体調悪くなってきたんで明日のバイト休んでいいですか?」
「高橋君、明日サボりますっと」
「ちょっと、お姉さん。社員用の業務連絡ノートに何書いてるんですか。店長が後で見るじゃないですか」
「てへっ、ちょっとしたお茶目だよ」
「早く修正液で消して下さいよ、というか売り上げはいいんですか?」
「よくなーい」
舌を出して苦笑いしていた。
佐々木さんは思ったよりも子供っぽいところがあるんだなと思った。
同時に身近な存在に思えて嬉しくも思った。
今日みたいな楽しいやり取りが、いつまでも続いてほしいと思っていたが、もう少し佐々木さんとの関係を進展させたいと思っていた。
学生と社会人、きっと大きな壁があると思ったけど、気持ちも伝えずに終わらせるのも嫌だ。
今は控室に他に人はいない、勇気を振り絞って言った。
「佐々木さん、今度お休みの日に時間があったらご飯食べに行きませんか? お仕事お忙しいと思いますが」
「いーよー、何食べよっか」
間髪入れずにOKしてくれた。
結局、お休みの日に時間をとるのは難しいことが分かったので、次の土曜日の佐々木さんの勤務時間前に、ランチに行くことにした。
パスタとプリンが美味しいことで評判のお店が、バイト先のネットカフェの近くにあったのでそこに行くことにした。
食事の後に、佐々木さんが仕事に向かいやすいことを考慮した。
その日の帰り道は有頂天だった。
好きな人とご飯に行ける、なんて嬉しいのだろう。
「恋愛がうまくいっていると、人生が輝いて見えるよね」
そうつぶやいていた、完全に調子に乗っていた。
せっかくの機会だから、何か伝えたいなと思ったのだが、いきなり告白というのも変だろう。プレゼントをあげることにした。
プレゼントというのも変かもしれないが、何もしないで後悔するよりはよかった。
しかし、問題があった。
何をプレゼントすればよいのだろう。
バイト先はネットカフェだから男性向けのファッション誌なども豊富にあった。
バイトの休憩時間に男性向けの雑誌を何冊か読んだ。
幸運なことに、「女性へのプレゼント特集」というページがあった。
急いでそのページをめくった。
その特集の答えはアクセサリーだった。
恋愛初心者の自分にはハードルが高そうだったがアクセサリーにすることにした。
アクセサリーはどういうのがいいのだろうか。
なぜかネックレスが頭に思い浮かんだ。
雑誌でもお薦めの一つに入っていたのでネックレスで決めた。
とはいえ、どういうモチーフがいいのだろうか。
十字、ハート、馬蹄なんてのもあるのか、と雑誌を見ながら驚いた。
「そうだ、あれだ!」
いい案が浮かんだ。
前日の夜にマルイにある女性向けのアクセサリー店へ。
男一人で入るのは勇気がいるが気にせず入ることにした。
「いらっしゃいませ」
佐々木さんよりも明らかに大人な感じの女性が挨拶をしてくれた。
見た目もとても綺麗で、全身を白黒のモノトーンでコーディネートしており、とてもお洒落だった。
その女性からは大人の余裕が感じられた。
接客慣れもしていそうだ。
「何かお探しですか?」
入り口で挨拶をしてきた大人の余裕のある女性店員が話しかけてきた。
「はい、アクセサリーを探していまして」
「彼女さん向けですか?」
「いえ、そういうわけではないのですが。もちろん、自分用でもありません」
「ふふっ、プレゼント用ですね」
店員は余裕のある笑みを浮かべた。
「はい、蝶をモチーフにしたアクセサリーはありますか?」
「こちらにございます」
そう言って店員は蝶のアクセサリーがあるところへ案内をしてくれた。
「当店で扱っている蝶をモチーフにしたアクセサリーは、ネックレスのみになります。蝶のモチーフのサイズが3種類。色はゴールドとシルバーがございます」
「サイズも色々あるんですね」
「はい、そうです」
店員は返事をした。
ほぼ直感的だが、一目で一番小さいサイズがいいと思った。
佐々木さんは顔が小さめだから、小さいものの方が似合うだろう。
それに、髪を茶色く染めているから、ゴールドが似合うだろうなということも思った。
値段は税抜きで14,800円。
今のバイト先の時給は1,000円。
月に60時間くらい働いているから、6万円を稼いでいるが、その4分の1の値段。
飲み会に5回行ける値段である。
でも、これを着けた佐々木さんが見てみたい。
喜んでくれるのか不安だけど。
「ゴールドの一番小さいものをお願いできますか」
