良薬は口にうんまし!
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:名倉佳代子(ライティング・ゼミ 2月コース)
トンカツ。
好きな料理の一つ。
元来肉好きなのでローストビーフや生姜焼き、ハンバーグ、ステーキ、ビーフシチューなどなど好きな肉料理は多い。
その中でトンカツは別格。それもロースカツでなく、ヒレカツがいい。単に脂身が嫌いなだけだけど。脂身は肉と認めてないので、ロースカツは脂身の分肉が少ない気がして損した気分にもなる。
トンカツは絶対ヒレカツに限る。
ヒレカツは元気のない時、落ち込んでいる時、腹が立っている時、むしゃくしゃしているとき、悲しい気分の時……なぜかそういう気分の時に無性に食べたくなる。
彼氏とデートの最中些細なことで大喧嘩。彼氏は激怒して「君とはやっていけないかもしれない」と言われてしまった。
これはまずい! と思ってすぐに詫びを入れたが聞き入れてもらえず、彼氏の腕を掴んで引き留めようとしているあたしの手を振り払って、彼氏は帰ってしまった。
思いもしなかった展開に激しく動揺。その夜の行き先も失ってオロオロと道を彷徨うあたしは目に涙を浮かべて街中で泣き叫びたい心境に陥っていた。
その時、掠れた「トンカツ屋」という文字が目に入った。いや、文字が掠れていたわけではなくあたしの目が涙で霞んでいただけなのだけど。
トンカツ、という文字は呪文のように悲しいはずのあたしの頭の中でぐるぐる回り始めた。
トンカツ、が彷徨うあたしを導いている。招きトンカツがおいでおいでをしている。
誘いに弱いあたしが振り切れるはずもなく、ふらふらとトンカツ屋に入店。
「お客様、一名いらっしゃいましたぁ〜!」
メニューを見る事もなく「ヒレカツください。あと、ビールも」速攻で注文。
出てきたヒレカツの衣は黄金色。そこから湯気(油気?)がうっすらと立ち上っている。
程よく気持ちの良い油の匂い。添えられているキャベツの千切りは瑞々しく光って跳ね上がっている。
添えられているレモンをヒレカツとキャベツにたっぷりと絞りかける。
これで準備万端。
ウヒョウヒョ! と言いそうになる言葉と唾も飲み込んでガブリ!
まずは一口齧り付く。
うんまい!
パリパリの衣と柔らかい肉の食感が口の中いっぱいに広がって、幸福感が一気に体全体に広がっていく。
もうあとは一気呵成、ソースもかけて辛子も塗ってヒレカツとキャベツをガツガツ、ビールもグビグビ流し込んでいく。
ヒレカツにがっついている時、周りは何も見えない。他にどんな客がいるのか店の中はどんな感じなのか全くわからない。ヒレカツが冷めないうちに食べるのに必死。
ヒレカツは人とお喋りしながら食べるには適さない。
ヒレカツは一人でガツガツ食べるに限る!
全部食べ終わってナプキンで口の周りを拭き終わった後の満腹感と幸福感たるや!
上がりの茶を飲んで、会計を済ませて店を出る。
満腹だぁ!!
もう、この時点でさっきまでの悲しい気分は吹き飛んでいる。
振られるなら振られるでけっこう、新しい彼氏を見つけるまでよ、くらいの気持ちの昂揚。
あたしは元気、どんと来い! 元気復活、不思議だ。
実は子供の頃から耳鼻科系が弱かった。
中耳炎は年に数回は患って鼓膜を切開していたし、小学生の頃には1泊入院でアデノイドを摘出手術している。
大人になった今でも定期的な耳鼻科通いが欠かせずにいるのだが、今、副鼻腔炎を悪化させてしまっていた。痛みはないけれど、流れ込んだ鼻水が喉の奥に溜まり込んでかなりの不快感と苦しみで夜眠れなくなってしまうのだ。
C Tスキャンの結果を見た医師は「う〜ん」としばし唸るほど。膿が相当溜まってポリープになっているという。
とりあえずかなり強い薬を一週間頑張って飲んでみる。最悪の場合は手術になるかもしれない、との診断を受けて病院を後にした。
そうかぁ、最悪手術かぁ、嫌だなぁ。
と沈んだ気持ちで歩いていたら、目の前に「トンカツ屋」の文字が……。
ちょうどお昼だしお腹も空いたし通り過ぎる理由がない、ということで入店。
「ヒレカツとビールください」
カウンター席で料理が出てくるのを待ちながら、メニューに添えられている説明書きを何気なく目にした。
「テーブルに添えられている塩をつけて食べてみてください。美味しいです」
と書いてある。見ると天然の粗塩が小さな容器に入れて置いてある。へえぇ。
ということで出てきたヒレカツを塩につけて食べてみる。
うんまい!
ヒレカツをソースで食べるのが一番。醤油でもいける。何もつけないのもあり。
というのがヒレカツにかける調味料の優先順位だった。
けど、今日、たった今、ヒレカツに塩、が優先順位一位になった!
ソースほどしつこくないし我が強くないので飽きない。控えめながらも主張はしているので後に引く、さっぱりしている。
よく考えれば天ぷらも塩につけるのが美味しい。焼き鳥も塩がいい。
ヒレカツだって塩で美味しいのは当然だったのだ。なんで今まで気がつかなかったのだろう。
今日初めて知ったこの美味しさの感動にすっかり舞い上がり気分が高揚した。
副鼻腔炎がなんだ! 治してみせるぜよ、手術、受けてたつぜよ!
やっぱりヒレカツ最高だね、と心の中で叫びつつ家路についたのだった。
***
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