パティシエにとっての「製菓理論」とは、ルパン3世の「ワルサーP38」みたいなものだ。
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:山崎陽子(ライティング・ゼミ平日コース)
部屋中に広がるバターの香り。表面にちらしたグラニュー糖が、カラメルに変身し、
食欲をそそる芳ばしい香りが、部屋中に広がっている。
シュークリームの皮の焼き上がりをワクワクしながら待っている。
ふっくらと膨らんでる様子を想像し、オーブンの前でドキドキしながら観察する。
しかし、そのワクワクは困惑に変わり、最後には諦めとため息に変わる。
なんだろう? あの写真とはまったく異なる物体は…。
シュークリームとは決して呼べない、ブヨブヨした物体がオーブンから出て来ることもあれば、
カッチカチの石みたいな物体が出て来る日もあった。
高校生のころ、休みの日はヒマをみつけては、お菓子作りをしていた。
沸騰してから粉を入れないとダメ! とか、生地が冷える前に作り終えなきゃダメ! とか
焼いてる途中でオーブンを開けちゃダメ! とか、とにかく工程ごとにあれこれ注文と、
ワナが仕掛けられている。
ちゃんとお菓子の本どおりにやったのに。失敗するのがわからない。
見事にどこかの落とし穴に落っこちた。
かといって、うっとりするほど膨らんで、嬉しすぎてニヤケてしまうシュー皮が焼けても、
どのワナをどのタイミングで回避できたのか。その理由もわからない。
「見た目は個性的だけど、味は見た目ほど悪くないよ。」と一口しか食べないシュークリームもどきを
皿に乗せたまま、落ち込む娘をフォローしようとする父。
「失敗する人が多いお菓子を、なんで何度も作るかね。」と毎回のことに呆れる母。
失敗は成功のもと。失敗は経験。などと言うが、理由がわかってたらの話。
原因がわかれば、次回の成功のもとにもなるだろうが、
下手な鉄砲、数打ちゃ当たる状態の、マグレでシュー生地が膨らむ私の腕では、
成功のもとでもなんでもなかった。
失敗してヒドイ目にあっても作るのが好きだった。もしかしたら、作るのが好きだったというより、
負けず嫌いすぎて、今度こそは! と、ひたすら無謀に下手な鉄砲を撃ち続けてたのかもしれない。
高校卒業後の進路で、パティシエの道を目指し、専門学校に通った。
そこで、「製菓理論」というものに出会った。
製菓理論とは、お菓子をつくるためのリクツである。
乳脂肪35%の生クリームと48%の生クリームを混ぜて、42%の生クリームを100g作るための公式。
チョコレートの分子結晶がα型だのβ型だの。教科書は文字だらけの黒一色。
数学や化学が嫌いで、高校では文系を選択してきたのに、ここで逃げられない状況に追い込まれた。
「リクツより美味しくできればもう良いじゃん。」
と文系の私には、逃げ出したくなる授業で、先生の声が子守歌に聞こえることも度々。
テストのために丸暗記。噛み砕いて理解するというより、もはや丸呑みする感じだった。
しかし、製菓理論のなかの、材料学を学び始めたときに、世界が変わった。
高校生のころに、失敗しても成功しても、その原因がわからなかった答えがそこにあった。
技術を学び、必死で練習して、感覚でわかったとしても、言葉では説明できなかったことが、
その製菓理論の中に言葉として存在していた。
そうなると、シュー皮が膨らまなかった原因が、小麦粉の糊化が足りてなく、ゴム風船のような膜ではなく
紙風船みたいな膜になってたから、空気が抜けて膨らまなかったんだ! とか。
塩少々って書いてあって、少々って別に要らないかなー? とか思ってた材料が、
お湯の沸点をあげるために必須アイテムだった! とか。
目からウロコ。理由がわかるってこんなに楽しいことなのか! と、のめり込んだ。
スポンジケーキをしっとり仕上げたいから、この泡だて具合にしよう。とか、なぜ? そうしたいか。
によって、材料を選ぶ考え方や、泡だて具合を選ぶ基準となった。
テストをクリアするための丸暗記の製菓理論が、なくてはならない相棒にまで格上げしたのだ。
ふと、大好きなルパン3世の愛銃 ワルサーP38を思い出した。
ワルサーP38 は、1930年代に開発され、1970年代東西冷戦でベルリンの壁がまだあった頃、
西ドイツの将校用として正式に採用されていた軍用の銃。
ルパン3世が描かれた当時、その銃は最新型で、新し物好きのルパンにぴったり! さらに、
大型自動拳銃で装弾数も多く、主人公で発射回数の多いルパンには、ぴったり! ということで
選ばれた銃なのですが、
この銃。
命中精度に欠けるというのが欠点。命中精度に欠けてても、たくさん撃てる。
そんな銃だったそうな。
アニメや映画の中のルパン3世は、一撃で命中させるのは当たり前。
アニメだから…。と言ってしまえばそれまでだけど、命中精度に欠ける銃でも問題ないのは、
それを使うルパンの能力が優れているから。
ありえないほどの身体能力を駆使して、赤外線センサーのワナを竹馬で乗り越える。
実は、東大の理科三類に相当する「東西京北大学」の電子医学部で学んでたという、超天才な頭脳を持つ。
さらに特技の変装で、銭形のとっつぁんの目をあざむき、華麗にお宝を盗む。
そんな優れた能力の数々があるから、ウットリと惚れ込むような盗みの芸当ができるのである。
多才なルパンにとっては、銃の命中精度が低いなんてきっと関係ない。
人の心をトリコにするような、美味しくて綺麗なお菓子を作るためには、
製菓理論を学んだだけでは、ダメだ。ただ学んだだけでは、命中率の低い銃を手に入れたのと同じ。
それを使いこなす能力と、どのタイミングでそれを使うかの技術も必要だ。
いちかばちかの下手な鉄砲で終わらせるか、根拠のあるお菓子作りが出来るか。
お菓子作りを成功させ、食べてくれた人の笑顔をさらりと盗む、
ルパン3世のようなパティシエになるために、
製菓理論という相棒を駆使して、あちこちに仕掛けられているワナを回避してお菓子を作る。
ルパンのように華麗な芸当が出来るよう、相棒とともに努力を重ねる日々だ。
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