「かしこまりました。プレゼント用にラッピングしますか?」
「お願いします」
お会計を済ませ、お店を出ようとした。
「頑張って下さいね」
店員さんが最後に一言応援してくれた。
色々と分かってるんだろうな、この大人の店員には。
「ありがとうございます」
そう言いながらお店を後にした。
「佐々木さん喜んでくれるかな」
そう思いながら、プレゼントが入ったバッグをいつもより大切に抱え帰途へ着いた。
翌日、佐々木さんとの食事の日。
約束は13時。
何が起きてもいいように30分前にお店に着くように家を出た。
何事もなく、お店に到着した。
そわそわしながら30分待つ。
「お待たせー、遅れてごめんね」
佐々木さんは13時10分頃に来た。
「いえいえ、僕も少し遅れましたので」
「そっかぁ、よかった、あまり待たせなくて」
12時半に来たことはもちろん秘密だ。
二人でメニューを見る。
「ここはパスタだけでなく、プリンも美味しいんだよね」
と、佐々木さんは目を輝かせながら言った。
「そうなんですね、じゃあ両方注文しようかな」
「私もそうする」
僕はカルボナーラと抹茶プリンを、佐々木さんは明太パスタと普通のプリンを注文した。
少ししてパスタが届いた。
二人で美味しいと言いながら、佐々木さんの仕事の話や、僕の学生生活について話をした。これから3週間はバイトを休んで、試験勉強をしないとことも話した。
佐々木さんは、勉強頑張れと応援してくれた。
二人で一緒にいられるのなら、話のネタは何でもよかった。
とても楽しい時間だった。
後は、どのタイミングでプレゼントを渡すか、ということだけが気がかりだった。
食後のプリンを食べながら、
「ところで高橋君、彼女いないの?」
と、目の前の好きな人が無邪気に聞いてきた。
思いっきり動揺した。
「いませんよ、いたら他の女性誘えないじゃないですか」
「ふーん、一途なんだね」
佐々木さんは、ニヤニヤしながら僕を見つめてきた。
照れて思わず目をそらす。
「ふふっ」
佐々木さんは少し笑っていた。
「じゃあ、お姉さんから一つアドバイス。気になる女性へするべきたった一つのことを教えましょう」
「なんですか?」
目の前に好きな人がいるのでちょうどいい、身を乗り出しながら聞いた。
「ご飯をおごってあげて下さい」
「どういうことですか?」
確かにおごった方が喜ぶだろうが、なぜこんなにもったいぶるのか疑問に思った。
「気持ちを伝えるのも大事だけど、行動でも伝えてあげないと。一番分かり易い方法は、美味しいご飯に誘っておごってあげること。できれば相手が好きなものを。シンプルだけど分かり易い方法よ」
「なるほど」
「それに」
佐々木さんは続けて話す。
「女の子は、男の子よりもいろいろ手間がかかるの。お化粧に時間もお金もかかるし、ファッションもかなり気を遣うの。今日遅れちゃったのもどういう服着ようかなって悩んでいたの、ごめんね」
ウインクしながら誤ってきた。
いくらでも待ちます、と思った。
「他にもね、男の子にはない大変なこともあるし、年齢的な悩みも多いし。会社でも男女平等なんて言ってるけど、まだまだ男性の方が役員は多いし、たくさん稼げるしね」
ただ黙って頷いていた。
「だから、お金を稼いで、大変なことが多い女の子にご飯くらいはおごってあげてね」
「はい」
「もちろん、プレゼントでもいいんだよ、高くなくていいし」
ドキッとした。
今バッグに入っている。
「これがお姉さんからのアドバイスです。分かったかな?」
佐々木さんは得意げに言った。
完全に子ども扱いされてるなぁ。
そこはしょうがないけど、プレゼントを渡すタイミングは今なんだろうなと思った。
ちょっと動揺しているが、今を逃したら次の機会はなさそうだ。
間接的とはいえ、気があることを告げる行動をとるのだから緊張する。
「どうしたの?」
と、佐々木さん質問してきた。
黙っていたので疑問に思われたらしい。
「えーっと、その。佐々木さんにプレゼントがあるのですが」
「えっ!」
佐々木さんはとても驚いていた。
自分が今言ったばかりだから、それは焦るだろうなぁ。
ラッピングされたプレゼントを渡す。
「なんだろう?」
そういいながら、包みを開ける。
そして箱が姿を現した。
その瞬間、自分の気持ちも露わになったようで恥ずかしく思えた。
喜んでくれるのだろうか。
佐々木さんが箱を開けた。
「えっ!」
