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【レンズ沼被害者の声】なぜカメラを始めて後悔したのか?〜沼のほとりから〜《5405文字全文公開/期間限定》


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記事:高橋和之

カメラを始めると後悔する


 

カメラはお金と時間がかかる。

そう思っていた。だから、カメラには手を出さないつもりだった。仮にどうしても始めたくなったら、お金と時間に余裕がある老後の趣味にしようと思っていた。旅をしながら好きな桜や、都市の夜景をカメラで撮影する、そんな日々を過ごすのも悪くない。しかし、今手元にはミラーレスの一眼レフがある。具体的に言うと、ソニーのα6000(支払額77,220円、レンズ2つ付)である。決して安い買い物ではない。だから、カメラを買って、初めて触った時には全身が震えるほど感動したことを覚えている。
だが、買って1ヶ月目の今、私はカメラを買ったことを、カメラを始めたことをすでに後悔している。これ以上、私のようにカメラを買って後悔をする被害者を増やしてはならないと思っている。そのために、なぜカメラを始めて後悔したのか、カメラ初心者の目線で書かせていただきたい。

 

カメラ選びは結婚と一緒だよ


 

カメラを買おうと思った理由は表現の幅を増やしてみたいという好奇心からだ。この時、私はライティングを習っていて、書くことに楽しみを感じていた。仕事柄、あまり自分を表現することが少なかったため、恥ずかしさはあったが、書いた文章を公の場に示すというのは貴重な自己表現、かつ創造の場だった。たとえこれが駄作と言われても、表現をすることはとても楽しかった。表現をする別の手段として、文以外に写真という手段に興味を持ってしまったのだ。
どのカメラを買うか決めるまでの道のりは長かった。ソニー、キヤノン、オリンパス……、世の中にはたくさんのカメラメーカーが存在する。各社ともに様々なラインナップがあり、価格帯も異なる。だから、私にとって何がよいのかさっぱり分からない。ありすぎて選べないのだ。さらに、わがままな消費者心理も働く。初めてだから予算は抑えたいし、できるなら長く使いたい。決めるのに、時間がかかるのは無理がないのだ。

「カメラ選びは結婚と一緒だよ」
カメラを選ぶヒントをもらおうと、カメラ好きな女友達とカフェで会話をした時に印象に残った言葉だ。
「安くない買い物だし、それに長く使うものだから、慎重に選んでね」
そう言いながら、彼女はラテアートを楽しそうに撮影していた。
「でもね、生涯のパートナーを選ぶのと同じように直感も大事だよ」
撮影を止め、私の目を見据えて微笑みながら教えてくれた。彼女の薬指には指輪がはめてある。とても納得のいく言葉だったのだが、私は彼女のアドバイスと少し違うことを考えていた。
「カメラなら一回くらい離婚してもいいや」
そう返したら、左頬を引っぱたかれた。めったなことを言うもんじゃないということだったが、理由を話すことにした。慎重に選べという理由はよく分かる。だが、早くカメラという世界に足を踏み入れたかったのだ。悩むのも大事だが、悩みすぎて時間を浪費するのももったいない。カメラを使ってみて、肌で感じてみて、そうして初めて見える世界があると思ったのだ。カメラが性に合わなければそれで終わり。だがはまったら、きっと一度くらいはより良いものに買い替えるだろう。ことを想定して早めに決めたかったのだ、そう説明した。
「もっとも、カメラはさておき、実際の離婚はしたくないけどね」
と、話したら、彼女は苦笑していた。

カメラを買うと決めてから、たくさんの本を読み、色々な人に話を聞いた。そして、綺麗な夜景を撮りたいという自分の目的に応じられそうな価格、機能などを考慮して機種を決めた。数日後にカメラを買いに行き、鼻歌交じりに自宅に戻り包装を開けた。初めてカメラを手にした時、これから始まるカメラとの共同生活への喜びに満たされていた。だが、この時には気づかなかった。カメラという世界は苦難に満ちているうえに、恐るべき魔物がたくさん住んでいるということを。

 

レンズが変わると世界が変わる


 

 

