シモキタのガストで赤毛のアンに出会った日
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記事:あさみ(ライティング・ゼミ平日コース)
「あたし、今、シモキタイチ幸せなの!」
下北沢のガストでピザを食べていると、向かいの席から黄色い声が聞こえた。
ピザをくわえたままそちらに目を向ける。大学生の男女の女の子のほうが、ハートを飛ばしながら誰かに電話をしているところだった。
何事かと思って聞き耳を立てると、どうやら目の前にいる男の子と、今日付き合うことになったみたい。おそらく友達に報告の電話をしているのだろう。
「トリプルアクセルを決めたときくらいうれしいの!」
とはしゃぐ女子。
「おい! はしゃぎすぎだよ!」
とおでこをツンっとする男子。
パフェが2つ運ばれてきたタイミングで女の子は電話を切り、パフェで乾杯したあと、目をうるませ、手で顔を覆い、幸せをかみしめている。
(トリプルアクセルなんてしたことないだろ!)と心の中でつっこみながら思わず彼女をじっと見てしまう。
なんだか赤毛のアンみたいな女の子だな、と思った。
「赤毛のアン」はカナダの小説家モンゴメリが書いた長編小説で、10代の女の子に絶大な人気をほこる不朽の名作だ。孤児院で暮らしていた11歳のアンが、男の子と間違えられてマシューとマリラの家に引き取られてきてからのお話である。わたしも小学生のころ大好きで何度も何度も読み返した。
アンは、そばかすだらけの顔で、やせ細っていて、おまけに赤毛。自分の容姿が大嫌いな女の子だ。鏡を見るときは、自分のことを美しい黒髪で、バラの花のような透き通る肌、目は星のように輝いていると想像している。
『きょうの夕方はまるで紫の夢みたいじゃない、ダイアナ?生きているのがしみじみうしれくなるわ。朝になると、いつも朝がいちばんいいなと思うんだけれど、夕方になると朝よりもっと美しいなと思うのよ』(※)
これはわたしが大好きなアンのセリフだ。
思い込みが激しいのがたまに傷だけれど、喜びも悲しみも、すべての感情を全力で表現する。なんでもない日常をロマンチックで素晴らしいものに変えてしまうアンの想像力はわたしの憧れだった。
誰にも言ったことはないけれど、幼いころよく“赤毛のアンごっこ”をしていた。
自分がアンになったつもりで振る舞うのだ。恥ずかしいのでセリフはすべて心の中で。
「今日はなんてすばらしい日なのかしら! まあ! 幸せの青い小鳥さん! あなたもそう思うのね」
青い鳥に見立てたカラスに向かって呼びかける。そうすると不思議と、通学路の雑草のひとつひとつが話しかけてくるように思えた。制服のプリーツスカートはレースのついたドレスに、水たまりは美しい景色を映し出す鏡に。「赤毛のアンごっこ」をすると毎日が発見に満ちていて、飽きることはなかった。
20代になっても、アンゆずりのロマンチストぐせは抜けなかった。さすがにごっこあそびは卒業したが、ワンルームの部屋に季節の花を飾ってうっとり眺めたり、ときには小さな声でサボテンに話しかけたり。彼氏に振られてこの世の終わりと泣きじゃくりながら自転車をこいだ日もあった。憧れの東京で暮らし始めてからは、初めての駅に降りるたびに息をすいこみ、女優さんのように気取って歩いた。たまたま町ですれちがった先輩に「これからパーティー?」と聞かれたことがあるほどだ。
こうやって書いてみると恥ずかしい。わたしは、ちょっと、いや、かなり“痛い女子”だったんじゃないだろうか。
30代になった今、シモキタのガストで「赤毛のアン」のような彼女に出会うまで、そんな自分をすっかり忘れていた。というか、封印していた。
先週、夫と一緒に先輩の出産祝いを買いにでかけたときのことを思い出す。
鈴の音がなるつみきも、リボンのついたお洋服も素敵だなあと思ったけれど、結局“できるだけ邪魔にならないもの”ということで実用的なガーゼケットのセットを選んだ。
帰り道に駅前の花屋さんで、夫が「花でも買って帰る?」と聞いてくる。結婚したばかりのころ、わたしがよく会社帰りに一輪の花を買って帰っていたのを思い出したのだろう。そんな夫にわたしは「いい、荷物になるから。もう両手ふさがってるじゃん」と冷たく返事をした。
いつからわたしはこんなふうに、無難なプレゼントを選び、実利的な判断しかしない人になっていたのだろう。
アンのように、今、目の前の瞬間を最大に美しいと思う、楽しいと思う、うれしいと思う、そんな気持ちをいつのまにか気恥ずかしく感じるようになっていた。アラサー女子のくせに、アンみたいに毎日はしゃぎながら暮らすなんてやばいじゃん、と心のどこかで人目を気にするようになっていたのかもしれない。
確かに、かつてのわたしは“痛い女子”だったけれど、小さな発見に胸を躍らせ、自分なりにささやかな幸せをかみしめる日々は楽しかったはずなのに。
そんなことを考えているうちに、シモキタの「赤毛のアン」の彼女は、「トイレに行って落ち着いてくるから! キャラチェンジしてくるから!」と席を立っていた。しばらくして、相変わらずはしゃぎながら帰ってきて、彼氏になりたての彼に「変わってねえじゃんーっ!!」と突っ込まれている。
相変わらず全身全霊で幸せをかみしめる彼女を、少しうらやましく思った。
よし、そろそろ帰ろう、花でも買って。一輪のガーベラにしよう。
空を見上げて一駅歩こう。心の中でポエムを作ってしまうかもしれないけど今日はよしとしよう。
それくらいはいいよね。アラサー女子でも。
シモキタイチ幸せな彼女に幸せをおすそ分けしてもらったお祝いだ。
店を出ると、夕方と夜のはざまの空が、とてもとても美しかった。
(※)引用「赤毛のアン」(森岡花子訳)より
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