また、驚きの声を上げる。
「蝶が好きなこと、覚えてたんだね」
優しいまなざしで僕を見る。
やばい、照れる。
恥ずかしすぎる。
「ありがとう、着けてみるね」
と、さっそく身に着けてくれた。
「えへへっ、似合うかな。ゴールドのアクセサリーは持ってなかったからなー」
「とても、似合います」
想像以上に似合っていて可愛らしかった。
佐々木さんの茶色い髪とアクセサリーのゴールドが、程よいグラデーションをなしていた。
佐々木さんの白い顔が、ゴールドのせいでより白く、そして可愛く見えた。
「ありがとう!」
佐々木さんは、明るい声でお礼を言った。
お礼を言った佐々木さんの目が、ほんの少しだけ涙ぐんでいるように見えたのは、見間違いだろうか。
喜んでくれたと思うので、嬉し涙だといいなと思うことにした。
「それじゃあ、そろそろ私は仕事の時間だから。お会計は私が持つね」
「いえいえ、さっそく今日から実行させて下さい。僕が払います」
「いいえ、さすがに学生におごらせるわけにはいかないわ、それに素敵なプレゼントももらったし。今日は私のおごり、本当にありがとうね」
そう言って、佐々木さんは伝票をとった。
佐々木さんがお会計を済ませ、お店を出た。
「よかったら、またご飯に行きませんか?」
「ありがとう」
佐々木さんは、お礼だけを言って笑顔で答えてくれた。
「それじゃあ、試験頑張ってね、ばいばーい! 元気でいるんだよ!」
「佐々木さんもお仕事頑張って下さい」
「ありがとう!」
お互いに手を振りながら距離が開いていく。
佐々木さんは僕が見えなくなるまで手を振ってくれた。
3週間にわたる、試験が終わり久しぶりにバイトへ行った。
「おはようございます」
いつものように控室で挨拶をする。
佐々木さんはいるのかな?
「おはようございます」
あれ、いつもと違う女性の声が聞こえた。
よく見ると、知らない女性がいた。
「はじめまして、ですね。高橋さんですか」
「はい、はじめまして」
「先々週から、副店長になりました橋本と言います」
「副店長? あの、佐々木さんはどうなったのでしょうか」
「あ、佐々木さんのこと聞いてなったのですか?」
「はい、なんのことでしょう?」
疑問に思いながら聞き返した。
「佐々木さんは2週間前に会社を辞めました。寿退社です。今は婚約者の実家の鹿児島に住んでいます」
寿退社?
驚きのあまり言葉が出なかった。
これは現実なのだろうか。
バイトの学生同僚が話しかけてきた。
「聞いたか高橋、佐々木さん寿退社だって。なんでも、本部の人と電撃結婚するらしいぞ、付き合って3ヶ月だって」
「ソウナンダー」
棒読みの言葉しかでてこなかった。
魂が抜けていた。
これは本当に現実なのか?
「大丈夫か、高橋。ショック受けすぎじゃないか?」
「そうだねー、色々お世話になってたからね。残念だよ。掃除に行ってくる。今日はレジ任せていいかい?」
「いいよ、レジの方が好きだから」
とても人前で接客できる気分ではなかった。
個室で佐々木さんのことを考える。
完全にバイトの子扱いなんだろうな、ということは食事の時に分かっていた。
それでもやはり、実際に振られるとショックだった。
しかも、3ヶ月の電撃結婚。
ショックすぎて、個室で目に涙を貯めながら掃除をするしかなかった。
この日は一日がとても長く感じられた。
一つの恋が終わった。
という現実が、僕の心に重くのしかかったまま。
しばらくの間は、失意の日々を過ごしていた。
大学の授業は耳に入らず、バイトも身に入らない。
「失恋ってきついなぁ」
そんな心が重い日々が続いていたある日、自宅の郵便受けの中に、ピンク色の少し可愛らしい封筒が入っていた。
赤いハートのシールで後ろを止めてあった。
なんだろう、この可愛らしい封筒は。
この可愛らしさで新聞の勧誘だったらどうしよう、と思いながら封筒を開けた。
どうやら手紙のようだった。
「高橋君へ
佐々木真由子
この手紙を読んでいる頃にはきっと私が会社を辞めたことを聞いていると思います。
本当は、もう一度だけ直接会ってお話したかったのだけど、試験が忙しくて邪魔をするのも悪いな、と思って手紙を出すことにしました。
履歴書から個人情報を勝手に使ってごめんなさい、でもどうしても気持ちを伝えておきたくて。」
「佐々木さんだ!」
大声が出ていた。
でも、婚約して、もう鹿児島に行ったはずなのになぜ今頃手紙を書いてきたのだろう。