カメラを買って次の週末に、初心者OKのカメライベントへ参加することにした。直前まであまり時間がなく、かろうじて説明書を読むくらいだったので、このイベントの日に初めてカメラを使うことになった。恥ずかしいことにミスを連発していた。カメラの充電を忘れて、慌てて充電し始めたのが前日の夜。メモリーカードがないことに気づいたのは、当日の朝。イベントに行く直前に購入し、メモリーカードを挿入したのは電車の中。メモリーカードに夢中になり、2駅乗り過ごして少し遅刻してしまった。
この日のイベント会場は等々力渓谷、都内でも数少ない、自然を楽しめる癒しスポットである。イベント名は天狼院書店主催のフォト部、女性のプロカメラマンが講師となり引率をしてくれる。この日は風景の写真撮影会となった。
最初に自己紹介タイムがあった。時計回りで自己紹介が進み、あっという間に自分の番になった。
「今日初めてカメラを使いますのでよろしくお願いします」
無難な自己紹介をしたところ、
「ようこそ!」
と、歓迎してくれた。初心者でもなじみやすい雰囲気だなと思ったが、一つ違和感があった。よくよく思い起こしてみると、言われたのは、
「ようこそ!」
ではない。

「沼へようこそ!」

だった。
沼!?
等々力は渓谷しかなかったはずだ、と首をかしげたが、隣の人の自己紹介も始まったので気にしないことにした。だが、自己紹介中の隣の人をよく見てみると、あることに気づいた。隣の人がケルベロスのように見えたのだ。ケルベロスは、冥府の入り口を守っている3つ首の番犬である。隣の人は、首から大きめのカメラを一つぶらさげていた。そして、左肩にもう一つカメラを持ち、さらに、右肩のあたりに小さめのカメラを装備していた。どうしてこの人はカメラを三つ装備しているのだろうか。どうやって使うのか全く想像がつかない。色々考えているうちに、みんなの自己紹介が終わったので、渓谷へ降りることになった。
等々力渓谷での撮影は大変だった。まず、どういう風に撮影すればいいのか分からなかった。普段、特に深いことを考えずにiphoneでそのまま撮影をしていたので、何が良い写真なのか判断がつかなかった。結局、色々悩んでしまい、シャッターを押すことをためらってしまった。
だが、他の参加者は夢中になってシャッターを押していた。ある人は、川に落ちそうなくらいぎりぎりの位置に立ち写真を撮影し、ある人は、同じ姿勢で動かずに何十枚も撮影する。なるほど、撮り方のコツもあるのだろうけど、まずは夢中になろう。撮りたいものを撮ることにした。
こだわりを捨てたら、撮ることが楽しくなってきた。そして、今度は撮りたいものがありすぎて悩むことになった。近くに地面を歩いている猫がいれば、しゃがみこんで猫と会話するかのようにシャッターを切り、遠くに赤い花が咲いていれば、倍率を上げて撮影する。実際に歩いて近づくこともあった。楽しい、これは楽しいぞ!
撮るための時間が足りない。やりたいことがたくさんあっても、時間が足りなくて諦めないといけないことは、本当に苦痛だ。さらに、先生がこういう風に撮るといいよ、とアドバイスをしてくれた。そうすると、さっきよりも写真に特徴が出てきた。被写体とするものと、背景との差が出てきて、何を撮りたいのかが分かりやすくなった。さらに撮影が楽しくなってしまった。
ふと、レンズがもう一つ、少し長いレンズがあったことを思い出した。カメラを買うときに、セットでレンズを二つ購入していた。どう変わるのか、まずは使ってみようと思いレンズを取り換えた。
ドキドキしながらファインダーを覗いてみた。すると、世界が一気に変わった。明らかに遠くにあるものが、はっきり見えるようになった。これが望遠レンズというものか。まるで、漫画に出てくるスナイパーのような気持ちになった。遠くにいる何かを、一発で仕留められそうだ。

「レンズが変わると世界が変わりますよ!!」
何を買おうか悩んでいた時に、某大型家電店のカメラ売り場で店員さんが大声で話していた言葉だ。この店員さんのカメラについて20分間情熱的に話し続けた。そして、夜景を撮りたいと言った私に、自分の子供の成長アルバムを見せるかのように自分の写真を見せてくれた。青みがかった夜空にたくさんの星が煌めき、天の河のようなもの横に伸びていた。夢か現か分からないくらい、幻想的な写真だった。
「カメラ本体も大事ですけど、レンズを変えることで撮れる幅が広がります。大切ですよ、レンズは」
レンズを変えるだけでこんなにも世界が変わるのか。私はレンズのすごさに感動していた。

