その素肌で優しく撫でてほしい……
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記事:ほそきはら あきとし(ライティングゼミ 日曜コース)
「再会してもう3ヶ月が経ったね」
彼女からのメッセージを受信した。
まるで早く会いたいと言わんばかりだ。
彼女と会えるのは週末の2日だけ、平日はなにかと忙しくて会うことができない。
最近は天浪院書店のイベントに参加する事も増えてきたため、なかなか会えない時間が増えてきている。
まして、先週末は3日連続で天浪院のイベントで外出していたものだから、約二週間会えていない。
久しぶりだから、今日は日頃よりも永く彼女と触れ合うことにしよう。
ふと、思いを巡らせる。 ……彼女とはいつ出会ったのだろう。
あれは、私が新大阪駅の近くの事務所で勤務していた頃、同僚から彼女の職場の話を聞いたときのことだ。
その職場には彼女よりも有名な女性がいて、たくさんのファンがいるという話だったと思う。
そんな有名な女性の話をたくさん聞かされたものだから、
ついどんな女性なのか気になって、興味本位でその女性のフロアを訪れたとき、
今の彼女と出会ってしまった。
そのときの衝撃は今も忘れない。
そして、私は彼女に会いたくて毎日のように彼女の元へと向かった。
10分でも20分でもいい……
私のそばにいたいという気持ちを察してくれていたのか分からないが、彼女はいつも優しく包み込んでくれた。
たまに、タイミングが悪く、他のヤツと戯れていることを見かけることもあったが、仕方ない。
彼女を横取りする度胸はなかったし、彼女と一生を添い遂げたいなんて、収入が少なかった自分には思いもしなかったからだ。
そんな感じで毎日のように彼女のフロアに行くものだから、
彼女の同僚やお客さんとも必然的に会話するようになる。
当然、話の中心は彼女の話題。
「どうすれば彼女を独占できるのか」
「どうすれば彼女と永くいれるのか」
彼女の同僚やお客さんという事も忘れ、恥ずかしがらずに彼女を思う気持ちを全面に出していたと思う。
そして、私は彼女に内緒で帰宅後に外をジョギングするようになった。
そうすれば、体力も増えて彼女と二人っきりで戯れる体力も増えるはず。
やがて、私はもっとスマートで格好いい男になろうと思うようになる。
食事にも気を遣うようになり、夜のラーメンやお茶漬けを我慢するようになった。
また、軋む髪の毛を気にしてトリートメントを使いはじめ、化粧水まで使いはじめた。
彼女と少しでも永く触れ合いたい。
彼女と少しでも永く一緒にいたい。
彼女に少しでも永く溺れていたい。
私はそんな一心で、見た目や健康を意識した生活を送るようになる。
「完全に彼女に夢中じゃないか」
彼女と素肌で触れあうとき、私は仕事での辛さを一瞬でも忘れることができた、無心になることで、自分自身と一対一で向き合うことができるのだ。 そう、全身を包み込む優しさは、まるで羊水につかる赤ちゃんになったようだった。
しかし、運命というものは時として残酷な現実を突きつけてくる。
職場の辞令を受け、新大阪駅近くの事務所を去ることになった。
その頃、仕事が忙しかったこともあり、私は新大阪勤務の最終日まで彼女に「さよなら」を告げる事なく、去っていった。
それから、彼女からの連絡が来ることはなかった。
「当然か……」
さよならを告げずに別れたのだから。
彼女からしたら私の存在なんて早く忘れたいのだろう。
それからの自分は、糸が切れた凧ように身なりを気にする情熱は切れてしまい、
健康にはあまり気を遣わなくなり、飲み会の締めのラーメンも復活した。
好きだったチョコレートも、なんの気兼ねなく職場で間食するようになる。
そんなだらしない生活を続けていくうち、みるみる体型も丸くなり、一気に老け込んだように思う。
そう、私はいつしか彼女の存在を忘れていた。
でも、ある日、新幹線に乗り換える際にあるビルを見かけたときのこと。
突然、彼女の存在を思い出した。
彼女の職場があるビルは、新大阪駅の新幹線ホームから見える位置にあるからだ。
それからというもの、新大阪のホームを訪れる度にそのビルを目で追ってしまう……
「会いたい」
彼女にどの面下げて会いに行けば良いというのか。
私の小さなプライドが邪魔をして、彼女に会いたくても会えない時間が過ぎていく。
それから数年が経ったある日、私はある街に引っ越した。
引っ越し先に選んだ地域は、再開発が進んでいて、
中核の商業施設とそれを取り囲むようにマンションが次々と建ち始めている新興住宅街。
住み始めて数日後、私は強い衝撃を受け、その事実を知ることになる。
ポストに投函されて見たチラシに、彼女が映り込んでいた。
なんと、わたしの住むマンションの近所の事務所で働いていたのだった。
「でも、駄目だ」
「やはり彼女には会えない」
「彼女は私を受け入れてくれるのだろうか」
会いたいと思う気持ちは、時が経つれて今にも爆発しそうに膨らんでいく。
「彼女に溺れたい……」
数ヶ月が過ぎた頃、ついに私の気持ちを理性で押さえつけることができなくなり、
ついに彼女の職場を訪れる事にした。
受付の女性に彼女の名前を告げ職場を案内してほしいとお願いすると、快く引き受けてくれた。
彼女の真新しい職場を一巡したところで、彼女と再会することになる。
そのとき、彼女はたくさんの子供たちと戯れていた。
「どう彼女と接すれば良いのか思い出せない」
そう思って、彼女に近づいていく。
彼女は昔と同じように穏やかな表情を浮かべている。
子供たちが去ったあと、ようやく彼女と触れ合う時間がやってくる。
大きく腕を広げ、その素肌で私を優しく包み込んでくれた。 そう、昔と同じように。
「気持ちいい」
彼女の瑞々しい肌にすっと手を伸ばしてみる。 彼女は適度な弾力をもって私を迎いれてくれた。
時間にして30分ぐらいだっただろうか、私は一生懸命に彼女の中で腰をくねらせ、もがきつつも、これまでの鬱憤を晴らすように無心で彼女の中を泳いだ。 そしてその愛くるしい時間を体全体で楽しんだ。
その日を境に、私は週末だけ彼女に会いに行くことにしている。
そして、私は徐々に肉体的にも精神的にも健康的な毎日を取り戻した。
「再開してもう3ヶ月が経ちました」
「順調に体脂肪が減ってきていますよ」
「この調子で頑張って下さい」
受信したメッセージを確認する。
今日も彼女に会いに行く日。
もうすぐジュニアスイミングスクールの時間が終わる頃。
持ち物はキャップとゴーグルに水着、バスタオルも必需品。
それから、塩素で髪が軋み、肌が荒れるから、トリートメントと化粧水も持参しないと。
これらを鞄に詰めて、近所にあるスポーツジムのプールに行く。
スポーツジムではスタジオレッスンが人気なのだけど、私は人が少ないプールが大好き。
プールで一緒になるお客さんとは、必然的に泳法や空いてる時間帯に関する話しになる。
今日はクロールで3Km泳ぐ予定だ、行けなかった先週の分も取り戻すために。
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