疑問に思いながら読み進めた。
「プレゼントありがとうございました。
とても嬉しかったです。
そして、恋人が、婚約者がいたことを黙っていてごめんなさい。
バイト先の子とご飯に行くだけっていう感じだったので、プレゼントをもらうようなことになるとは思わず、びっくりしました。」
やっぱり男としては見られていなかったのか。
「高橋君と一緒に仕事をしてご飯にも行ってとても楽しかったです。
もし……、もしの話だけど、彼氏がいなかったらもっとデートしてみたかったし、付き合ってみてもいいかな、なんて思っちゃいました。
年下の彼ってのもいいかなって」
お世辞でも嬉しかった。
「でも、もう私は婚約者以外の人は愛することはないと思うので、ごめんなさい。
プレゼントしてくれた蝶のネックレスは、婚約者の実家に持って行くわけにもいかないので、私の実家で大事に保管してあります。
学生の子が、勉強の忙しい間に頑張って働いて稼いで、そして買ってくれたものですから。
捨てるわけにもいかないです。
高橋君、私のこと好きなのかなって思ったので手紙を書きました。
一つの恋愛をしっかり終わらせるのもお姉さんの務めだと思ったので。
ただの勘違いだったら、なんだこの勘違い女って、スルーして下さい」
勘違いじゃないですよ、本当に好きでしたよ。
「でも、もし勘違いじゃなかったら、自信を持ってほしいなって思います。
他の女性に対して、私に接してくれたように気を遣っていれば、すぐにモテると思います。
蝶のアクセサリーなんて、本当にピンポイントだったから。
早く可愛い彼女を見つけてね、ガンバレ22歳!!
高橋君、本当にありがとう、一緒にお仕事で来て、お話もできて、ご飯にも行けて、とても楽しかったです。
さようなら、元気でね。
追伸
ちゃんと稼げる男になって、女の子におごってあげてね」
手紙の文字が、涙でゆがむ。
涙が頬を伝わってくる。
手紙の上に涙が落ちて濡れてきた。
我ながら、男のくせに涙もろい。
でも、今は泣いてもいいと思う。
ちゃんと好きだとは言ってなかったけど、僕の気持ちは伝わっていた。
叶わなかったけど伝わっていた。
最後まで学生の子ではあったけど、お世辞でも付き合ってみてもていいかな、と書いてくれていたことが嬉しかった。
切なさと愛おしさで胸がいっぱいになった。
本当に佐々木さんのことが好きだったんだなぁ、とはっきり自覚した。
そして、この恋は完全に終わったのだということも分かった。
でも、気持ちはスッキリしていた。
手紙を書いてくれた佐々木さんに感謝をした。
「お幸せに」
心からそう思った。
大学の授業が終わり、18時からのバイトまでの時間を自宅でつぶしていた。
不意に電話が鳴る。
大学の友人からだ。
「高橋、次の土曜日の夜暇か? 女子大生と合コンするんだけど来ないか? 人数足りないんだよね」
「支払いは男のおごりになる?」
「ああ、そうなるので男の人気がなくて。でも可愛い子来るよ」
「男のおごりなら参加する」
「おごりなら来るって? 変わってるなお前」
「まぁ、気にするな。髪短い子来るかな?」
「知らねーけど、髪短い子が好きなのか?」
「そういうわけではないけど、なんとなくね。まぁいいや。土曜日よろしく」
「おう、後で詳細はメールするから。また土曜日にな」
まるで、僕を慰めるかのような絶妙な誘いだった。
気がつけばもう今日のバイトの時間。
佐々木さんはもういないけど。
佐々木さんへの片想いは叶わなくて本当に残念だったけど、いつまでも落ち込んではいられない。
佐々木さんは、もう二度と戻ってくることはないのだから。
空を舞う蝶のように、遠くへ行ってしまった。
「気分を新たに頑張りますか」
そう一人つぶやき、バイトに向かうため、自宅の扉を開けて外に出た。
扉を開けたら綺麗な夕陽が見えた。
夕陽が僕を照らしてまぶしかった。
なんとなく、夕陽が金色に輝いているように思えた。
***
この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
「ライティング・ゼミ」のメンバーになり直近のイベントに参加していただけると、記事を寄稿していただき、WEB天狼院編集部のOKが出ればWEB天狼院の記事として掲載することができます。
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