今、撮影者という立場でこの感覚を味わっている。そして、不覚にも思ってしまった。
「もっと、別のレンズを使うと世界はどう変わるのだろうか」
この時に初めて、レンズをたくさん買う人の気持ちが分かった気がした。カメラ好きの友人が何人もいるが、レンズを5本、10本とたくさん持っている。
「なんでたくさん持つのだろう、みんなお金持ちだなぁ」
くらいにしか思っていなかったが、ついに理解してしまった。より良いレンズを使ってみたい、そして、もっといい写真を撮りたいという気持ちに。後悔先に立たず。こんな気持ちは分からなくてよかった。なぜなら、カメラを買ったばかりなのに、もう今自分の持っている望遠レンズだけでは満足できなくなりそうだからだ。本当に困った。
等々力渓谷での撮影も、夢中になっていたせいかあっという間に終わった。そして、皆で食事に向かった。食事を待っている間に、旅行先で撮った写真を見せてくれた人がいた。その写真には、夜空に浮かぶ花火が写っていた。花火の綺麗な線が写真の中に残っていて、その場にいるかのように錯覚に襲われた。見た瞬間に、
「これ、撮影したい!」
と、叫んでしまっていた。こんな綺麗な写真を自分も撮りたいと。この写真は、本来であれば見続けることはできないはずだ。だが、一瞬の時間を切り取って人の目で見ることができる。カメラの魅力は、時を切り取って残すことができることにもあるのだろうなと思う。時を止め、ファインダー越しに見た、自分だけの世界を残すことができる。さらには友人たちに共有できる。自分だけが見た世界を、そして感動を。
いい写真を撮るには、もちろん知識も練習もたくさん必要だ。これらは時間をかければ何とかなる。だが、カメラやレンズ、装備もよいものがあるに越したことはないだろう。そう考えると、良い写真を撮るために、財布には多くの困難が待っているように思えた。なんて辛い世界なのだろう。ここにきて初めて、
「沼へようこそ!」
と言われた理由が分かった気がした。きっと、沼にはまればはまるほど、もっと良いものが欲しい、という沼に埋もれていくのだろう。だから沼なのか。そして、一番写真の世界を変えるものがレンズであることを考えると、広大なレンズ沼が存在するのだろう。
ここまできて、この沼には恐ろしい魔物が住みついていることに気づいてしまった。

 

どうして人は沼に入っていくのか?


 

▲フォト部初参加時にiPhoneで撮った写真

 

▲カメラ購入後に撮った長崎の夜景写真

 

この魔物に悪意は全くない、むしろ善意でできている。魔物は初心者の私に、色々とアドバイスをしてくれる。私が質問した時はもちろんだが、質問をしなくても教えてくれる。
例えば、同じソニー製のカメラを持っている友人が唐突に、
「単焦点レンズは絶対買った方がいいよ。お勧めはこの種類、数万円で買えるよ。望遠レンズもいいけど、単焦点レンズも世界が変わるよ」
と、自動で次に買うべきレンズを教えてくれる。アマゾンや楽天の、あなたにおすすめ機能に近い。
魔物とは、カメラ好きな友人や先輩のことである。
彼らは善意からいろいろ手ほどきをしてくれるのだ。彼らの紹介でレンズや小物を買ったところで、彼らに仲介マージンが入るわけではない。だが、その善意きは、物欲を大いに刺激してしまう。先に沼に深く入った先輩、友人達が、意図せずして他の人を沼へ引きずりこむ魔物と化しているのだ。彼らのおかげで沼入りする被害者が増えていくのではないのだろうか。
既に、私は魔物のせいで単焦点レンズに内定が出てしまっている。だが、私は悪くない。魔物のせいである。
カメラの世界に入ってから、上手くなるために時間がかかり、財布も軽くなってきている。車を買うときの数万円のオプションが安く見えるように、カメラを買った後のメモリーカードなどの数千円の備品が安く見えてしまうのも怖い。時とお金の感覚が狂い、本当にカメラを始めたことを後悔したくなる。だが、それでも良い写真を撮りたいという、尽きることのない好奇心は抑えることはできない。この表現の楽しみを知ってしまった。

私は後悔をしている。この楽しみなしでは、もはや人生を過ごすことはできないからだ。もう、沼から後戻りはできないのだ。
もう私は手遅れだ。だが、カメラを始めていない、もしくは買おうか悩んでいるあなたはまだ間に合う。カメラは始めない方がいい。これ以上、カメラの、そしてレンズ沼の被害者を出さないためにも、絶対にお勧めしない。絶対に抜けられなくなるから。
これから私の人生は、カメラについて学び、外に出て撮影をする楽しい日が続くことになってしまった。本当にカメラを始めたことを後悔している。

 

 

 

 

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