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布団の精霊、愛媛に旅に行く


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記事:旭川さつき(ライティング・ゼミ 日曜コース)

 
 
 今年も俳句甲子園の季節がやって来た。正岡子規ゆかりの地・愛媛県松山市で、8月に全国から予選を勝ち抜いてきた高校生たちがチームで俳句を詠み交わし、鑑賞力を競う。そこには野球の甲子園に勝るとも劣らぬ青春の汗と涙と感動があり、今ではたくさんの観光客が観戦のために松山市を訪れる。
 去年のこの時期、私は19歳の次女と愛媛にいた。娘の後輩の応援のためである。
「先輩、来てくれたんですね! 嬉しい!」
文芸部の後輩たちは娘に文字通り飛びついて喜んでくれた。顧問の先生も「本当に来てくれて嬉しい」と声をかけてくれた。涙ぐみながら、定年退職した去年の顧問の先生に娘の写メを送る子もいた。あまりの歓迎ぶりに私は驚くしかなかった。娘がその学校にまともに通えたのは、ほんの数か月だったのだ。

 第一志望の高校に入学し、最初の中間試験の前に「それ」は起こった。朝、起きられなくなった。喘息、胃腸炎、起立性低血圧、さまざまな身体症状が立て続けに複合して起こり、起き上がることすらできず娘は床に伏した。かねてから憧れの学校に友達と一緒に進学し、希望の文芸部に入り、充実した生活をしていたはず、なの、に。
 そんな話をするとコミュ障? 友達いないの? 無理に難しい学校に行かせたんじゃないの? などと言われるが、それほど娘から遠い言葉はない。親が勧めたのよりワンランク上の高校を目指したのは、その学校で文芸部に入りたいという娘自身の強い意志であった。驚くほど友達が多くて人望があり、中学時代はたびたび生徒会役員や各種のリーダー役に推され、保健室登校になっても休み時間に友達がたくさん保健室に来すぎて苦情が来たぐらいだ。こんなこと初めてですよと保健室の先生に言われた。本人も勉学の意欲はあり、友達とも触れ合いたいのに登校ができない状態に戸惑い苦しんでいたが、症状はいっこうに治まらない。夏でも自律神経の乱れのため手足が極端に冷え、芋虫のように布団にくるまったまま過ごすしかなかった。
 たくさんの先生や医師や相談機関、カウンセラー、果ては占いやお祓いまで訪ね歩いたが、何一つ効果はなかった。伝手をたどって不登校の名医と名高い医師にもかかったが、さまざまな薬物療法を経て「……なぜ……」と言って絶句した。なぜ学校に行けないの? それは彼自身が家族に固く禁じた言葉であった。
 結局2年目のなかばで通信制高校に転学し、それでもほとんど通えず19歳で1年遅れの高校3年生の時、元の学校の文芸部が俳句甲子園全国大会の出場権を得た。「8月、愛媛まで応援に行きたい……」何年かぶりに、娘が「未来の希望」を語った。私は迷わず仕事の休みを取り、松山空港行きのフライトを2席予約したのだ。
 この寝たきりのお年寄りのような娘が、数日がかりの飛行機乗り換えを要する遠方への旅行に耐えうるであろうか? 親の危惧に反し娘は旅を楽しみ、後輩たちに心から歓待され、愛媛の美味しい魚と道後温泉を堪能した。後輩たちは応援の甲斐あり、過去最高の戦歴とはいかなかったが、数々の秀句を残した。それは娘にとって発病以来味わったことのない良い時間であった。
 その旅をきっかけに娘は劇的に回復し、高卒の資格を得て1年遅れで希望の大学の国文学科に進学が叶い、今は寝坊して単位が危うくなったりレポートに追われたりするとても普通の大学生となった。「普通」であることの尊さを親子でじわじわかみしめながら、大学に通っている。

 今年も娘はOBのボランティアとして俳句甲子園に参加するつもりだったが、大学のインターンシップと日程が被ってしまい行くことはできなかった。去年現地観戦してすっかり魅了された私とふたり、インターネットに流れる実況中継を見ていた時のことである。娘がぽつぽつと語り始めた。
 「愛媛に行ったの、本当にたった一年前なんだね……あの頃の私、お布団の精霊だったじゃん? よくここまで治ったよね」
 布団の精霊、一日のほとんどを布団の中で過ごすしかない当時の状況を言い得て妙すぎて、私は腹を抱えて笑った。同時にやっと笑えるんだ、とも思った。芋虫はお布団の精霊になり、愛媛に旅して脱皮して普通の大学生になった。愛媛マジック!
 どんなに辛いことも解決法が見えないようなことも、状況はいつか変わる、絶望は愚か者の結論だ。明日を信じるということを娘は教えてくれた。代償は大きかったけれど。
 普通の大学生は成長して何者になっていくのだろうか。期待もせずそして絶望もせず、見守り続けようと、いま私は思う。

 
 
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2017-08-23 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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