メディアグランプリ

地獄的な人生

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:吉田哲(ライティング・ゼミ6月コース)
 
 
「人生とは地獄よりも地獄的である」
 
気を病むと毎回この言葉を思い出す。芥川龍之介が書いた随筆『侏儒の言葉』の「地獄」という章にて書かれた言葉だ。その後にはこう続く。
 
「地獄の与える苦しみは一定の法則を破ったことはない」
「しかし人生の与える苦しみは不幸にもそれほど単純ではない」
 
全くとんでもない言葉を残してくれたものだ。本当に人間の生活は複雑すぎる。
 
毎朝起きるたびに、無機質な天井を見つめながら、「あぁ今日も起きてしまった」と思う。夢で見る風景の方が幾分と平和だ。できればずっと目を瞑って、時に心地よくて、時に刺激的な夢の世界にいたいのに。
 
喉を通らない朝飯を流し込んで。暑いシャワーを浴びて。会社に行ったら、あれもやってこれもやって。目が覚めた瞬間にやらなければいけないことがいくつも思い浮かんで、でも、それをする容量の良さは持ち合わせていない。死に物狂いで仕事をしても、普通の人は同じことを瞬時にやってのけてしまう。そんなもんだから、評価されない。あんまりじゃないか。頭がかち割れそうになる。朝、布団から出る勇気が出ない。
 
いっそ職場に行く道中で車にでも轢かれてしまいたい。いっそどこかの通り魔に腹を刺されてしまいたい。それなりの重症だけど死なずに生きながらえて、「仕事は私たちに任せて今はゆっくり休みなさい」とみんなに心配されながら入院してしまいたい。全て投げ出せるような理由がほしくて、希死念慮が頭の中を暴れ回る。
 
こんなに卑屈と苦しみにまみれていったいどこに向かっているのだろうか。
何もされていないのに被害者面をして何がしたいんだろうか。
 
頭から煙が出るほど考えても答えは出ない。あと5年も経てば僕は三十路になってしまう。「四十にして惑わず」なんて言葉があるけれど、本当に答えは出るのだろうか。15年も経つ前に、この地獄的な人生に耐えられなくなって死んでしまうのではないだろうか。こうやってくよくよと余計なことばかり考えている間に、前向きに一生懸命生きるライバルたちは、絶え間なく歩みを進めていく。そして僕は、どんどんと自己嫌悪と孤独に苛まれて、より一層この地獄的な人生を嫌いになってしまいそうだ。
 
どうせ僕たちに、生きる意味なんかない。地球は何億光年と経ったら、超新星爆発して、人間なんて生き物は絶滅してしまう。どれだけ多くの人類を救う英雄になろうとも、どれだけ大量に人を殺そうとも意味がないのだ。誰もが地球という井の中で、大海を知らぬ蛙のようにのうのうと生きていくだけだ。
 
わかっている。わかっているのに、どうしてこうも自己愛にまみれているんだろう。自分に期待してしまうんだろう。それなのに、どうして自分のことを傷つけてしまうんだろう。
 
もうこんな憂いが一生続くならば、地獄的な人生より地獄を選んだ方がいいんじゃないか。芥川もそうしたんだろう?
 
2021年9月1日
 
***
 
ある日、天狼院ゼミで書くネタを探すために過去のメモ帳を漁っていると、2年前僕がうつ病で休職した時に書き殴ったメモが出てきた。上述した文章は、そのメモを読みながら、その時の感情を思い出して編集したものだ。
 
執筆中がちょうどお彼岸だったから、なんとなく鎌倉にいる死んだ父に会いに行った。墓前の前で手を合わせると、生前に病床で父が言っていたことを思い出した。
 
「お前はどうせ、親に似て必要のないことに悩んで、これから何度も死にたくなるんだろう。そうなったら、俺の墓に来い。何か助言してやれるほど大した人生は送ってはいないけど、馬鹿な俺でも最後まで生きられたという事実だけは思い出せるだろ」
 
ろくでもない父にしては、まともなセリフだったのに、なぜかずっと忘れていた。2年前にこの言葉を思い出していたら、もう少しまともだっただろうか。父の言葉を思い出さずともなんとか生きのびた。2年前と何か変わったかといえばそんなことはなくて、「明日の仕事を乗り越えられるだろうか」「お金が底を尽きてしまいそうだ」「好きなあの子は今何をしているんだろう」と、くよくよめそめそと毎日悩んでいる。とはいえ、幾分か楽になった。毎日襲ってくる憂いを受け入れて、「どうでもいいよ」とどこか他人行儀にあしらうことができている。ベルトを首に巻いて強く締めてみたり、目を瞑って横断歩道を渡ったりするような奇行は、これからはもうないはずだ。
 
墓参りの帰り道、材木座海岸を歩くと、夕日の光が海を伝ってまっすぐに反射していた。海水浴客たちはみんな一遊びを終えて、橙色の一直線を眺めている。きれいな風景は、地獄的な人生の一部とは思えなかった。ようやくちゃんとうつ病を乗り越えたんだなと思った。「お父さん、厭世的な性格でありながらもこの人生を受け入れたよ」と心の中でつぶやいた。
 
 
 
 
***
 
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2023-10-05 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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