悩み解決の糸口は、ものすごく退屈そうな本だった。
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:バタバタ子(リーディング&ライティング講座)
「げっ、めんどくさい……」
上司から差し出されたその本を、笑顔で「ありがとうございます」と受け取りながら、心の中では毒づいていた。
文字がちりばめられた表紙は、私の嫌いな「意識高い系」のニオイがプンプンする。
副題として、「ドラッカー理論を経営に活用する本」なんて添えてある。
「経営に活用? 私はただの平社員だっつうの……」
気が進まないままパラパラとページをめくると、なんと横書きだった。
学生時代の教科書が思い出される。難しくて、退屈で。
はぁっと、思わずため息が出る。めんどくさい。
こんな、私の趣味じゃない本に割いてやる体力も時間もない。
日々の仕事をこなすだけで、ヘトヘトなのだ。それなのに、この死にそうに退屈な本まで読まなきゃなんて。
このクリニックで働き始めて、2年になる。
面接を受けたときは、「ここで働いて、患者さんに接する中で、だれかの役に立ちたいんです!」なんて熱い思いを抱いていたけれど、もうすっかり下火になってしまっていた。
毎日毎日、目が回るほど忙しく、「患者さんのために」なんて一々考えていたら、とてもじゃないが終わらない。
最初は、こんな状態じゃなかった。
何人もの先輩たちに支えられ、わりと丁寧に仕事ができていた。
でも私が仕事を覚えた頃から、ひとり、またひとりと、先輩たちは転職していった。
「先輩、なんで辞めちゃうんですか? ずっと居てくださいよ」
退職時期が近付いたときに、冗談交じりにそう言ってみた。だが、彼女たちは曖昧な笑みを返すだけだった。
辞めるという決断を下すまでに、それぞれ悩む時間があっただろう。
でも私は、彼女たちの力になれなかった。彼女たちが働きやすいように、ここを変えることもできなかった。
何枚もの寄せ書きを書きながら、自分の無力さだけをを噛みしめた。
去っていった先輩たちのかわりに、新人が入ってきた。
教育を任されたのは、私だった。
私は4人教えたが、結局、一人前まで育てられたのは、1人だけだった。
新人には、仕事の楽しさを伝えて、技能も上げたかった。けれど実際、4人中3人には何もできなかった。
去った先輩たちの分も働いて、新人の教育でも空回りして。
毎日毎日ヘトヘトになるまで頑張っても、無力感だけがが募っていた。
そんな折に、上司から「グレートクリニックを創ろう!」と題された、ものすごく退屈そうな本を読めと言われた。
「毎日こんなに疲れ果ててるのに、仕事が終わってからも、このつまらない本を読まなきゃいけないなんて」
もしこれが、上司から渡された本でなければ、開くこともなく本棚に投げ入れて、忘れてしまっただろう。
でも、いつ何時「あの本に書いてあったけどさ、……」と話を振られるか、わからない。
「とりあえず、サラッと目だけ通しておくか」
嫌々ながらに開いた本は、見た目に反して、驚くほどスッと私の中に浸透していった。
著者は、とあるクリニックの院長。本の内容は、そのクリニックで生じた、いろいろな問題に、どのように対処したかという軌跡。
まさに今、私が直面している悩み、それに対する答えが、すべて書いてあった。
例えば、新人がうまく育たないときは、どのように対処したか、とか。
スタッフの離職を防ぐために、どんな取り組みをしているか、とか。
クリニックで働く心構えとか。
患者さん説明用の資料はどのように作ったらいいかとか。
クリニックの待合室に置く雑誌のカバーはどこで買ったとか。
読みながら、高校時代を思い出した。
数学の問題集で、難問にぶつかって、どんなに考えても、解決の糸口すら見つけられないとき。
数学好きな生徒なら、そこで何時間も頭を悩ませるのも、楽しみの一つかもしれない。
残念ながら私には、そこまでの数学愛がなかったため、いつも早々に巻末の「解答・解説編」を開いていた。
「解答・解説編」を開いても、見るのは解答欄ではない。
まず解説欄を見て、どういうアプローチをするのか確認する。
それから問題にもどり、その方法で解き進めてみる。
また詰まる。
解説にもどり、どこから不具合が出たかを確認する。
これを繰り返しているうちに、いつの間にか答えにたどりついていた。
「解答・解説編」には、複数の解法が載っていることがある。
ひとつの解法がどうしても理解できないときは、もう一つの解法を試すと、すんなりと理解できることがある。
同じ答えを目指しても、アプローチはいくつもあり、その中には私に合った方法もあるかもしれない。
「今のやり方じゃ、うまく行かなかった? じゃあ、こういう方法もあるよ」
まるで数学の解説のように、この本は、私には思いもよらなかったアプローチ法を、事細かく教えてくれた。
読んでいるうちに、私も、実践してみたくて、たまらなくなった。
「メンター制度か。こんなのあったら、悩みも相談しやすくて、いいな」
「患者さん向けイベントの実施か。当院なら、待合室の椅子をよけて、スペースを作って……」
「そうか、患者さんのことを、顧客と考えればいいのか。企業に対する顧客みたいに、患者さんが満足できるサービスを提供しなきゃ」
あんなに嫌々だった本が、まるで輝いて見えてきた。
忘れかけていた、「仕事を通じて、患者さんの役に立ちたい」という気持ちも、思い出した。
この本のこれを真似して、新人に仕事を楽しんでもらい、能力を伸ばしていきたい。
同僚が悩みを抱えて退職する前に、この取り組みを真似て、働きかけたい。
ページをめくるたび、いてもたってもいられないほど、ワクワクが強くなっていった。
いままでは、四方を問題に囲まれて、突破口が見えず、行き詰まっていた。
しかし、この本に出合って、光の筋が見えたような気がする。
周りを囲む壁のひび割れから漏れる光。そのひび割れから崩せば、壁を突破できそうな希望が湧いてきた。
この本を読み込み、実践し、また読み込んで反省し、読みつぶしていこう。
この本がボロボロに汚くなったころには、うちの職場も「グレートクリニック」になっているはずだ。そう、確信している。
『グレートクリニックを創ろう! ドラッカー理論を経営に活用する本』 内藤 孝司、梅岡 比俊 中外医学社
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